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李琴峰:連載エッセイ「日本語からの祝福、日本語への祝福」

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台湾出身の芥川賞作家・李琴峰さんによる日本語への思いを綴ったエッセイです。朝日新聞出版のPR誌「一冊の本」で連載中の内容を1カ月遅れで転載します。毎月1日に最新回を公開予定です。
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言語というフィルター――李琴峰「日本語からの祝福、日本語への祝福」第25回

言語というフィルター――李琴峰「日本語からの祝福、日本語への祝福」第25回

第25回 言語というフィルター



 言語学習にある程度の深さでコミットした経験を持つ人は大抵、とある問題に遭遇したことがあるのではないだろうか。すなわち、「その言語に内在する偏見を、どこまで受け入れて内面化し、どこを意識的に拒否して修正するか」という問題である。

 言語を使うのは人間であり、特定の言語は、特定の人間集団によって使われながら形作られてきた。人間が自分たちの身の回りの世界をどの

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最適解じゃないほうの――李琴峰「日本語からの祝福、日本語への祝福」第24回

最適解じゃないほうの――李琴峰「日本語からの祝福、日本語への祝福」第24回

第24回 最適解じゃないほうの



 移民というのは乾坤一擲のような重大な決断に思える。しかし当然ながら、全ての決断にはそこに至るまでの脈絡がある。

 交換留学が終わってから一年半後、私は再び日本に上陸した。今度は一時的な滞在ではなく、移民しようというしっかりとした決意を伴って。

 取っかかりは大学院である。交換留学していた一年の間、私は日本の大学院に進学する決意を固めた。まずは修士号を取

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日本語お上手ですね――李琴峰「日本語からの祝福、日本語への祝福」第23回

日本語お上手ですね――李琴峰「日本語からの祝福、日本語への祝福」第23回

第23回 日本語お上手ですね

 複雑な気持ちにさせられる褒め言葉がある。「日本語お上手ですね」である。複雑な気持ちというか、気分を害する時もある。

 客観的に見て、私は日本語が上手だ。これは間違いなく事実だし、この事実は、使える漢字や語彙の量、文型のバリエーション、または発音の自然さや、産出する文の文法的正確さなどによって定量的に評価できるものである。「日本語お上手ですね」という文は、いわば

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音を科学する魔法(後編)――李琴峰「日本語からの祝福、日本語への祝福」第22回

音を科学する魔法(後編)――李琴峰「日本語からの祝福、日本語への祝福」第22回

第22回 音を科学する魔法(後編)

 前回、音声学と音韻学は言語学の中でも敬遠されがちな分野だと述べたが、所詮現代的な学問であり、使われている道具セット(国際音声字母など)もかなり現代的なものだ。それと比べ、中国の伝統的な言語学の一分野である「声韻学」のほうが遥かに抽象的で、難解である。声韻学を必修科目とする中文科で、学生たちはよく真っ赤に充血した目を見開いて黄ばんだ教科書と睨めっこしながら、呪

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音を科学する魔法(前編)――李琴峰「日本語からの祝福、日本語への祝福」第21回

音を科学する魔法(前編)――李琴峰「日本語からの祝福、日本語への祝福」第21回

第21回 音を科学する魔法(前編)

 伝統的な中国文学科というのはただ文学をやっていればいいというわけではない。修めなければならない学問分野は大きく分けて三つある。文学、哲学、そして言語学である。

 そもそも「文学」という言葉は本来、西洋で言うliteratureを指しているわけではない。『論語』には「四科十哲」とあり、「四科」とは「徳行、言語、政事、文学」という四つの科目のことだが、ここの「

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修業時代の洗礼――李琴峰「日本語からの祝福、日本語への祝福」第20回

修業時代の洗礼――李琴峰「日本語からの祝福、日本語への祝福」第20回

第20回 修業時代の洗礼

 私の留学先は別科日本語専修課程というところだった。

 文学部や法学部といった一般的に知られる学部・学科とは違い、別科は日本語や日本文化、日本事情の講義を開講する、もっぱら留学生を対象にした教育プログラムである。正規の教育課程であることに変わりはないが、ほとんどの日本人学生はその存在すら知らないので、「李さんは何学部ですか?」と訊かれたら、説明はかなり面倒だった。こう

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コンビニ勤務記――李琴峰「日本語からの祝福、日本語への祝福」第19回

コンビニ勤務記――李琴峰「日本語からの祝福、日本語への祝福」第19回

第19回 コンビニ勤務記

 台湾にいた頃、私は学力と学歴を活かしてもっぱら家庭教師のアルバイトをしていた。教えたことがあるのは国語と英語、そして日本語である。家庭教師は時給が高く、コンビニ店員の四、五倍だった。

 ところが日本に来ると、台湾での学力と学歴は一切通用しなくなった。日本の義務教育も入試も受けたことがないし、台湾随一の大学に通っていても、日本では「何それ聞いたことない」状態である。当

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新宿、ガラケー、円高――李琴峰「日本語からの祝福、日本語への祝福」第18回

新宿、ガラケー、円高――李琴峰「日本語からの祝福、日本語への祝福」第18回

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李琴峰さんの朝日新聞出版の本

【好評3刷】生を祝う

震災と留学――李琴峰「日本語からの祝福、日本語への祝福」第17回

震災と留学――李琴峰「日本語からの祝福、日本語への祝福」第17回

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【好評3刷】生を祝う

指数関数的成長期――李琴峰「日本語からの祝福、日本語への祝福」第16回

指数関数的成長期――李琴峰「日本語からの祝福、日本語への祝福」第16回

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【好評3刷】生を祝う

理不尽な海藻――李琴峰「日本語からの祝福、日本語への祝福」第15回

理不尽な海藻――李琴峰「日本語からの祝福、日本語への祝福」第15回

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【好評3刷】生を祝う

アイスブルーの蛙――李琴峰「日本語からの祝福、日本語への祝福」第14回

アイスブルーの蛙――李琴峰「日本語からの祝福、日本語への祝福」第14回

第14回 アイスブルーの蛙

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李琴峰さんの朝日新聞出版の本

【好評3刷】生を祝う

四文字の宇宙――李琴峰「日本語からの祝福、日本語への祝福」第13回

四文字の宇宙――李琴峰「日本語からの祝福、日本語への祝福」第13回

第13回 四文字の宇宙

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李琴峰さんの朝日新聞出版の本

【好評3刷】生を祝う

漢文という裏技――李琴峰「日本語からの祝福、日本語への祝福」第12回

漢文という裏技――李琴峰「日本語からの祝福、日本語への祝福」第12回

第12回 漢文という裏技

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李琴峰さんの朝日新聞出版の本

【好評3刷】生を祝う