マガジンのカバー画像

朝日新聞出版の文芸書

98
書評や文庫解説、インタビューや対談、試し読みなど、朝日新聞出版の文芸書にかかわる記事をすべてまとめています。
運営しているクリエイター

記事一覧

【試し読み】PTA活動に保護者会…その前に読みたい、共感必至の子育てエッセイ!村井理子『ふたご母戦記』/「感情的な親」にならない方法

■第2回/粉ミルク・バイクぶちまけ事件 「感情的な親」にならない方法 子どもが小学校に通いはじめてからできたママ友とは、今でも友好な関係を築いている。多くが仕事を持つ親なので滅多に会うことはないが、車ですれ違えば、慣れた手つきでハンドサインを送り合い(今日もおつかれ)、年に1度程度の食事会で会えばブランクなど一切感じさせない、よどみない会話でランチが冷めるほどである。嫁いだ先が農家のお母さんからは、新米の時期になると「新米、どや」といったメッセージが送られてくる。「30キロ

この社会の価値観の偏りを炙り出す…書評家・杉江松恋さんによる【朝比奈秋著『植物少女』書評】

人間の生命をこのように描けるとは 小説が息をしている。生きている。  耳を澄まし、それを聴こう。  朝比奈秋『植物少女』は三層構造を持つ小説だ。第一層にあるのは医療小説としての性格である。  朝比奈は第七回林芙美子文学賞に輝いた「塩の道」で2021年にデビューを果たし、同年に第2作の「私の盲端」(同題短篇集所収。2022年)を発表した。これは腫瘍のため直腸の切除手術を受けた大学生の女性を視点人物とする作品である。人工肛門を使用、つまり新米オストメイトとなった主人公には世

【試し読み】ワンオペふたご育児で追い詰められて…共感必至の子育てエッセイ!村井理子『ふたご母戦記』/粉ミルク・バイクぶちまけ事件 

■第1回/自己紹介:初産で、双子で、高齢出産だ 粉ミルク・バイクぶちまけ事件 育児の何がそこまで大変なの? そもそも、大変だということはわかっていて、それでもあえて出産したのでしょう?と、私自身も何度か言われたことがある。そのたび、何も言い返せず、口ごもるだけだった。悲しい。  今だったら、育児の何がそこまで大変なのだと問われたら、「孤独」が一番辛いのだと大声でハキハキと答えることができる。大変だとわかって産んだのでしょう?と言われれば、それはもちろんわかっていたけれど、

「まず認知症を受け入れる」 医師である作家が描く認知症介護小説『老父よ、帰れ』、著者・久坂部羊さんのエッセイ

他人ごとではない認知症夢の新薬登場か  今年1月、アルツハイマー病の新薬がアメリカで承認されたというニュースが、新聞各紙を賑わせた。日本の製薬会社も関わっており、同社は日本国内での製造販売の承認を厚労省に申請したという。  すわ、夢の新薬登場かと思いきや、報道をよく読むと、アメリカでの承認は「迅速承認」というもので、これは深刻な病気の薬を早く実用化するため、効果が予測されれば暫定的に使用を認めるという制度で、車の免許でいえば“仮免”のようなものらしい。  承認の根拠は症

【試し読み】共感必至の子育てエッセイ誕生! 村井理子『ふたご母戦記』/自己紹介:初産で、双子で、高齢出産だ

初産で、双子で、高齢出産だ  私は日本一大きな湖である琵琶湖のほとりに住む、平凡な主婦。夫と双子の16歳になる男児と、黒いラブラドール・レトリバー(45キロ)とともに暮らしている。  子どもが生まれた直後に、10年以上暮らした京都から、はるばる越してきた。まるで海のように青くて大きな琵琶湖と、雄大な比良山系に挟まれた地域に一軒家を構え、今年で17年目になる。夏は湖水浴客でごった返し、冬はスキーを楽しむ人々の車で国道が混雑するような、いわゆるリゾート地ではあるけれど、地形に高

女優・南沢奈央さんによる、朝井リョウ『スター』文庫解説を特別公開!

 わたしは大学時代、現代心理学部映像身体学科だった。「心理学部だった」というと、「じゃあ人の心読めるの?」と言われるし、「映像を勉強していた」というと「いずれ監督とかやりたいの?」と言われる。そういう人もいただろうが、わたしは人の心も読めないし、監督志望でもない。  では何を学びにいっていたのか説明するのはむずかしいのだが、大学のホームページの言葉を借りるならば、映像身体学は、“映像と身体をめぐる新しい思考と表現を探究する”学問で、2006年に立教大学に新設され、わたしが入学

春号は新連載があり、創作が充実。第9回林芙美子文学賞受賞作も掲載!<「小説TRIPPER」2023年春季号ラインナップ紹介>

◆新連載垣谷美雨 「墓じまいラプソディ」 「絶対にお父さんと同じお墓には入りたくない」  四十九日の法要を目前に控え、突然明らかになった義母の遺言。  先祖代々の墓はどうする? 妻が入るのは見知らぬ親類ばかりの夫の墓?  そもそも、夫婦別姓制度って何で進まないのよ?  笑いながらも身につまされる、明日は我が身の現代墓問題、あなたならどうする? ◆創作篠田節子 「遺影」  グループホームに長く入居していた認知症の義母が亡くなった。遺影に使うことになった写真には、よく見ると

第9回 林芙美子文学賞 受賞作が決定!

受賞の言葉  書店に並んだ小説を手に取って、家に帰って読んでいると、時の経過を忘れるような感覚に幾度となく陥ることがあります。出逢ってから忘れられない言葉たちを前に、どうして私は小説を書こうと思ったのか、分からなくなる日もあります。素晴らしいものは、もうすでにここにあって、触れられただけで幸せではないかと満足する自分にもぶつかってしまいます。  だけどもう一度、私にも何か書けないかと立ち上がらせてくれるのも、小説なのだと感じています。浮かび上がった言葉が形となり、林芙美子文

三浦しをんさん「首がもげるほどうなずき、本を持つ手が震える」 佐野洋子著『あれも嫌いこれも好き』文庫解説を特別公開!

時代をこえて、「ですよねー!」と佐野さんと握手できたような気分だ。  小説よりもエッセイのほうが、鮮度が落ちるのが速い気がする。日常で感じたことや考えたことを、「ノンフィクション」で書くのがエッセイの基本的な姿勢だからだろうか。  たとえば戦前に書かれた小説であれば、「まあ当時の男女観はこういう感じだったんだろうな」と受け流したり、興味深く読んだりできることが多い。「あくまでもフィクションだから」と、それなりの距離感と譲歩を伴って読めるということかもしれない(程度問題だが

現役医師が「植物状態の母と過ごす娘」を書くことで教わったこと/『植物少女』著者・朝比奈秋さんインタビュー

 朝比奈秋さんは30代半ばまで、小説とは無縁の勤務医だった。 「論文を書いている時にふっと物語が浮かんで。それを書いてみたら止まらなくなりました」  浮かんだのは映画のような動画だったという。 「2、3年すると急患の診察中にも浮かぶようになり、仕事を続けられなくなりました。そこから書き続けているうちに、交友関係などもなくなっていき、プライベートな時間のほとんどが小説に侵食されていきました」  せっかく書いたのだからと短篇の新人賞に送るようになり、2021年、「塩の道」

取るに足らないことが、自分の人生は悪くないものだと気付かせてくれる。津村記久子『まぬけなこよみ』朝日文庫版刊行記念エッセイを特別公開!

その後のこよみ  2012年から2015年まで「ウェブ平凡」で連載し、2017年に単行本になった本書を文庫化するにあたって、2022年に再び読み直すという作業をしたのだが、この一連のエッセイを書いていた自分に対しては、「とにかくよく思い出しているな」という印象を持った。大袈裟ではなく、これまでやったすべての仕事の中で、本書の中のわたしはもっとも思い出している。子供の頃のことはもちろん、中学生の時のことも、高校時代のことも、大学に通っていた時期についても、そして会社員生活に関

【累計12万部突破】大ベストセラー『とんび』『流星ワゴン』に連なる家族の物語 重松清著『ひこばえ』インタビュー&書評まとめ

<インタビュー>父の不在という「穴」、そのままで 人間関係はタグ付けするようにつなげて、できてゆくもの 誰かの死で胸に開いた穴が、残り続けているなら埋めなくていい <書評>大矢博子さん「「いない」がゆえ 芽吹くつながり」 朝日新聞(2020年05月16日掲載) 産経新聞 2020年4月19日掲載 ★NHK新日曜名作座でオーディオドラマ化もされています 累計12万部突破!

植物状態の母と娘にしか紡げない「親子の形」と「生きる意味」とは?作家・町田そのこによる、朝比奈秋著『植物少女』書評

繋がりゆくもの  本作『植物少女』を読んでいる間じゅう、亡き祖母を思い出していた。  祖母は認知症とパーキンソン病を併発しており、その進行は俗に言われる“坂道を転がり落ちる”ようではなく、“落とし穴にすぽんと落ちる”ようであった。言葉を用いてのコミュニケーションはあっという間にできなくなり、次いで表情やしぐさから何かを察するということも難しくなった。祖母が病であることを受け入れられたころにはもう、ベッドの上で無表情に虚空を見つめ、奇妙に体をこわばらせていたように思う。

作家・高橋源一郎さんが読む「ふたりの上野千鶴子」/『上野千鶴子がもっと文学を社会学する』書評を特別公開

おおぐま座のゼータ  おおぐま座でわかりにくければ、北斗七星といえば、わかってもらえるだろう。冬にはまだ地面近くにあるが、春に向って空高く上がってゆく。そのひしゃくの柄の端から2番目にある2等星が「おおぐま座のゼータ」、別名ミザール。およそ400年前、望遠鏡によって見つけられた最初の連星系。すなわち、肉眼では一つにしか見えないが、重力によってお互いに影響を受け合う「連星」だ。だが、真に驚くべきは、そのことではない。それから300年以上過ぎて、「連星」の片割れ「ミザールA」に