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往復書簡 日々の音沙汰 ー第3回「逢えたときは誇れる様に」(伊藤亜和)ー

 作詞家、ラジオパーソナリティー、コラムニストのジェーン・スーさんと文筆家・モデルの伊藤亜和さんによる往復書簡がスタート。
毎月第2・第4火曜日に更新予定です。初出:「一冊の本」12月号

■前回のジェーン・スーさんからのお手紙はこちら

✉ ジェーン・スーさま ← 伊藤亜和

 こんにちは。これが届くころにはさすがに肌寒くなるかと思いますが、まだ油断するとモワッとした暑さがやってくる今日この頃です。私は狭い部屋の中でヒーターを出したりひっこめたり、フリースを着たり脱いだりして、もはや自分でもなにがしたいのか、よくわからなくなってきています。

 さて、先日は私のくだらない話に丁寧なお返事をくださり、ありがとうございました。お返事のなかでお書きになっていた吉田羊よしだようさん主演のドラマ、私も拝見いたしました。吉田羊さんのことは前から好きで、出演されている作品はたくさん見ていましたが、正直「スーさんと羊さんは似ているな」と思ったことはいちどもありませんでした。しかし、このドラマのなかの羊さんはスーさんの雰囲気をしっかりと摑んだ演技をされていて、さすが役者さんだなと改めて感動いたしました。お父さまの役は國村隼くにむらじゅんさんが演じていらっしゃったので、きっと本物のお父さまも貫禄のある紳士なのだろうなと想像しておりましたが、最近スーさんがSNSにあげていらっしゃったお父さまのお姿は、思ったよりもスマートで、そして想像していたより、スーさんに激似でありました。ご著書で「あまり似ているとは思わない」というようなことを書いていらっしゃいましたが、激似だと思います。

 余談ですが、私の祖父はスーさんの『生きるとか死ぬとか父親とか』を読んで「この父親は俺にそっくりだな」と嬉しそうに申しておりました。本人いわく、大胆なところや、なにがあっても飄々ひょうひょうとしているところが自分そっくりだそうです。私が見るかぎり、祖父は気が優しく几帳面で、なにかあるとすぐ慌てます。全然似ていません。自分のことを誰かに重ねて「似ている」と言うとき、そこには理想の自分のようなものが混在しているのかもしれませんね。

 多かれ少なかれメディアに出ると、人の「似元にもと」になる宿命なのだなと、最近は考えています。私はまだそれほど知名度がないので、赤の他人が「伊藤亜和に似てるって言われた」と言っている現場に遭遇したことがいまだありません。経験がないぶん、私は誰かの「似元」になることに多少の憧れがあります。いつか誰かが「伊藤亜和に似てるね」と言われたとき、少しでも嬉しい気持ちになってもらえればいいなと思い、今日も背筋を伸ばすことにします。

 今会いたい人。好きな著名人を聞かれたとき、私は真っ先に「椎名林檎しいなりんごさん」と答えていますが、実際今すぐ会いたいかと聞かれれば、答えはノーです。自分が大きな憧れを抱いている人、とくに同性のそういった人に対して、私は会うことを躊躇ためらうところがあります。異性のそういう人に対しては、自分が多少至らなくても「なるべく若く可愛いうちにお目にかかりたい」というよこしまな目論見が湧くのですが、同性に対しては、若さも可愛さも通用しない。そのことに、私は無意識に恐怖心を持っているのだと思います。実際に会えたとして、相手に「面白くないな」と思われるのが怖いのです。椎名林檎さんがボーカルを担当しているバンド「東京事変」の曲に「スーパースター」という曲があります。この曲の歌詞は、椎名さんが彼女の憧れの人であるイチロー氏をイメージして書いたものなのですが、そのなかには「もしも逢えたとして喜べないよ か弱い今日の私では これではいやだ」という歌詞が出てきます。これは今の私の心情に非常に近いもので、彼女がイチロー選手に対して抱いていた想いを、私はそっくりそのまま彼女に対して抱いているのだと考えざるを得ません。今のままの私で彼女に会えたとしても、私はせいぜい絞り出すように「好きです」と言うだけか、それすらできず、まるで森の中でヒグマに遭遇した時のように下を向いたまま黙って後ずさりすることしかできないでしょう。だから今は「椎名林檎さんが好き」とメディアで公言することもあまりしません。大人たちはすぐに分不相応な企画を考えてくるので、よくよく警戒しなければならないのです。もしも逢えたときは誇れる様に、彼女に「お話してみたい」と思ってもらえるように、今はひたすら自分の仕事をやっていこうと思っています。

 じゃあ、今会いたい人は誰なんだ、という問いについて。長々と椎名林檎さんへの気持ちを書いてしまったあとでは、その人を「簡単に会える」となめているのではないかと思われる危険があります。なのでここはあえて全く違う世界の、おそらく会うこともないであろう人を挙げさせていただきます。

 私が今会いたい人は「L’s collection(エルコレ)」プロデューサーの「軍神」こと、心湊一希みなといつきさまです。

 スーさんはお気づきでしょうか。私がLINEでのやりとりのなかで、時折謎の成人男性のスタンプを使用していることを。黒いスーツ姿の、ボブカットの男性。あれこそが軍神さまでございます。「エルコレ」というのは全国に展開しているホストクラブのブランドで、軍神さまはその数々の店舗のトータルプロデューサーとして君臨していらっしゃいます。私が軍神さまを知ったのは「歌舞伎超TV」というYouTubeチャンネルをたまたま発見したときのことです。巨大な皇帝ペンギンのようにどっしりとした堂々たるたたずまい、切れ長の鋭い目、そして目を見張るような経営手腕と流れるようなトーク術。私は一瞬でとりこになりました。むさぼるようにYouTubeをあさり、軍神スタンプを買い、そして恋人にも軍神スタンプを買わせました。今では揃って軍神さまを推しています。とはいえ相手はホスト業界の人気者。恋愛経験もそれほどなく、その上負けず嫌いの性分の私が物見遊山で足を踏み入れようものなら一瞬で破滅することは目に見えています。なので、私は決して軍神さまがいるclub Lillionには行きません。新宿を訪れたときには、店の前まで行って店内をガラス越しに覗いたり、しばらく反対側の歩道から出入りのようすを眺めるだけに留めています。決して入ったりはしません。軍神さまと私はロミオとジュリエット。決して出会ってはならない関係なのです。会いたい人のお話をするつもりが、結局また会えない人の話をしてしまいました。胸が苦しいです。

 スーさんは、こんなふうに「会いたいけど会いたくない」と思ったこと、ありますか。複雑な気持ちになるようなお話、ぜひ聞きたいです。
 お返事お待ちしております。

JASRAC 出 2408751-401

次回、ジェーン・スーさんからのお便りは12/24(火)に更新予定です!

見出し画像デザイン 高原真吾(TAAP)