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上坂あゆ美連載「人には人の呪いと言葉」第3回

喉につかえてしまった魚の小骨のように、あるいは撤去できていない不発弾のように、自分の中でのみ込みきれていない思い出や気持ちなどありませんか。
あなたの「人生の呪い」に、歌人・上坂あゆ美が短歌と、エッセイでこたえます。


 いい大人なのに未だ処女性にとらわれ続けていて苦しいです。
 
 新卒で入った会社で仲良くなった大好きな先輩(男性)と大好きな先輩(女性)が関係を持ち、結果あえて粗暴な言葉を使うなら女性の方が「ヤリ捨て」されたといううわさが流れました(今思うと大分嫌な会社ですね)。
 両者共に憧れの人だっただけに落胆する気持ちが強く、また女性側が処女だったため「処女を捧げても幸せになれる訳では無いのだな」と当時の私は思い、他所よそでおざなりに捨ててしまいました。
 その後どちらとも縁が切れ疎遠になり、私は新天地で出会った男性と恋人を経て夫婦に、そして最近妊娠がわかりました。
 
 今現在は幸せですし、人生に後悔などほとんど無いつもりですが、先輩(特に女性の方)への憧憬と怨恨がごちゃまぜになったまま今の今まで約十年が過ぎています。彼女さえいなければ私の中の処女の価値が落ちることはなかったのでは無いか、清い体で今の夫と結ばれることも出来たのではないか、そんなことばかりです。
 
 またひょんなことから先輩(女性)と遠くない将来会う機会を得てしまい、嫌味のひとつでも吐いてしまいそうで怖いです。
 いつかこの気持ちは成仏出来るのでしょうか。

水越 さんより

 水越さん、こんにちは。自分が考えたこともない角度の呪いで、新しい知見を得た気持ちです。
 処女信仰という言葉がありますが、私は「科学的理由はないのにそうあった方が望ましい」みたいなことって、処女に限らず全て信仰みたいだなあと思っています。明確なメリットがあるわけじゃないけど、自分の心の経典に書いてあるからそうせざるを得ない、みたいなことってあるじゃないですか。不良やヤンキーがめられたらキレるのは、その方がメリットがあるからとかではなくて、「舐めてくる相手にはキレろ」と心の経典に刻まれているからです。逆に、舐めてくる相手は取り合うべきではないという信仰の人もいるでしょう。他にも、無駄な時間を過ごすべきではないと経典に書かれている人もいれば、無駄な時間にこそ価値があると書かれている人もいますよね。

 このように人はそれぞれの信仰を持って生きていて、それ自体は誰にも侵す権利はないのです。だから水越さんの「女性はできる限り純潔を守り、心に決めた一人とだけセックスをするのが望ましい」という信仰は、私にはないので共感はできないけど、なるほどそういう信仰の方もいるよなと理解はできました。
 ご自分が処女性に囚われていることにお悩みでいらっしゃいますが、私はそれよりも、他人に自分の信仰を強いることが加害につながる可能性があり、あまり良くないかもなと思いました。興味のない宗教に無理やり勧誘されたり、自分の振る舞いを知らない宗教のルールで評価されたら嫌じゃないですか。例えば水越さんが、仲が良い知人から「できる限り多くの男性とセックスしてから結婚した方がいいに決まってる。あなたのこと信じてたのにがっかり」と内心思われていたり、そのせいで会ったときに嫌味を言われたりしたらどう思うでしょうか。信仰って、本人にとっては世界じゅうが当然そのルールで回っていると思いかねないほど強いものです。でも実際は世界の中心なんてなくて、私もあなたも、そして全ての人間が、それぞれ世界の端っこにいるだけ。だから私自身も自分の信仰を強いないように気をつけたいなと思っています。
 今回のケースでは、先輩本人が水越さんに相談したわけでもなく、ソースは社内の噂だけですよね。そうなるとそもそも事実かどうかもわからないですし、一番つらいのは噂を立てられた先輩本人でしょう。私が言うまでもなくわかってらっしゃるでしょうが、とりあえず先輩の前ではどんな嫌味も吞み込んだ方が懸命だと思います。
 (そもそも会社というビジネスの場で、他人の性事情に踏み込むこと自体がすごい嫌ですけど、こういうことを喜んで話す人たちって実際にいますよね……。水越さんとしても能動的に聞きに行ったわけではなく、自然と耳に入ってきてしまい、だからこそ感情をどう処理していいかわからなくなっているのかなと推察しました。)

 さてここからは、「私の信仰的にはこう思うかな〜」という話をしますね。先ほど「自分の信仰を強いるのは良くない」と言った手前、もし強いているように感じたらすみません。私の信仰も、どうか否定せずに一旦聞いてくださるとありがたいです。
 
 冒頭で「信仰は自由だ」という話をしました。基本的にはそうなのですが、世界平和を目指すためには、私はここに「“他者に害を与えないのであれば“信仰は自由だ」という注釈をつけたいと思っています。この「他者への害」とは、直接的な加害だけでなく、「見えない誰かを孤独にすること」も含みます。例えば「○歳までに結婚し子を持つべきだ」という信仰を持つ人がいたら、結婚願望がない人、さまざまな理由で結婚できない人(同性愛者などセクシャルマイノリティを含む)は孤独を感じるでしょう。同様に、「女性はできる限り純潔を守り、心に決めた一人とだけセックスをするのが望ましい」という信仰は、セックスの経験が多い女性を孤独にしますし、例えばですが望まない性行為で初体験を奪われてしまった人には、絶望に近いほどの孤独を与えかねないと思います。また、他所でおざなりに初体験を済ませたという水越さん自身の人生の否定にもつながってしまいます。

 唐突ですが、私の話をします。
 私は昔から、一夫一妻制にあまり納得できていません。結婚ともなると、恋愛、日々の雑談、セックス、友人付き合い、家計の分担、家事の分担、育児の分担、親族付き合い、互いの介護などのタスクが発生します。これら全てをたった一人の相手に担わせるなんて、どう考えても無理じゃん!って、私は思ってしまいます。奇跡的に全て担えているご家庭ももちろんあるのでしょうが、そんなSSRガチャみたいな確率でしか成功しないものが、法律で定められているのって変だよなと感じます。
 雑談は友達とすればいいとか、家事代行を依頼するとか、合法的な代替手段が存在するものもありますが、「恋愛」と「セックス」だけは代替が難しいです。だから世間ではパートナーに黙って浮気をするのかもしれませんが、他でもないパートナーへの加害となりますし、保身のためのうそをつくことはバレるバレないにかかわらず、私の信仰に反します。
 
 そこで私は、オープンリレーションシップというものをパートナーに提案し、実践しています。オープンリレーションシップとは、ざっくり言えば「パートナー以外とも恋愛やセックスをすることに双方の合意がある状態」のことです。ただ、どこまでをOKとするのかはカップルによって異なり、それも話し合いで決めます。私たちの間では、パートナー以外とのセックスはOKだが恋愛はNG、そのため恋愛関係に発展しそうな相手とは関係を持たない、パートナーに相手の話をしない、などのルールがあります。
 性愛やパートナーシップにおいて、誠実であること、より正しく言えば、誠実であろうとすることが、私は最も重要だと思います。パートナーに後ろめたいことはしたくないし、セックス相手のことも人として尊重しています。浮気ってそれ自体よりも、大切な人に嘘をつかれて人間不信にさせてしまうことが一番の罪だと思っているので、一応、これが私なりの誠実さです。
 
 このことを公の場で話すのは初めてです。
 話題が話題だけにプライベートの友人にもあまり話したことはないので、今も書きながらめちゃくちゃ怖いです。それでも何故この話をしたかと言うと、一つは水越さんへの敬意です。女性の先輩への怨恨は、ご自分でも良くないと思っているから苦しくて、今まで誰にも言えなかったんじゃないかなと思いました。そんな話を送ってくださったので、私も腹をくくろうと勇気をもらいました。
 もう一つは、水越さんの呪いを解くために、信仰の多様性を知るというか、具体的には処女信仰の真逆みたいな考えにも一度触れる必要があるのかなと思ったんです。先輩の話が仮に事実だとして、女性の先輩がそのことを良かったと思っているか、それとも後悔しているかなんて、わからないですよね。先輩は自分の信仰に従っただけで、全く後悔していないかもしれません。だからこそ他者に自分の信仰を強いるのは良くないのですが、そのためには私みたいに、あなたと全然違う信仰の人もいるよということを、リアルに知ってほしかったのです。それは、私を孤独にしないことにもつながりますから。 

 それから少し別の軸になりますが、私は、「男ならいいけど女はダメ」みたいに、同じ行動でも性別によって正しさが変わるのは変だなという気持ちがあります。ジェンダーイコールの観点から異議を唱えたいというよりは、純粋に理屈が通っていないように感じるのです。
 よって処女を崇拝するなら童貞も崇拝した方がいいと思うのですが、どうですか?
 もしそれに違和感があるなら、「性別」というものに対して、水越さんの中にはまだ言語化されていない別の呪いがあるのかもしれません。もしかして、そっちのパンドラの箱を開けてからでないと、本当の意味で呪いを解くのは難しいかもしれないなと思いました。
 荒療治になってしまったかもしれませんが、水越さんが少しでも生きやすくなることを、心から願っています。それからくだんの先輩も、どうか幸せであってほしいものです。



上坂あゆ美(うえさか・あゆみ)
静岡県沼津市生まれ。歌人、文筆家。 著書に、『老人ホ-ムで死ぬほどモテたい』(書肆侃侃房)、『『老人ホームで死ぬほどモテたい』と『水上バス浅草行き』を読む 歌集副読本』(共著、ナナロク社)など。
X(Twitter):@aymusk

見出し画像デザイン 高原真吾


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