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鈴峯紅也『警視庁監察官Q ZERO2』第12回

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 定期試験も週目に入った、25日のことだった。

 この日、観月は3限と5限に試験があった。

 試験そのものはこの日に限ったわけでなく、特に問題は何もなかった。

 キャンパスプラザに木霊する絶叫は変わらなかったが、1週間以上も過ぎるともう、耳に慣れた。だから、まったく気にはならなかった。

 観月の学年末定期試験はここまで、至極順調だった。

 そんな中、別に油断をするわけではないが、この夜は久し振りに〈蝶天〉に出勤することになった。

 5限の後だと、どう足掻いても〈ぎをん屋〉の、いや、オープン前ミーティングには間に合わないし、大事なテスト期間中でもあり、当初から出勤する気などはさらさらなかった。

 だがこの日、憂慮されたエマージェンシー・コールが裕樹から掛かってきた。

 ちょうど駒場キャンパスに到着し、3限の試験を前に、テラスで軽いランチを摂っているときだった。

 今晩そっちの店に顔を出す、という角田からの連絡が福岡から午前中に店に入り、転送電話で裕樹が受けたようだ。

 角田の日は出ます、という約束を店側としている以上、出勤しないわけにはいかなかった。

 ただし、

――試験期間中に、ホント、悪いね。

 と言った裕樹の言質は取り、出勤する代わりにミーティング時の京風スイーツの取り置きを頼んだ。

――了解。それで済むなら、君に許してしまった〈四海舗〉の1年分より、破格に安いものだ。

 どこか引っ掛かりのある言葉ではあったが、気にしない。食べられるならいいことにする。

 それで決まりだった。

 5限のテストの後、騒がしいキャンパス棟の部室に戻って、熊野古道物語を軽くひと箱食べてから銀座に向かった。

〈蝶天〉に到着したのは、ちょうど店がオープンした直後だった。

 角田が顔を出す予定時間は、9時と聞いていた。

 この日の京風スイーツは、直前に焼いたというみたらし団子の抹茶クリーム添えだった。

 ウエイティングルームで着替えてからゆっくり、香ばしさと柔らかさと風味を3本ほど堪能する。

 この日は角田の相手をするために出てきた。他の席に付くことはない。それも裕樹に突き付けた注文だった。だから、みたらし団子に掛ける時間は十分あった。

 角田が来るまではフリーで、角田が来たら適当に相手をして、角田が帰ったらまたフリーだ。

 早上がりの後は、〈長江〉でまたカクテルをいただこうか。

 そんなタイムスケジュールを想像しつつ、4本目のみたらし団子を噛む。

(けど、その前に)

 珠美、いや、ジュリのことだ。

 この日も珠美は出勤していなかった。

「頑張ってさ、やっと指名のお客さんもついたとこなのに」

 副店長の田沢に聞いたところ、前週は木曜に1日だけ出勤し、今週は昨日出勤してそれきりらしい。

 それきりということはつまり、以降の予定が白紙と言うことだ。

「ねえ。みんな。ジュリのこと、なんか知らない?」

 同じウエイティングにいた、キラリを始めとするグループの仲間に話を聞く。

 一斉にキラリたちが顔を見合わせた。

 どう見ても、類型的に不安げな顔というものだったろう。

 それが、何かを知っていることを意味するとは観月にもわかった。

「木曜日は明るかったんだ。ちょっとハイでさ。いいお金になるバイト見つけたって。一発逆転とか言ってたよ」

 キラリが言った。

「そうそう。それでさ。今週も明るかったよ。明るかったけどさ」

 ユウミが言った。

 それから2人は顔を見合わせ、ねえ、と互いに頷いた。

「どういうこと」

 煮え切らない話の先を促す。

「あのさ。明るかったけどさ。私、見ちゃったんだ」

 話の続きはキラリが代表した。

「上がりの時間が一緒だったんだ。そしたら、着替えるときにさ。なんか、脇の下とか背中とかに痣があったんだよ。あれってなんだろ。わかんないけどさ。殴られたとか、縛られたとかさ」

「痣?」

 私も見たよ、とすぐ近くにいたシオリも同意した。

「私もさ。なんだろうって見てたらジュリもこっちに気付いたみたいで、物凄い怖い目で睨まれた。ううん。悲しそうな目、だったかな」

 あれはヤバいかもしれない、と言ってシオリは細い腕を組んだ。

「そうですか。情報、有難うございます」

「後さ。後さ」

 ユウミが手を忙しく動かした。

「何」

「ルウちゃんが来ないんだけど」

「えっ。ルウが」

 ルウも観月のグループの1人だ。

 ユウミとルウは仲がいい。互いの住んでいる場所が目と鼻の先で、出勤が一緒の日はいつも、同伴やアフターに仕事がない限り、一緒に出てきて一緒に帰っていた。

「ルウって、今日、入ってるの?」

「うん。ドタキャンってやつ」

「具合が悪いのかな」

「でもさ。でもさ」

 携帯の電源が入ってないんだ、とユウミはまた、手をパタパタと動かした。

「そういえばルウさ。昨日はヘルプでジュリと同じ席についてたっけ。このところ、よくジュリを指名するお客さんだったけど。――その人ってさ。何か関係があるのかな」

「どうかな。そうかもしれないし、何もないかもしれない」

 と、ノックに続き、ウエイティングに店長の児玉が姿を現した。

「ミズキちゃん、ご到着です。シオリさんもご指名、入りましたぁ」

 一旦、話はここまでのようだった。

「了解です」

 立ち上がって裾の乱れを直す。

 キラリとユウミが、そんな観月を見上げた。不安げな目だ。

 そんなときは私の無表情でも、見れば安心するのだろうか。

 そうだとするなら、応えたい。

「とにかくさ」

 キラリとユウミをしっかり、交互に見る。しっかり見て、言葉を紡ぐ。

「心配しないで。私がいる。私に任せて。私は、あなたたちのGLだから」

 2人は顔を見合わせ、頷いた。

 それぞれの肩に手を乗せ、熱も伝える。

 キラリもユウミも今夜、静かに眠れますように。

「じゃ、行くね」

 シオリと一緒にウエイティングを出る。

 ホールとVIPルームとの分かれ道で、シオリは観月の前に立った。

「でもさ。ミズキちゃん」

 シオリは真っ直ぐに観月を見てきた。

「全部をさ、1人で背負おうとしちゃだめだよ。仲間がいるって、忘れないで。私も出来ることをするから。いいわね」

 言葉と笑顔が、これだけでそれだけで、なんと言うか、奥底に染みた。

 これが銀座の、大人の女性か。

(まだまだだな。――あれ、なりたいのかな。私)

 不思議な感覚のままVIPルームへ向かう。

 脂ぎった顔、値の張るスーツ、紐付きの議員バッジ。

 ようやく福岡から出てきた、内閣府特命担当大臣防災担当兼国家公安委員長・角田幸三がそこにいた。

「おお。来たな東大」

 観月はドレスの裾を摘まんでゆっくり腰を折り、銀座の大人の女を気取ってみた。

「お加減はいかがですか。無理しちゃだめですよ」

「ん? なんだ? 熱でもあるのか。風邪か、盲腸か。盲腸なら脇腹を押せ。俺が押してやる」

「結構です」

 伸ばしてくる右手を叩いて落とす。

 まったく、この国家公安委員長は――。

 まったく、その国家公安委員長の手をいきなり叩いて落とす、自分自身は――。

(やっぱり、私には無理かな)

 心の奥が蠕動するようだった。

 苦笑というものだろうか。

 いつか表出する日を願う。

 この傍若無人な国家公安委員長も、そのときの一助になるような気もする。

「痛いな。何をする」

 角田は顔を顰めて右手を引いた。

「俺は病み上がりだぞ。そして国家公安委員長だ」

「言われなくとも、どちらもわかってます。でも、休んで出遅れた国家公安委員長ならまず、きちんと国会に出席するのが本筋だと思いますけど。帰ってきて、いきなりここですか」

「そうだ。悪いか。――おお。そうだったな。遅ればせながら、明けましておめでとう。で――」

 今年もよろしくな、と言いながら、角田幸三は左の手をそっと伸ばした。

24


 翌日、観月は割と早い時間から駒場キャンパスに向かった。

 珠美やルウのことは気掛かりだったが、まずは目先のことからこなす。

 この日は、2限と3限に試験があった。その後で玲の家庭教師だ。夜のバイトはない。

 角田は昨日来て、来月下旬にまた来ると律儀に予定を口にして帰った。

――国会が忙しいのでな。そうそう頻繁に来られるものではない。私は忙しいのだ。

 などと言っていたが、これはどこか噓臭い。

 国会より先に夜の銀座に顔を出して酒を呑む、国家公安委員長への信用は皆無だ。

――他にも馴染みが多いからな。ここばかりを贔屓にしているわけにはいかないのだ。

 あるいは、

――国会の冒頭を休んだら、小日向総理にこっぴどく怒られた。あれは怖い。肝が冷えて熱が下がった。

 と言われた方がまだ信憑性は高い。

 いずれにせよ、次は2月下旬というからには、定期試験中は来ないということで、その間の観月の出勤も〈多分〉無いということだ。

 試験と同時に、出来たら珠美やルウの所在を広く探しつつ、玲の家庭教師に傾注する。どちらかといえば玲の方がメインか。

 所在不明で携帯も繋がらない人間を探すには、シオリも関わってくれると言ったが、友人知人のネットワーク等、多勢に頼るところが大きい。観月1人の力など無力に等しい。

 時間とはシビアなものだ。迷えば勝手に流れてゆく。だから決まっていることから、確実にひとつずつ片付ける。

 この26日の快晴の水曜日は、そんなことを自分に確認して始まった1日だった。

 ランチを挟んで試験を処理し、その足ですぐ大井町へ向かう。到着は4時前だった。

 この日はスタンド灰皿のベンチに、観月が投げ飛ばした連中の姿はなかった。

 懲りたのだろうか。自分で口にしておいてなんだが、ああいう連中は懲りないものだと思っていたが。

(ま、どうでもいいわ)

 この辺りの平穏が保たれるならそれでいい。そのために古柔術を披露したのだから。

 エントランスに進み、オートロックのプッシュキーに玲の部屋番号を入れて呼び出す。

「あれ」

 なんの応答もなかった。留守のようだった。

 病院だろうか。それならそれで連絡があるはずだが。

 もっとも、そういう不測のときのために鍵を預かっているとも言える。そうして使ったこともある。

 だからとにかく、上がって待つことにした。そういう約束だ。

 部屋は静かなものだった。勝手に人の家の中を彷徨くことも気が引けるので、リビングで待つ。待機の感覚だ。

 1時間。

 2時間。

 それだけ待っても玲は帰ってこなかった。連絡もない。

 さて、どうするか。

「ごめんね。入るわよ」

 虚空にそんな言葉で謝り、玲の部屋のドアを開ける。

 一瞥しただけですぐにわかった。玲の部屋には、なければならないものが何もなかった。

 目立つところでは参考書、問題集のすべてに、帰宅時はいつもハンガーに掛かっている中学の制服と通学カバン。勉強机の上からは、ペン立てから何から、すべての物。

 制服とカバンは、もしも登校中ならなくて当たり前だが、他の物とセットになると、それだけで状態としては明らかにおかしい。

 観月は、玲の部屋の中に足を踏み入れた。

 明らかにおかしいが、決して何らかの事件に巻き込まれたとかではないに違いない。少なくとも、その1点だけははっきりしていた。

 勉強机の上のものは綺麗にすべてなくなっていたが、ベッドの上からはジンベエザメとダンボのぬいぐるみだけが消えていた。

 どちらもお気に入りだと玲は言っていた。他にもぬいぐるみはあるが、特にその2つが直近のお気に入りらしい。

 消えているものに、玲の意志が感じられた。

 ということは、玲が自らチョイスして持ち出したということだろう。

 部屋の奥に進み、クローゼットを開ける。

 中にはそれこそ、何もなかった。

 私服が納められた半透明の収納ボックスは根こそぎ、ボックスごと消えていた。

「さて」

 では、玲はどこへ行ったのかと、考えてみる。ただし一瞬だ。思考に消費する材料はあまりに少ない。

 ならば――。

 下手の考え休むに似たり。

 動くことにする。

 観月は無造作にショルダーバッグを引っ掛け、マンションから外に出た。

 辺りはすっかりと夜だった。月が東の空に上がっていた。

 まず足を向けたのは、大井町総合病院だ。

 6時半過ぎの病院は、ロビーを行き交う人の数もまばらだった。

 食事の匂いのする入院病棟でナースステーションに寄り、愛子への面会を求める。

 すると、若い看護師から意外な答えが返ってきた。

「あれ? ご本人やご家族から、お聞きになってないんですか。転院されたみたいですよ」

「えっ。転院、ですか」

「ええ。私もよくはわからないんですけど、急に決まったみたいで」

「あの、どちらの病院へ」

「それは。――すいません。私からは。担当医に聞いてもらえますか」

 あからさまに不審な感じで看護師はその場を離れた。

 考えれば、それはそうだろう。愛子の関係者なら決して聞くはずのない質問だ。聞くこと自体、関係性が遠いことを示している。

 個人のプライバシーに何かとうるさい昨今、ましてや守秘義務もある病院で、簡単に教えてもらえるはずもない。

 愛子がいない以上、大井町総合病院にいる意味はなかった。

 玲だけでなく、愛子も観月の前から消えた。どちらかと言えば愛子の転院に理由があって、それで玲も付き添ったか。

 だが、それにしても不審は残る。少なくとも、マンションに書置きでも伝言でもあってしかるべきだろう。観月は玲の家庭教師で、鍵も預かっている身だ。

 そんなことを考えながら、病院のエントランスから出る。

 そのまま、玲の中学校に行ってみることにした。制服の校章から、所在はわかっていた。少しマンション側へ戻ることになるが、その途中から区道を渡り、少し入ったところだ。

 明かりの点いた事務室のガラス戸を開けると、腕抜きをした初老の事務員がにこやかに、遅い時間の来訪者に対応すべく寄ってきた。

 玲の登下校について観月は聞いた。3年B組だということは知っていた。玲の教科書の裏表紙に、玲の字でそう記入されていたからだ。

「ああ。そうですか。少々お待ちくださいね」

 事務員は手近なPCの前に座った。向こう向きの画面を見詰め、難しい顔で何やらを考えている様子だった。

「すいませんが、もう1度、お問い合わせの生徒の氏名を教えてもらえますか」

 そう聞かれて、玲の名前を告げる。

「うーん。それだとなあ」

 事務員はそんなことを呟きながら名簿を閉じ、上目遣いに観月を見た。

「そういう生徒はおりません。ちなみにあなた、その生徒とはどういったご関係で」

 事務員の対応が、いきなり変わった感じだった。病院での看護師の対応の変化に近い。言えば、〈来訪者〉から〈部外者〉か。

 おそらく何かを、観月は間違ったのだ。

「ああ。いえ。いないならいいんです」

 適当に誤魔化してその場を辞す。

 受験前の大切な時期だ。観月の勝手な行動で、玲の周囲を騒がせるのは本意ではない。ましてや、踏まなくていい地雷を踏んだら、取り返しもつかない。

 足早に、勝手知ったる生活道路に出て左に折れる。そこから駅までは、帰りの足を急がせる人々に逆行する形になった。

 見上げれば、月がだいぶ高く上がっていた。

「地雷、ね。そうなのよね」

 観月はショートボブの髪に右手を差し、掻き回した。

 思い当たる節が、すぐ近くに感じられた。

 しかし、取り敢えず先に進んだ。少しだけ時間に猶予が欲しかった。

 背後に、近付いてくるライトの群れがあった。エンジン音も所かまわずといった感じだ。

「まったく」

 思い当たる節はやはり、銀座以降引き続く懲りない面々ということか。

 歩道を行く観月を追い越し、大型バイク2台がそこで止まった。次々に列をなし、計6台のバイクが次々に停車する。

 気にせず、観月は先頭に追い付くようにして歩を進めた。

 先頭は、ハーフメットを被った数原だった。用があるなら直接来いという、観月の伝言は正しく伝わったようだ。

「手前ぇが隠したんか?」

 バイクから降り、数原はそう言った。

「えっ」

 少々、意表を突かれた感じだった。質問の角度が斜めからだ。

「どこに隠したっ」

 数原は苛つきを隠さなかった。

「隠した? 何を。なんにしたところで知らないけど」

「惚けるんじゃねえ!」

 真っ当な会話になりそうもなかった。

「ふうん」

 それならそれで、〈話〉を先に進める。

 生活道路の歩道には帰宅する人々がいて、観月らがその行く手を塞ぐ格好になっていた。

 数原や観月の位置はちょうどガードレールが切れた、T字路の進入口だった。

 左に曲がると、街灯の少ない小道になる。

 少々の猶予で観月が手にしたモノは、それだった。

 無拍子で身を返し、観月はそちらに走った。

「おっ。て、手前っ。待ちやがれっ」

 数原の怒声に続き、再度のエンジン音を騒がしく背に聞くが止まるものではない。

 暗がりへ、暗がりへ。

 人目を憚るということもあり、雑駁な気配でもそれを頼りにして、組めば戦える古柔術を修めているということもある。

 暗がりは一石二鳥にして、つまり、観月にとっては支配領域だ。

 20メートルほど走って足を止める。

 通い慣れた辺りだ。そこに老人の休憩場のような、小さな公園があることは知っていた。

 公園に入ってショルダーバッグを下ろし、観月は小さく息を吐いた。

 右足を前に進め、少し膝を緩めて右手を乗せる。

 それで関口流小柔術に曰く、即妙体の完成だった。体勢も不動心も十分だ。

 バイクのエンジン音が束になって近くに止まった。ヘッドライトの明かりがうっすらと公園に差した。

 先頭の数原が手を振った。呼応して、それ以外の全員が公園に入ってくる。ノーヘル、ハーフヘルもまちまちに、影のような五人だった。その中に3日前の3人はいない。

 全員、場慣れだけはしているように見えた。

「ふうん」

 それでも観月には、チンピラ以上には感じ得ない。緩く駄々洩れの気配は、未熟の証だ。

「おらっ!」

 数原の掛け声が合図だったか。膨れ上がった殺気が一気に観月に押し寄せる。

 だが、観月はそれより先に動いていた。

 俯瞰の意識で気を読み、1番緩い場所に向けて身を躍らせる。

 立ったのは、左端のノーヘルの前だった。真ん中の男がまず出るものと、全員が思っている節があった。

 暗がりだ。いきなり降って湧いたようにノーヘルには見えたに違いない。

「うおっ」

 ノーヘルの驚愕を背中で聞いた。聞く前に観月は背負っていた。

 巻き上げる風は旋風となり、ノーヘルをその場から右側に飛ばした。

 左から2番目と右から2番目の男が旋風に巻かれ、総崩れになった。

 右の男の方がダメージは大きかったろう。観月が飛ばした男の踵が顔面を痛打した。

「ぐえっ」

 さすがに真ん中にいたハーフヘルメットの男はその瞬間、大きく前に飛んでいた。

 だが、出来ることはそこまでだった。

 腰を沈めた観月は死角から入って、男の顎先に掌底を突き上げた。

 人の意識の隙、死角から死角に自在を得るのも関口流古柔術、玄妙の技だ。

 声もなく、真ん中の男が膝から崩れ落ちた。

 残るのは1番右側の男と、数原だった。

「んのアマッ」

 右側の男の手に、ヘッドライトを受けて光る物があった。飛び出しナイフのようだ。

「お生憎様」

 罵声の終いを、観月は男のすぐ横で聞いた。

 即妙体となった観月の動きは松籟を呼ぶ風であり、止めどない流水だ。

 愕然として身を固める男の、ナイフを持った手を捩じり上げ、思いっきり肩に乗せた。

「ぐあっ」

 男の手からナイフが落ちた。肘は伸び切ったようだった。

「どう。まだやる?」

 観月はうっそりと立ち、まだ公園にさえ入っていない数原に声を掛けた。

「て、手前ぇ。化け物かよっ」

 呻くように数原が言った。

 と、そのとき、遠くで警笛が聞こえた。

 誰かが警察に通報したようだった。

 慣れているのか、互いに手を借り足を借り、全員がバイクに急いだ。正気付いた真ん中の男もノロノロと立ち上がる。

 すぐにバイクの群れが、小道の奥へと動き出した。

――必ず見つけてやらぁ。このままで済むと思うなよっ。

 割れたような声がエンジン音に混じって聞こえた。

「あらら。まだ有り?」

 溜息混じりに呟きつつ、観月はショルダーバッグを肩に、明るい方へ歩き出した。

 何食わぬ顔、素知らぬ顔、滲み出る無関係さ。

 動かない表情はこういうとき、実に重宝だった。

 待つほどもなく制服警官が2人、観月の脇を走り過ぎた。

※ 次回は、2/17(月)更新予定です。

見出し画像デザイン 高原真吾(TAAP)