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朝日新聞出版の文芸書

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書評や文庫解説、インタビューや対談、試し読みなど、朝日新聞出版の文芸書にかかわる記事をすべてまとめています。
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記事一覧

宮内悠介さん「ラウリ・クースクを探して」書評&インタビューまとめ

「好書好日」書評 「日出る処のニューヒット」(第6回)   評者・杉江松恋さん(9月21日掲載) 「週刊文春」書評 評者・米光一成さん(9月21日発売号) 「産経新聞」書評 評者・ホラン千秋さん(9月9日掲載) 「日経新聞」書評(9月9日掲載) ※リンク先は有料記事です 「週刊新潮」書評 評者・石井千湖さん(9月9日発売号) Youtube『松井・杉江の「エンタメ丼」2023年9月号・その3』 杉江松恋さん紹介 「週刊ポスト」書評(9月4日発売号) 「毎日新聞」

描きたかったのは、“何もなさなかった人物”/『ラウリ・クースクを探して』刊行記念!宮内悠介さんインタビュー

 テーブルに並ぶ硬いパン、風の匂い、どこか灰色の街並み。宮内悠介さん(44)の新刊『ラウリ・クースクを探して』のページをめくるたび、土地の空気に誘われ、その世界を生きているかのような感覚になった。  舞台はエストニア。1977年から、物語は始まる。  幼い頃から数字に魅せられていたラウリは、ある日コンピュータと出合い、そのなかに自分だけの世界を見いだし、やがてソ連のサイバネティクス研究所で働くことを夢見るようになる。仲間たちと儚くも濃い人間関係を築きながら、前へと進み続け

リアルな心理描写と驚愕のラストに震撼する『悪い女 藤堂玲花、仮面の日々』/大矢博子氏による解説を期間限定で特別掲載!

 本書は2014年に刊行された『ダナスの幻影』を大幅加筆修正のうえ改題・文庫化したものである。ノンシリーズとしてはデビュー作以来の2作目。近年の吉川英梨の活躍に慣れた読者からすると異色作と言ってもいいこの作品を、ようやく文庫でお届けできることを嬉しく思う。  吉川英梨は2008年、第3回日本ラブストーリー大賞エンタテインメント特別賞を受賞した『私の結婚に関する予言38』(宝島社文庫)でデビュー。ブレイクのきっかけとなったのは2011年、デビュー2作目として出された『アゲハ 

塩田武士『存在のすべてを』刊行記念インタビュー/「虚」の中で「実」と出会う

 情熱を失った新聞記者が再び「書きたい」と奮い立つ題材に出会うという出発点はデビュー作『盤上のアルファ』(2011年)、子供たちの未来を奪う犯罪への憤りという点では代表作として知られる社会派ミステリー『罪の声』(2016年)、フェイクニュースが蔓延し虚実の見極めが難しい現代社会のデッサンという点では吉川英治文学新人賞受賞作『歪んだ波紋』(2018年)、関係者たちの証言によって犯人像が炙り出される構成上の演出は『朱色の化身』(2022年)……。塩田武士の最新作『存在のすべてを』

「こんなにも『好き』を考える小説を私は他に知らない」尾崎世界観さんが、町屋良平さんの最新作『恋の幽霊』を読みときます。

恋のアウトレイジ  幽霊を怖いと感じるのは、見てしまった瞬間より、見てしまうまでの時間だと思っている。実際に見て「うわ、幽霊だ」となるのは、ただの驚きでしかないからだ。 「この辺りに幽霊がいて、今にも出てきそうだな」と思っている時間の方が、実際に見た瞬間よりも遥かに怖い。私はまだ幽霊を見たことがないから、物心ついてからずっと幽霊を怖がっている。でも一度見てしまえば、「見える人」として上書きされてしまうから、「ずっと見えなくて怖い」が正しい幽霊との付き合い方だと思う。  

「笑いあり涙あり感動あり!短編集ならではの醍醐味」書評ライターの松井ゆかりさんが、大好評の森絵都さん最新刊『獣の夜』をレビュー!

 森絵都作品の魅力はいくつも列挙できるが、思わず笑ってしまうユーモアというのも間違いなく筆頭にカウントされる要素のひとつだ。本書でそれがとりわけ顕著に感じられるのは、表題作であろうか。主人公の紗弓が夜の約束に備えて仕事を片づけていたところに、一本の電話が入った。予期せぬ頼みごとをしてきたのは、大学時代に同じサークルだった泰介だ。夜の約束というのはやはりサークル仲間で現在は泰介の妻となっている美也のサプライズ誕生会のことなのだが、泰介は自分が彼女をパーティー会場に連れて行くはず

「この作品は、蘇生と題された喪失の物語だ」俳優・中嶋朋子さんによる、小川洋子著『貴婦人Aの蘇生 新装版』巻末エッセイを特別公開

喪失と再生  20代の後半だったろうか、小川洋子さんの「薬指の標本」「まぶた」といった作品に次々出会い、えもいわれぬやすらかさを覚え喜びに震えた。手渡されたのは、異なるものたちの、ささやかな声に充ちる世界。そこで私は深いやすらぎを得て、初めて呼吸することが叶ったような感覚になった。胸のうち、無意識に抱えていた言語化できない違和感、社会や常識に与えられた物差しでは、どうしてもはかりようのない、心の中の襞。その微細な凹凸を、丁寧に、その襞の在りようのまま、寸分違わぬ正確さで読み

秋季号は創作が4本に、新連載もスタート!連載3本堂々完結。インタビュー、対談も充実!<「小説TRIPPER」2023年秋季号ラインナップ紹介>

◆女性作家による時代小説競作「母親」永井紗耶子 「母の顔」《直木賞受賞後第一作》  十六歳の絵師の千鶴は、日本橋の乾物商・駿河屋惣兵衛の依頼を受け、妾お仙の亡くなったおっ母さんの似絵を描くことに。身重のお仙が「母になるのが怖い」と話すのを聞き、母親の似絵がそばにあればお仙の心も落ちつくのではという惣兵衛の思惑だったが……。千鶴とお仙のやりとりを通じて、さまざまな“母”の顔が浮かびあがる秀作。 藤原緋沙子 「鈴虫鳴く」  女髪結のおまつが、浅草寺で迷子になっていた2歳の千

言葉の襞にまで分け入って、他者の言葉に耳を傾ける/小川公代著『世界文学をケアで読み解く』阿部賢一さんによる書評を公開

多様な他者の声に耳を傾ける 「ケア」という言葉が様々な場で口にされるようになって久しい。介護サービスを利用している人であればケアマネージャーと頻繁に会うだろうし、そうではなくてもヤングケアラーという言葉は耳にするだろう。一般的に「ケア」は介護や福祉の文脈で用いられているが、近年、社会学、倫理学でもその射程を広げている。著作『ケアの倫理とエンパワメント』(講談社、2021年)などを通して、ケアと文学研究を連動させる実践をしてきたのが小川公代さんだ。対象を世界文学に広げてその可

【書店員さんからの感想続々!】素晴らしい読後感に出会える小説だった――宮内悠介さん『ラウリ・クースクを探して』感想まとめ

 コンピュータープログラムに魅せられたラウリ。プログラムだけが彼の友達だった。孤独だったラウリに生涯忘れられない時、切っても切れない友情が輝き出す。国の体制に翻弄されながらも心には確かに彼女、彼らとのつながりが存在した。自分の真の気持ちと彼らの気持ちはすれ違い、途中歯がゆさでいっぱいになった。  読み終わり、こんな人とのつながりがあってほしい。こんな友情があってよかったと心から思った。  わたしの正体を知った時、心が震えて、胸がいっぱいになった。 (ジュンク堂書店滋賀草津店 

【期間限定公開!】塩田武士著『存在のすべてを』 序章 ―誘拐―

 塩田武士さんが『週刊朝日』に一年以上にわたって連載された渾身の作品『存在のすべてを』が遂に2023年9月7日発売されました。 著者渾身の到達点、圧巻の結末に心打たれる最新作。 『罪の声』に並び立つ新たなる代表作の誕生です。  発売を記念して、「二児同時誘拐」からスタートする「序章 ―誘拐―」を、8月23日(水)から9月20日(水)までの期間限定で先行公開いたします。緊張感溢れる物語のドライブ感を充分に味わってください! ■序章 ―誘拐―【大日新聞連載企画『誘拐ドキュメ

宮内悠介さんがコンピュータ・プログラミングを通して描く物語/『ラウリ・クースクを探して』刊行記念エッセイ特別公開

 小学生のころ、父の仕事の関係でアメリカにいて、夏休みのたびに一時帰国していた。祖父母の家に泊めてもらい、その近くに住んでいた従兄弟に遊んでもらった。これが、二週間くらいのことであったのか、一ヵ月くらいのことであったのかは、もう記憶にない。ただ、この一時帰国がとても楽しみであったことはよく覚えている。八〇年代の終わりごろのことで、まだ景気がよく、存命だった祖父が車を運転して皆を伊豆につれて行ったりした。池袋のサンシャインシティが好きだった。どこもかしこも明るくて、日本という国

「恋せぬふたり」の脚本家・吉田恵里香さんが、中村航さん最新文庫『サバティカル』を通して向き合えたもの

「分かった気」になっていることが多すぎる。  他人のことも、自分のことも。素直に分からないと言えずに、つい「分かった気」になって、思考を停止させ受け流している。だって毎日の生活があって、自分や家族を養っていかなくてはならないから。そんな風に忙しい日々を理由にして、大半の人間が「分かった気」になっている自分を放置してしまう。では忙しいという言い訳を失った時、我々は「分かった気」になっていることと、どれだけ向き合えるのだろうか。 『サバティカル』の主人公・梶は自分が沢山作って

関ヶ原は家康と三成だけの戦いではない! 安部龍太郎著『関ヶ原連判状』末國善己氏による書評を特別公開

 壬申の乱(672年)後、激戦地の近くに作られた不破関は、鈴鹿関、愛発関と共に古代の三関の一つに数えられている。交通の要衝にあった不破関の近郊は、南北朝時代、京を目指す南朝とそれを阻止する室町幕府が戦った青野原の戦い(1338年)、豊臣秀吉の没後、徳川家康(東軍)と石田三成(西軍)が天下の覇権をかけて争った関ヶ原の戦い(1600年)と何度も有名な合戦の舞台になっている。  家康と三成が激突した“天下分け目”の一戦は、9月15日に始まり僅か半日で東軍が勝利した。ただ激戦地にな