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ホラー? と思わせての意外な展開 『ババガヤの夜』の作家が描く人々のあたたかな関わり<『他人屋のゆうれい』「AERA」インタビュー>
急死した春夫おじさんの遺品整理のため下町の「メゾン・ド・ミル」を訪れた大夢。ドアには「他人屋」の看板がかかり住人たちが次々と訪ねてくる。さらに部屋には「幽霊」がついていて──!? ちょっと「ふつう」から離れた人々の関わりをあたたかく描く物語『他人屋のゆうれい』。著者の王谷晶さんに同書にかける思いを聞いた。
「AERA」2月3日発売号に掲載された王谷晶さんのインタビューを転載します。
みよ、この美しきタトゥーを! さすがはヤクザ世界のシスターフッドを描いた『ババヤガの夜』で知られる王谷晶さん(43)! と思ったが
「入れたのはババヤガのあと、40歳を過ぎてからなんです。猫が柄を取り戻したというか、この方が自然な自分だなという気持ちになってきました」
そう話す王谷さんは口調も雰囲気も包み込むようにやわらかい。新作『他人屋のゆうれい』はそんな王谷さんのやさしさを味わえる逸品だ。派遣バイトで暮らす大夢は叔父・春夫の訃報を聞き、彼の部屋を片付けにいく。下町にあるマンション「メゾン・ド・ミル」には一風変わった人々が住んでいた。「しんぶん赤旗」での連載をまとめた。
「重すぎず、毎日楽しく読める話にしようと思ったときに落語の長屋話が浮かんだんです。八っつあんや熊さん、ご隠居が出てくるような、現代の長屋話を書きたいなと」
住人たちと関わりながら大夢は叔父の部屋の「秘密」を知ることになる。ホラーか?と思わせての意外な展開に引き込まれる。特にリアルなのが大夢の仕事の描写だ。派遣先のコールセンターでは派遣社員と正社員で休憩場所も使うエレベーターも区別される。
「私自身、正社員になったことが一度もなくライン工や警備員、コールセンターなどで働いてきました。大企業やホワイトカラーの職場になるほど立場の格差が露骨なんです」
メゾン・ド・ミルの住人たちはどこか社会からはみ出している。なかでも人と距離を置いて生きる大夢には他者に恋愛感情を抱かないアロマンティック(Aro)や、他者に性的に惹かれないアセクシュアル(Ace)の雰囲気がある。
「作中では表していませんがそのつもりで書いています。私自身はレズビアンですが、自分の中でそれが本当に腑に落ちたのは30歳を過ぎてからセクシュアルマイノリティは『自分がなんなのか』がわかりにくく自分に納得がいくまで時間がかかる人は多い。大夢の説明できない違和感や揺れはそこにあるのかなと」
少数派の視点からしか見えないものを書くことが自分の仕事のひとつかも、と王谷さん。アーティスト肌の両親のもとで育ち、幼いころから「いつか作家に“なっちゃうんだろうな”」との予感があった。バイト生活とライター業を経て専業作家に。消費者金融のコールセンターで借金勧誘の電話をかけた苦い思い出も、20代でうつ病を発症した経験もすべて創作の糧となった。
「いま非正規で働く人たちは10年前の自分よりもっと条件が悪くなっていると思う。給料は上がらないのにコンビニの梅おにぎりが120円を超えるなんて異常事態です。社会をもうちょっとなんとかしようよ、という思いと同時に、こんな社会でもこういうふうに生きていくこともできる、最初から脇道をゆくような人生でもとりあえず生きてはいけるよ、という希望をみせたいとの思いもあるんです」
フリーランス記者 中村千晶
『他人屋のゆうれい』(1800円+税/朝日新聞出版)
急死した春夫おじさんの遺品整理のため下町の「メゾン・ド・ミル」を訪れた大夢。ドアには「他人屋」の看板がかかり住人たちが次々と訪ねてくる。さらに部屋には「幽霊」がついていて――?! ちょっと「ふつう」から離れた人々の関わりをあたたかく描く物語。
王谷晶(おうたに・あきら)/1981年、東京都出身。2012年にデビュー。代表作に『完璧じゃない、あたしたち』(2018年、ポプラ社)、『どうせカラダが目当てでしょ』(2019年)『ババヤガの夜』(2020年、ともに河出書房新書)などがある。
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