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朝日新聞出版の文芸書

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書評や文庫解説、インタビューや対談、試し読みなど、朝日新聞出版の文芸書にかかわる記事をすべてまとめています。
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記事一覧

日本刀の魅力に溢れた傑作時代小説連作集/山本兼一著『狂い咲き正宗 刀剣商ちょうじ屋光三郎』末國善己氏による解説を特別掲載!

 日本刀は、“武士の魂”といわれる。だが、源平合戦の昔から恩賞として家臣に贈られることもあった刀剣は、切れ味、刃こぼれしないといった実用性と同じくらい、鑑賞用として、稀少性はもとより地鉄や刃文の美しさなども愛でられていた。  特に、戦乱が終わった江戸時代に入ると、刀剣は美術品、贈答品としての価値が重視されるようになり、鞘、柄、鐔などの装飾品にも趣向を凝らすようになる。美術品としての日本刀に着目した本書『狂い咲き正宗』は、徳川将軍家の刀剣を管理する御腰物奉行・黒沢勝義の嫡男で

「仏教文学の新しいジャンルを切り拓いてきたと言ってもいい」伊藤比呂美さん話題の単行本がついに文庫化!/『いつか死ぬ、それまで生きる わたしのお経』曹洞宗僧侶・藤田一照さんによる文庫解説を公開

 伊藤比呂美さんは、「ひろみ」と呼ばれると快感を感じると言う。だから、僕は彼女のことをいつも「比呂美さん」と呼ぶことにしている。僕と比呂美さんは二〇一四年八月一日の夜、名古屋市内のとある居酒屋で初めて顔を合わせた。僕が一九五四年生まれ、彼女が一九五五年生まれだから、その年、僕は還暦を迎え、彼女は還暦一年前というタイミングだったことになる。お互いいい歳になってからの邂逅だ。もっとも僕の方は、東京大学の駒場の学生だった頃から彼女の存在を知っていた。身体や性、セックスをテーマに過激

【全文公開】佐々木敦さんによる本格文芸評論、『成熟の喪失』から「はじめに」を全文公開!

成熟の喪失 庵野秀明と〝父〟の崩壊 佐々木敦はじめに  本書は、庵野秀明という映像作家についての長編評論です。  一九九五年に放映が開始され、社会現象とも言うべき大ヒットとなったTVアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の監督として世にその存在を知らしめた庵野は、その後も四半世紀以上にわたってリメイク/リブートを続けた「エヴァ」シリーズを軸として、実写映画を含む数々の話題作によって、作家としての人気と評価を高めてきました。庵野に対する世評は二〇二一年に公開されたシリーズ完結編『シ

この物語を必要としている人に、どうかこの本が届きますように――。窪美澄さん『朔が満ちる』早見和真さんによる文庫版解説を特別公開

家に帰ると窓から"あたたかい光"が漏れている、ただそれだけの幸せを諦めたくないと思った。(女優・奈緒さん) この物語を必要としている人に、どうかこの本が届きますように――。(小説家・早見和真さん)  心臓で読む小説だ。  この解説の依頼を受けるずっと前、刊行されたばかりの本書『朔が満ちる』を読んだときの気持ちを、いまでも鮮明に覚えている。  この物語を必要としている人に、どうかこの本が届きますように──。  僕自身が犯罪をテーマにした小説を書いている最中だったことも

「ひきこもりの季節」とは?/篠田節子著『四つの白昼夢』田中兆子さんによる書評を特別公開

思い込みは、気持ちよくひっくり返される  2024年初夏の現在、東京の街を歩く人の半数以上はマスクをしておらず、特に若者の多くはのびやかに顔をさらしている。コロナ禍の真っ只中に「マスクで顔を隠すことの安心感を覚えた若者は、もはやコロナが終わってもマスクを手放すことはないだろう」という言説がまことしやかに流れたが、その予想は見事に外れた。  とはいえ、マスクで顔を隠すことも隠さないことも同調圧力という同じ理由なのかもしれず、コロナ禍によって私たちの心性は変わったのか、それと

【特別試し読み】鴻巣友季子さん集中連載「小説、この小さきもの~孤独、共感、個人~」第1部から「はじめに」と第2章冒頭公開!/なぜ人は小説に共感を求めようとするのか? 小説が書かれる・読まれる歴史の背景を遡りながら、その起源と本質に迫る本格評論

小説、この小さきもの ~孤独、共感、個人~ 鴻巣友季子第一部 小説、感情、孤独 はじめに  小説とはなにか? などという問いはあまりにプリミティヴに響くだろう。  西洋の物語の起源には詩があった。文学とは長らくおもに韻文の詩を意味していた。しかしどうだろう、いまの世界を見わたしてみると、西洋で生まれた散文文芸である小説が文学の中心であるかのごとく扱われている国や文化圏は多く、日本もそのひとつだ。  どうして小説はときに「涙が止まらない」「切なさ一〇〇パーセント」「共感しか

作家・麻見和史さんが小説創作の極意を特別公開!/新シリーズ『殺意の輪郭 猟奇殺人捜査ファイル』刊行記念エッセイ

猟奇という舞台装置  ウェブ連載をやってみませんか、というお話をいただいたとき、最初に頭に浮かんだのは「矛盾なく最後まで書けるだろうか」ということだった。  デビューして今年で18年目になるのだが、私はずっと警察小説の書き下ろしをやってきたので、連載は経験したことがない。書き下ろしの場合、執筆、修正、校正などすべての作業が終わってから作品は世に出ることになる。しかしウェブ連載では事情がまったく違う。月に数回サイトに文章が掲載されるとなれば、その回数だけ締切がやってくる。充

『帝国の慰安婦』著者・朴裕河さんが鎌倉で辿る、歴史の「強さ」と「弱さ」/文庫版刊行記念エッセイ公開

鎌倉に暮らせば 3月から、鎌倉で暮らしている。半年や1年とかの長期滞在ではないから「暮らす」という言葉は相応しくないのかもしれないが、宿に寝泊まりするのとは違って掃除洗濯もするし、庭の梅の木から落ちてきた梅を拾っては蜂蜜漬けにしてみたりもしているのだから、自分では「暮らす」気に、すっかりなっている。  もともとは冬休みを使って東京に3週間ほど滞在する予定だった。それが、11年前に韓国で出した『帝国の慰安婦』に関する裁判の大法院(最高裁)判決が昨年の秋にようやく出、民事裁判も

私たちの「きちんとしたい」を救う物語/せやま南天著『クリームイエローの海と春キャベツのある家』小説家・大原鉄平さんによる書評を公開!

私たちの「きちんとしたい」を救う物語  私は広い古民家をリノベして一家で住み、デザインした部屋の写真をSNSで発信している。それらの綺麗に撮られた写真ではさぞ私たちが優雅に暮らしているかのように見えるだろうが、実際は優雅どころではなく、床に脱ぎ捨てられた誰かの服の下に隠れた、意図的に仕掛けられた罠としか思えない尖ったレゴを踏み抜いて悲鳴を上げる日々である。  特に古民家は部屋数が多い上に私以外の人間は片付けるということをしないため、週末ごとの掃除は私の役目となっている。家

永井路子さんが描いた藤原道長と能信が「望みしもの」とは? 朝日文庫『望みしは何ぞ』刊行記念! 文芸評論家・細谷正充さんが読み解く『この世をば』『望みしは何ぞ』

道長のイメージを一変させた歴史的名著  今年のNHK大河ドラマ「光る君へ」の主役は紫式部である。そのため紫式部や、その周囲の人々に、あらためて注目が集まっている。ドラマで紫式部のソウルメイトになる藤原道長も、そのひとりだ。そして道長の描き方も、昔と比べるとずいぶん変わったものだと、感慨深いものがあった。  そもそも道長のイメージは、非常に悪かった。彼が、娘三人を天皇の后とし、三人の天皇の外祖父となったことは、周知の事実であろう。このため娘を政治の駒として使い、天皇家に強い

最年少で乱歩賞を受賞した神山裕右さんによる、13年ぶりの新作『刃紋』/ミステリ評論家・佳多山大地さんによる書評を特別公開

探偵小説と〈帝国主義の時代〉  探偵小説ファンを自任するなら、憶えておきたい年号がいくつかある。わけても、江戸川乱歩が短編「二銭銅貨」で作家デビューした年は重要であり、僕は「行くぜ兄さん避難しよう」とすぐに出てくるのだが……ああ、それは「二銭銅貨」のための語呂合わせではない。秋口に関東大震災が発生した1923年の、春先に乱歩はデビューして本邦ミステリー界に激震を走らせたんだよな、と手前勝手に結びつけているのである。  江戸川乱歩賞出身の作家、神山裕右の最新長編は、関東大震

「不思議な、体験だった。」川上弘美さんが12年の時を経て描いた、『七夜物語』の次の世代を生きる子どもたち/『明日、晴れますように 続七夜物語』刊行記念エッセイ

未来から今へ  このたび上梓することになった『明日、晴れますように』は、今から十二年前、二〇一二年に出版された『七夜物語』の、続篇である。 『七夜物語』は、二人の小学生が七つの不思議な夜を冒険する、というファンタジーだった。二人は名前を鳴海さよ、仄田鷹彦といい、多少内向的な、けれど冒険に際してはじゅうぶんに勇敢な子どもたちだった。一生に一度は子どもが主人公のファンタジーを書いてみたいと思って始めた連載中、わたしは主人公二人が大好きでしかたなく、小説を書いている時にどちらかと

夏季号は創作が1本に、新連載2本スタート! 新刊をめぐる評論と対談も。〈「小説TRIPPER」2024年夏季号ラインナップ紹介〉

◆創作高山羽根子 「パンダ・パシフィカ」  春先になると花粉症で鼻が利かなくなるモトコは、副業で働くアルバイト先の同僚・村崎さんから自宅で飼う小動物たちの世話を頼まれる。2008年、上野動物園ではパンダのリンリンが亡くなり、中国では大地震と加工食品への毒物混入事件が起きる。命を預かることと奪うこと。この圧倒的な非対称は、私たちの意識に何を残すのか? テロルの時代に抗う、小さく、ささやかな営為を描く問題作、一挙掲載285枚。 ◆新連載武内涼 「歌川 二人の絵師」  東海道

昔からの大ファンだという三宅香帆さんが「腑に落ちる」と評するエッセイ集/松井玲奈著『私だけの水槽』書評公開

表現から離れた場所で潜る 普段の活動を知っている人のエッセイを読むたび、腑に落ちる、という言葉を思い浮かべる。腑とはつまり内臓で、体の中心あたりにある臓器のことなわけだが、そこにすとんと落ちた納得のことを指す。たとえば私は松井玲奈さんを、アイドル時代から今の俳優・作家として活躍されている時代に至るまでずっと見ていて、そういう方のエッセイを読むと、なんだかすごく腑に落ちる感覚がある。――もちろん、私はテレビ越しや舞台越しにしか彼女のことを知らない。なのに、勝手にこちらが想像して