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朝日新聞出版の文芸書

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書評や文庫解説、インタビューや対談、試し読みなど、朝日新聞出版の文芸書にかかわる記事をすべてまとめています。
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記事一覧

なぜ江藤淳の「喪失」は書き換えられなければならなかったのか?/佐々木敦著『成熟の喪失』西村紗知さんによる書評を特別公開!

成熟論が成熟する方法 本書は佐々木敦が「日本的成熟」を世に問うた仕事で、メインの対象は庵野秀明監督『シン・エヴァンゲリオン劇場版』と江藤淳『成熟と喪失』である。著者は、『ラブ&ポップ』『キューティーハニー』といった実写作品から、「エヴァ」以降の「シン」シリーズに至るまでの庵野監督作品を通じ、主人公の「成熟」の史的分析に取り組んでいる。キーワードは「他者」「公と私」である。例えば、『シン・ゴジラ』で描かれているのは、「自信と確信を持って積極的に「公」の一部になることで自己実現を

本当の“共犯者”はいったい誰なのか? 真保裕一『共犯の畔』池上冬樹さんによる書評を特別公開

“畔”とは何か? 最後の最後に読者に激しく突きつけられる 真保裕一は何を読んでも面白い。直木賞をとってもおかしくないし、ベテラン作家対象の柴田錬三郎賞をとってもおかしくない。  たとえば、今年3月に出た『魂の歌が聞こえるか』(講談社)もそう。音楽ディレクターが無名バンドを世に送り出すという、真保裕一得意の職業小説でありながら、バンドのメンバーに秘密をもたせて、ミステリに仕立てているからたまらない。新人発掘とともにベテランの復活というストーリーも並行させ、そこにいくつものひね

『納税、のち、ヘラクレスメス のべつ考える日々』発売!! 巻末収録の品田遊さん×古賀及子さん対談「日記を毎日書くふたり」冒頭公開

●対談 品田遊×古賀及子 日記を毎日書くふたり目的なく日記を毎日投稿しているのって怖いですよね ●古賀及子(以下、古賀) 日記の本を出してから、すっかり日記枠の人になってしまいました。品田さんは、そもそもどうして日記を書き始めたんですか? ●品田遊(以下、品田) Twitterに140字以内で自分の考えを書くことに自分が慣れ過ぎてしまっているなと思ったんです。拡散に直結しないような場所で、画用紙に描くような散文を好き勝手に書きたくて始めました。最初は不定期で書こうかなと思

第10回林芙美子文学賞大賞、大原鉄平氏の受賞後第一作「八月のセノーテ」が「小説トリッパー」24年秋季号に早くも掲載!冒頭部分を特別公開

「八月のセノーテ」 この街は少しずつ沈んでいるらしい。  森本仁寡はその話を同級生のりょうから聞いた。りょうは塾でもトップクラスの成績で、下らない噂話に流されるタイプではなかったので、きっとその話は本当だろうと仁寡は思った。この街は少しずつ沈んでいる。 「年に何ミリだか、何センチだか、知んないけどね」  りょうは真新しい赤色の自転車に飛び乗るようにまたがり、ペダルに足をかけ、仁寡を振り返って言った。 「全部沈んじゃったら、あんたはどうする?」  日が傾きつつある放課後、りょう

第10回林芙美子文学賞佳作受賞・鈴木結生さん受賞第一作「ゲーテはすべてを言った」冒頭特別公開!

「ゲーテはすべてを言った」鈴木結生端書き  先頃、私は義父・博把統一の付き添いで、ドイツ・バイエルン州はオーバーアマガウ村の受難劇を観て来た。統一が長年要職を歴任した日本ドイツ文学会から依頼を受けての取材旅行。といっても、間も無く定年を迎えようとする功労者に対し、ささやかな餞別といった意味合いも多分にある仕事で、PR誌「独言」に何頁でもいいから文章を書いて欲しい、との話であった。勿論、統一本人は至って真面目にこの仕事に取り組んでいたが、そうはいってもやはり久々のドイツ。二週

秋季号は創作を2本掲載、新連載2本がスタート!〈「小説TRIPPER」2024年秋季号ラインナップ紹介〉

◆創作大原鉄平 「八月のセノーテ」 「この街は少しずつ沈んでいる」──そんな噂が流れる人工島で、タワマンに住む水泳部の仁寡は厳しい父の目を盗み、夜な夜なノートに空想の世界を描く。  この世には伝説の島へと続く「セノーテ」と呼ばれる泉があるのだ。ここではない別の世界へ。苦しくも美しい「中学一年生の夏」を切り取った、街に生きる子供たちのビルドゥングス・ロマン。 「森は盗む」で第10回林芙美子文学賞を受賞した新鋭が描く二作目、一挙掲載229枚! 鈴木結生 「ゲーテはすべてを言っ

【試し読み】「学校で友達を作る厄介さ」漫画家・コラムニストのカレー沢薫さん『女って何だ? コミュ障の私が考えてみた』<第1回>

学校で友達を作る厄介さ 〈社会人より、明らかに学生時代の方がキツい〉卒業までの契約で、お互い 友達役のサクラをやっているようなもの。  当コラムでは何度も、「大人になると、友達がいなくて困ることが学生時代に比べて格段に減る」と主張してきた。これは逆に言うと、「学生時代は厳しかった」ということだ。  よく、「社会人になれば学生時代がどれだけ楽だったかわかる」と言われるが、友人関係に限定すると、明らかに学生時代の方がキツい。  社会人というぬるま湯に浸かりきった今の身体で、

孤高にして偏狭な江戸随一の戯作者を描いた、杉本苑子さんの歴史巨篇『滝沢馬琴』/文芸評論家・細谷正充さんによる文庫解説を公開

 歴史小説には、主人公である実在人物の名前をタイトルにした作品が、少なからずある。吉川英治の『宮本武蔵』、山岡荘八の『徳川家康』、北方謙三の『楠木正成』、宮城谷昌光の『諸葛亮』などなど、過去から現在まで、物語の主人公である実在人物の名前を、ドンとタイトルにした作品が、連綿と書かれているのだ。  では、なぜ歴史小説に、このような人名タイトルがあるのだろうか。大きな理由は、読者の興味を強く惹けることだ。名前を見ただけで、どのような人物かある程度は分かる。その人物をどのように料理

「老いて死ぬ、その周辺」若竹千佐子さんの書評を特別公開

老いて死ぬ、その周辺 「ああ~ああああああ」  たまに一人旅に出ることがある。  このあいだも青森、五所川原から金木に向かう弘南バスに乗っていた。中途半端な時間だったせいか、バスの中は私と病院帰りらしいおじいさんとほぼ貸し切り状態だった。このおじいさん、冒頭のような長いあくびを連発した。ほんとうにひっきりなしに。  旅の空で揺られ揺られて聞く他人のあくび。それがどうしても、飽きた、俺はほとほと飽きてしまったんだよう、生きるのがさほんとにさぁ、のように聞こえた。おじいさ

ダ・ヴィンチ・恐山こと品田遊さんウロマガ本第2弾発売決定!!! 『キリンに雷が落ちてどうする』より「はじめに」を特別に公開!

はじめに(『キリンに雷が落ちてどうする 少し考える日々』より) 「手拍子」が嫌いだ。  コンサートで楽曲が盛り上がってくると、どこかから手拍子の音がする。聴こえてきたな、と思ったときにはもう遅い。破裂音はパンデミックのように拡大し、またたくまに本来の演奏をかき消さんばかりの勢いになる。  手拍子は、客席の誰かが手を叩き始めたのを聴いて「そういうものなのか」と思った人により発生する、なし崩しのムーブメントである。拍手という発信の形をとっているが、受動性の塊だ。そこで手拍子をし

斎藤美奈子さん『あなたの代わりに読みました』書評まとめ

■インタビュー「斎藤美奈子さん書評集『あなたの代わりに読みました』 明日への糧、忙しい読者に寄り添い」(朝日新聞) ■書評「価値を見つける誠実さ」(東京新聞、[評]豊崎由美さん) 「夏休みシーズンの読む本に迷ったら「本を紹介する本」……言葉の巧みな江國香織さんの書評、論理が巧みな斎藤美奈子さん」(読売新聞、[評]待田晋哉さん) 日刊ゲンダイ 「膨大な読書量に基づく思考と言葉を多角的に積み上げた「知」の仕事」(サンデー毎日、[評]武田砂鉄さん) ■試し読み 「10年間

人を殺める道具であるはずの刀に魅いられる心理を細やかに描き分ける/山本兼一著『黄金の太刀』清原康正氏による解説を特別掲載!

 山本兼一は日本刀が持つ魅力を物語の中で存分に表現し得る作家である。江戸時代前期の刀鍛冶・虎徹の情熱と創意工夫、波瀾と葛藤のさまをたどった長編『いっしん虎徹』、幕末期に四谷正宗と称賛された名刀工「山浦環正行 源清麿」の鍛刀に魅せられた生涯を描き上げた長編『おれは清麿』、幕末期の京都で道具屋を営む若夫婦の京商人としての心意気を描いた連作シリーズ「とびきり屋見立て帖」の『千両花嫁』などには、日本刀に関する情報が満載されており、熱い鉄を打つ鎚の音、燃え上がる炎、飛び散る火花の強さな

『男装の天才琵琶師 鶴田錦史の生涯』の著者・佐宮圭さんが刊行エッセイで明かした、ノンフィクションの裏側

ジェンダーの呪縛も固定観念の壁も突破する 「鶴田錦史」をご存知の方は少ないと思います。私も伝記の執筆を依頼されるまで知りませんでした。  半年前の2024年2月6日、世界的指揮者の小澤征爾さんが亡くなられました。彼の名を初めて広く世界に知らしめたのは、1967年11月、ニューヨーク・フィルハーモニックの創立125周年記念公演での『ノヴェンバー・ステップス』の初演。32歳の若きマエストロは、30代半ばの新進気鋭の作曲家・武満徹の難解な現代曲を見事に指揮して、大きな成功を収め

『中野「薬師湯」雑記帳』著者・上田健次さんの執筆裏話を特別公開!

「薬師湯」を通じて、心は昭和の中野を彷徨った  朝日新聞出版に勤めるK氏からの執筆依頼は、秋の終わりにやってきた。紹介はデビュー作を担当してもらって以来、ずっと世話になっているS社の編集者A氏だった。 「上田さんに連絡を取りたいという他社様の編集者がいらっしゃるのですが、いかがいたしましょう」  その相談に、私は少なからず驚きを覚えた。業界として共同歩調で当たらなければならない分野ならさておき、駆け出しとはいえ、シリーズものを執筆させている作家に、他社で書く機会を与える