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ロイヤルホストで夜まで語りたい・第8回「細部の魔法」(似鳥鶏)

多々あるファミリーレストランの中でも、ここでしか食べられない一線を画したお料理と心地のよいサービスで、多くのファンを獲得しているロイヤルホスト。そんな特別な場での一人一人の記憶を味わえるエッセイ連載。
毎週月曜日と金曜日に公開中!

細部の魔法

似鳥鶏

 東京メトロ有楽町線「護国寺駅」の5番出口を出ると、目の前に大通りがある。
 階段を上りきって顔を上げる。大通りを挟んで向かい側には講談社ビルがあり、今、全社を挙げて売り出し中の本を宣伝する巨大な「たれ幕」が下がっている。「畜生あいつのか、いいなあ、あんなに宣伝してもらえたら売れるの当たり前じゃん俺ももっとやってくれよ」と、ひと通り嫉妬しっとをこねくり回す。立ち止まってだらりと腕を下げ、首を30度傾けたまま三白眼で講談社ビルをにらみつつ237行ほど呪詛じゅそを吐く。その後おもむろに左に歩き出す。224秒歩く。すると光文社ビルの前に来るので、さらに71秒歩く。そこに現れるのが「ロイヤルホスト音羽店」である。営業時間、8時から22時まで。嫉妬の炎がそのまま食欲に変換され腹の虫を鳴かせる。おなかが減っている。ロイヤルオムライスのスペシャルセットで「選べるプチデザート」はほろにがカフェゼリー。理由は忘れたが妙に燃えている食欲のままに、「うまい」以外のことをあまり考えず食べる。自宅では決して作れないトロっトロの玉子がたまらない。ひと息つき、おもむろにバッグからファイルを出す。嫉妬しに護国寺まで来たわけではない。ごはんを食べるためだけでもない。仕事をしに来たのである。なぜならこのロイヤルホスト音羽店、なぜか仕事が滑るように進む「魔法のロイホ」だからである。
 小説家の仕事スタイルは色々だが、「ネタ出しは外で」という人は多い。とにかくネタが出るまで外の飲食店に居座る(時間に応じて追加注文をする)のである。ネタは「3日間、うなっているだけで何も出なかった」という時もあれば「開始30分でどうも全部出てしまい、逆に『本当にこれでいいのか』と不安になった」時もあり、かなり波があるのだが、なぜかこのロイヤルホスト音羽店に来た時は必ず後者に近い状態になる。
 一体どういうことなのだろうか。魔法の正体は未だに分からない。
 もちろん、「自室にはインターネット環境とか本棚の積ん読(※)コーナーとか手の届くところにある『アルスラーン戦記(漫画版、田中芳樹/荒川弘)』全巻とかいった誘惑があるが、ここにはない」「人の目があるから見栄を張って背筋を伸ばし続ける」「自宅にいると反射的に『リラックス低燃費モード』になってしまうが、外にいるだけで『外出時の緊張モード』になれる」といった理由付けはすぐに思い浮かぶ。これは実際にやってみると分かるのだが、白昼堂々、人目のある場所で仕事をサボる、というのは、なかなか疲れることなのである。そもそも、一度は勤務開始して脳が仕事モードになっている。加えて楽な部屋着でも趣味に走った外出着でもなく仕事時の服装である。はたには、どう見ても「仕事中の人」であり、そうなのだろうという見方をされる。その状況でサボるというのは自分周囲の空気の流れに真っ向から逆走するということであり、そもそも心理的抵抗が大きい。となると大抵の人は抵抗に負けて「サボっているふうに見えないようにサボる」というスタイルになる。カフェでノートパソコンを開いて動画サイトを観たり、メールの確認をするふりをして社用ではなく個人の携帯を出し、ゲームをしたりすることになる。店員さんが来ればさりげなく(「社外秘の資料なので」という顔をするが、そもそも社外秘なら外に持ち出してはならない)パソコンを閉じたり携帯をしまったりする。遅滞なくそうした対応をするためには常に一定量の注意力を周囲に向けて残しておかなくてはならないわけで、画面には集中できない。家でリラックスしてやる時のようにゲームプレイができない。アイテムを使い忘れた。タップする位置がずれた。星打ちのつもりが五々に! 小ゲイマのつもりが大ゲイマに! ホウリコミでとがめるつもりが取られるだけの無駄な一手に! なんで囲碁ばっかりやっているのかは不明だが、まあ、いつものようにはできない。期待したほど楽しくないし、リラックスもできない。それを無視して時間までサボり続けるというのは逆にけっこうな意思の強さが必要で、それだったらもう普通に仕事した方が楽だ、となる。ゲームなら夜になればできるけど、今夜はさっき集中できなくて負け、下がった分のランクを取り戻すところから始めないといけないのか……と、損をした気にすらなる。だから外にいる人間は、そうそうサボりはしない。
 こういった理屈は分かる。だが上記のものはすべて「外で仕事をしている」時に共通のものであって、ここ「ロイヤルホスト音羽店」で仕事がはかどる理由にはなっていない。なぜこの店は捗るのだろうか。今なんて斜め前のテーブルに300g厚切りアンガスサーロインステーキが置かれた。じゅうじゅうと鉄板が鳴りドミグラスバターソースの香りが広がる。今、昼を食べたところなのにすごくおいしそうである。これでは仕事どころではなくなりそうなものなのに。
 実は、魔法の秘密は目に見えないところにあるのだった。実はこのロイヤルホスト音羽店、かの『金田一少年の事件簿』の打ち合わせや執筆中の夜食休憩が頻繁に行われていた(コミックスのおまけ頁に「ロイホーロイホー」と歌いながらこの店に入っていく漫画が描かれている)、ミステリ作家なら誰もが知る伝説のロイホなのである。なにせ天下の文京区音羽。講談社と光文社が目と鼻の先である。『金田一~』の他にも無数の漫画家、小説家、漫画家志望者、小説家志望者、ライター、脚本家、翻訳家、ブックデザイナー、校正者、編集者、版元営業その他が長年、この店のテーブルで仕事をしている。クリエイターの坩堝るつぼなのであり、たぶんどの時間帯でも店内の客をざるにとってふるいにかけると底の方に1人か2人はエンターテインメント関係者が残る。そういう状況が開店以来約40年(途中で一度改装したとのことだが、場所そのものは残っている)、続いてきたのである。
 であれば当然、何か残留している。前出の呪詛のような禍々しいものから、持ち込みで好感触を得てデビューが決まりそうな漫画家志望者の歓喜まで。よく考えたら「さっきちょうど夢を叶えたところの人」がこんなにたくさん訪れている店というのはなかなかないのではないだろうか。
 そして当然、他のもっと具体的なものも残留している。無数の打ち合わせやネタ出しが行われてきた店舗である。そこには当然無数の、思考の残滓ざんしが発生する。思いついたけど没にしたネタ、いけると思ったのに諸事情により実現できなかったネタ、様々なネタが店内に浮遊し、ネタゆえ空調の影響を受けずにその場に滞留し続ける。そんな店でネタ出しをするのだ。思いつかないはずがない。ひとくちに没と言っても実際には様々な性質のものがある。思いついても思いついた当人ではうまくストーリー化できなかったネタ、思いついた当人はつまらないと思って捨てたが他の人間から見たら非常に魅力的なネタ、というのもよくある(創作あるあるである)。それらが口から鼻から耳から目から毛穴から、体中の穴という穴から染み込んでくる。もっとましな言い方はなかったのだろうかと思うがそういうことが起こっているのであれば、なるほど仕事が魔法のように進むわけである。
 という想像をしつつ店内を見回す。まあ、想像である。細かく見ていくと、もともとロイヤルホストというチェーンは店内の雰囲気が非常にリラックスできるように作られているのが分かる。ぎらぎらしない落ち着いた内装と店内に流れるゆったりとした音楽。テーブルは広く、座席はソファ席が多めで椅子席も背もたれが大きくゆったり座れる。テーブル間の動線が広く、車椅子でも楽に入れる。店員さんも落ち着いた丁寧な対応で、せかせかすることがない。
 一つ一つは細かい点だが、これら細部が集まって、リラックスしつつほどよく集中できる「空気」が生まれる。創造にいちばんちょうどいい空気だ。神は細部に宿る。ロイホの魔法は、たぶんこういう細部の積み重ねでできている。

※「買ったけど積んであるだけでまだ読んでいない本」のこと。勝手に増殖する。

似鳥鶏(にたどり・けい)
1981年、千葉県生まれ。小説家。

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