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ロイヤルホストで夜まで語りたい・第19回「未知のおいしさに出会える場所」(稲田俊輔)

多々あるファミリーレストランの中でも、ここでしか食べられない一線を画したお料理と心地のよいサービスで、多くのファンを獲得しているロイヤルホスト。そんな特別な場での一人一人の記憶を味わえるエッセイ連載。
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未知のおいしさに出会える場所

稲田俊輔

 僕にとってロイヤルホストの思い出は、子ども時代の幸せな記憶に始まります。外食好きな家族だったので、行きつけのお店はいくつかあったのですが、僕が一番好きだったのは間違いなくロイヤルホスト。何ならそれ以外だと少しがっかりするほどでした。
 まだ「お子様ランチ」でもおかしくない年齢でしたが、僕ははなからそれを拒絶し、大人と同じようなものを食べたがりました。もっとも、最初のうちは専らハンバーグです。ハンバーグは家でもよく作ってもらっていましたが、ロイヤルホストのそれは、やはり一味違いました。初めて食べた時は、ハンバーグの表面に焼き付けられた格子模様の焼き目にえらく感動したものです。そこから立ち昇る香ばしい香りは、お店に入った瞬間から感じる、ワクワクするような「レストランの匂い」そのものでした。

 異なるソースでいくつかのバリエーションがあるのもうれしいポイントでした。僕が特に気に入ったのは、たっぷりのベシャメルソースがハンバーグの表面を覆い尽くしたものでした。ソースにはマッシュルームも入っていたような気がします。メニューの説明書きに「女性好みの……」というようなことが書かれていたのが、生意気盛りの男子としては少し気になりましたが、当時僕は世の中で女性好みと言われがちな食べ物がおおよそ自分の好みにも合うということを既に発見してもいました。ちなみにその傾向はその後の長きにわたって続き、今でも僕が好むお店は女性比率が高く、自分が作るお店もやはりどちらかと言うと女性客主体になることが多いようです。
 そのベシャメルソースのハンバーグには、確か「フランス風」だか「パリ風」だかの惹句じゃっくが書き添えられていた記憶がありますが、メニューには他に「アメリカ風」というものもありました。そちらはソテーした玉ねぎとベーコンが添えられていました。気にはなりましたが、その無骨な風情がなんだか自分好みではないような気がして、気になりつつも結局一度も頼まず仕舞いでした。当時はそれのどこがアメリカ風なのかはさっぱりわかりませんでしたが、今になって思えば、本場のワイルドなハンバーガーにそのまま挟まっていてもおかしくない、そんなイメージの仕立てということだったんだろうなと納得です。
 「カルカッタハンバーグカレー」も、フランス風ハンバーグと双璧を成すお気に入りでした。ハンバーグとカレーが一緒に食べられるなんて、子どもにとっては夢のような話です。カルカッタというのはインドの地名ということのようでした。子どもなりに、カレーだからインドか、と単純に納得していましたが、実はもっと深い意味があったことを、その30年後に知ることになります。イギリス植民地時代のインドのカルカッタ(コルカタ)あたりでは、イギリス人向けのインド料理として、コフタカレーすなわちインド式のミートボールカレーが人気だったということを、インド料理の歴史をいろいろと学ぶ中で知ったのです。
 そのカレー自体はもちろんインド風というわけではなく、今で言う欧風カレーでした。シンプルながら滑らかかつフルーティで、カレー自体をすこぶる気に入ったのを憶えています。ちなみにおそらくこれとほぼ同じカレーに、これは約20年越しに、ロイヤルホストと同じロイヤルグループのシズラーで再会しました。食べた瞬間、あのカレーだ!と思いました。味の記憶、恐るべしです。

 もう少し成長した僕は、ある時気付きました。
 「もしかしたらハンバーグなんて食べている場合じゃないのではないか?」
 冷静にメニュー全体を見渡すと、そこには僕の食べたことがない、想像もつかない料理もたくさん並んでいたからです。だから僕が初めてあらきのパリッとした肉汁あふれるフランクフルトソーセージに出会ったのはロイヤルホストでした。ソーセージ自体もさることながら、そこに添えられていた粒マスタードに感激しました。生まれて初めて羊肉を食べたのも、ロイヤルホストのラムステーキでした。「羊はクセがあるからやめといた方がいい」という親の忠告に耳を貸さず、己の意思を貫いた当時の僕を褒めてあげたいです。別にクセを感じることもなく、それは柔らかくていい香りがして、そしてそこにも粒マスタードが添えられており、僕はやっぱり感激しました。ただしこのメニューは、当時としてはやはりなかなか一般的には受け入れられなかったのか、次に来た時はメニューから消えていました。あんなに悔しかったことはありません。
 ケーキ屋さんよりおいしいチョコレートケーキには、ホイップクリームがたっぷり添えられていました。子ども心にもなんて洒落しゃれてるんだろうと思いましたが、それが本場のザッハトルテのスタイルを踏襲したものであったことにも、やはり随分経ってから気が付きました。オニオングラタンスープという不思議な料理にもその頃出会いました。これは今に至るまで大好物です。サラダに添えられる香り豊かなグリーンゴッデスドレッシングでは、ハーブの魅力を知りました。ロイヤルホストに行けば、それまで知らなかった新しいおいしさに出会える。僕はますますロイヤルホストが好きになりました。

 今となっては、ロイヤルホストで未知の味に出会うということは、さすがに滅多になくなりました。僕はあまりにもいろいろな食べ物を知りすぎてしまったのかもしれません。もちろんそれでもやっぱり通い続けています。特に仕事で夜遅くなり、でもやっぱりきちんとおいしいものをゆったりくつろいで食べたい、そんな時は自然と足が向きます。数年前、当時は深夜営業をしていた渋谷のお店で、夜中過ぎからフルコースを楽しんだこともありました。ジャンボマッシュルームのサラダなど数品の前菜とスープ、メインはアンガスサーロインステーキ、そしてビーフジャワカレーと季節のパフェも。料理ごとにグラスワインも色々楽しみ、夢のようなひと時でした。
 もちろん毎回そんな豪遊をするわけではありませんが、忙しかった日の最後の一区切りとして、ロイヤルホストは最高の場所です。そんな時によくビールと共に最初に頼むのは「食いしんぼうのシェフサラダ」です。全くもって僕のためにあるような一皿です。
 ある時近くのテーブルに座った、やはりいかにもさっきまでバリバリ仕事していましたという風情の女性が、かにののった「ジュレ&フラン仕立て」、「オマール海老のクリームスープ~BISQUE~」、「クラブ&シュリンプロール」、という海老蟹づくしの見事な組み立てを、白ワインと共に優雅に楽しんでいました。こんな感じの一人客を、この時間帯にはよく見かけます。
 このクラブ&シュリンプロールという名のサンドイッチは、僕も大好きな一品です。食パンではない角形のパンに海老と蟹がたっぷり詰まり、そこにエスカリオンの代わりと思われる小葱こねぎがあしらわれて、さらにホースラディッシュが添えられる、どこかカリブのクレオール料理を思わせる素晴らしい一品です。これだけ食の情報があふれた現代においてもなお、ロイヤルホストはこういう新しいおいしさを、どこからともなく見つけ出してきてくれるのです。
 先日は珍しく、普通のディナータイムに訪れました。満席の店内で、隣のテーブルは家族連れでした。小学校低学年と思しき男子は、オマール海老にかぶりついていました。聞くともなしに会話が聞こえてきます。どうもそれは彼にとって初めてのオマール体験だったようです。彼は殻からめりめりと引き剥がしたオマールを頬張り、興奮気味に「おいひー!!」と、えらくテンションを上げていました。
 まるであの頃の自分を見ているようで、なんだかすごく嬉しくなりました。 

稲田俊輔(いなだ・しゅんすけ)
1970年、鹿児島県生まれ。料理人、文筆家。

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