ロイヤルホストで夜まで語りたい・第6回「サザエさんはパーを出してる来週が来ない人にも来るわたしにも」(上坂あゆ美)
サザエさんはパーを出してる来週が来ない人にも来るわたしにも
上坂あゆ美
高校1年の春が来るのを、私はずっと待っていた。
中3の冬に親が離婚した。名字が変わって、駅前の立派なビルからボロい団地へ引っ越した。母は離婚の手続きに引っ越し、新しい仕事、姉の退学手続きや私の入学手続き、私たちの日々の世話でとても忙しそうだ。
母には申し訳ないけど、私は離婚とか、引っ越しとか、学校とか、それらのことは全てどうでもいいと思っていた。高校生になったから、やっとアルバイトができるのだ。自分で自分のお金が稼げるようになる。誰にも文句を言われずに欲しいものが買えるだろうし、お金を貯めれば東京に行くことだってできるだろう。家族や学校とうまく馴染むことができず、地元が嫌で嫌でたまらなかったあの頃の私は、いつか東京に行くことだけが生きがいだった。だからアルバイトを始めることは、自由を手にいれるための最初の一歩のように思えた。
「母子家庭なので家族を助けたくて」という切り札によって、面接では無双した。アルバイトで稼いだお金はほとんど自分のことに使っていたのに、今考えれば大分嫌なガキだ。たくさんのアルバイトを掛け持ちするようになった中で、そのうちの一つがロイヤルホストだった。
ロイホで働きたかった理由は、制服が可愛かったから。当時の女性用制服はピンクのワンピースに白いエプロンで、チェーン店の中ではめずらしい可愛らしさと清楚感があった。私はどうしてもあれを着たかったのだ。履歴書を持って意気揚々と面接を受けに行くと、迎えてくれたホールの女性たちは皆、オレンジのシャツを着て茶色いスカートを穿いている。あれ、ピンクのワンピースは……? 面接を担当した店長に尋ねてみると、どうやら私が応募する直前に制服が変更となったらしかった。内心ものすごいショックを受けた。「来週から来られますか?」と言われて、制服が変わったのでやっぱ辞めますとはさすがに言えず、私はロイホで働くことになった。
働き始めてから、料理がどれも本当においしくて驚いた。親が離婚する前に何度かロイホに来たことがあったけど、自ら色々な飲食店でバイトするようになって、改めてその他とは違うおいしさに気づいた。勤務中のアルバイトスタッフは賄いとして割引価格でメニューが注文できる。ただ手間がかかるメニューはキッチンスタッフに申し訳ないので、アルバイトはシンプルなワンプレート料理を頼むことが多い。私のお気に入りはビーフジャワカレー。ロイホは全体的にカレーのクオリティがめちゃくちゃ高くて、カシミールビーフカレーもすごくおいしいし、かつて期間限定で売っていたカレーパンもおいしかった。スパイスの存在を確かに感じる深みのある味で、これらのカレーにヨーグルトジャーマニーを合わせると、限りなく“正解”に近い味がする。カシミールカレーの方が値段が高かったので、当時の私は大体ジャワカレーをキッチンスタッフに頼み、ヨーグルトジャーマニーは自分で作って食べていた。一部のデザートメニューはホールスタッフが作ることになっていたからだ。
ロイホのパフェが大好きだ。大人になってからも、深夜にパフェを食べられる店は少なく、大抵ロイホのお世話になっている。以前観た映画で、パフェという名前は「perfect」に由来し、つまりパフェとは完璧な存在なのだという会話があり、深く頷いた。当時はそんなことは知らなかったけれど、ホットファッジサンデーの上の方にチョコレートアイスを置くときの心地よい緊張感、そしてアイスクリームディッシャーをぎゅっと押し込んだときの、ふっくらとしたなんとも言えない感触を今でも覚えている。やっているうちに段々とコツが摑めてきて、器から少しはみ出そうな角度でチョコレートアイスを置くとシルエットが美しくなることがわかった。そうしてできた美しいパフェを提供するときは、自分が食べるわけじゃないのにすごく嬉しい。さらにここにお客様が温かいチョコレートソースをかけることで、ホットファッジサンデーは完璧となる。これがおいしくないわけがない。パフェの素晴らしさには味に先立つ美しさがあるのだということを、私はこのとき身をもって知った。
それからドリンクバー。私はココアとパラダイストロピカルアイスティーが大のお気に入りで、ロイホに行ったときは大体その二つをずっと往復している。ロイホのココアはバンホーテンココアを使用しており、ホットでもアイスでも味が濃くてすごくおいしい。パラダイスティーはフルーツの香りが豊かに広がって、食事と合わせてごくごく飲める。とくに暑い夏に氷をたくさん入れて飲むととんでもなくうまい。大人になって煙草を吸うようになってから「ARK ROYAL」という煙草に出会ったときは、ロイホのパラダイスティーの匂いだ、まるでロイホに来てるみたいだと感動して、吸わずに匂いを嗅ぐために持ち歩いていることもあった。
当時は、家で母が作ってくれる粉末ココアを湯で溶いたものしか飲んだことがなかったし、青か黄色の紙パックのリプトンしか知らなかった私にとって、これは「ココア」や「紅茶」という概念そのものを揺るがす出来事であった。
ロイホでアルバイトを始めて1年と少しが経った、暑い暑い8月のある朝。祖母が亡くなった。
以前から身体が弱い人だったから驚きは少なかった。だけど「ばあばなんて余命三年っていわれてからもう十年も生きてるんだから」「このまま百年くらい生きるんじゃないの」なんてギャグを家族でいつも言ってたから、なんとなくこのままずっと生きてるんじゃないかと思ってた。ばあばは優しくてお茶目で、だけど自分を曲げない強さもあって、いつもおいしいものをたくさんつくってくれた。昨日までいたのに、今はもういない。ばあば。
大人たちは通夜の準備に慌ただしく動き回っている。私もバイト先のロイホに、祖母の葬儀で今日出勤できないこと、今週いっぱい休ませてほしい旨を連絡した。
最後にちゃんとした挨拶もできないままだった。東京に行くことばかり考えてないで、私はもっとばあばに会いに行けば良かった。
私が念願の上京を果たしてから、もう14年も経つ。今日は友人の誕生日祝いとして、久しぶりにロイホに来た。東京に来てから私の生活圏には店舗がなく、あまり来られないでいた。
ガパオライスってメニューからなくなってしまったんだなとか、ドリンクバーが少し変わったなとか、色々思ったけど、ロイホは今日も抜群においしかった。友人はロイホにあまり来たことがないらしく、いちいち味に感動してくれて嬉しかった。新しくて刺激的なものもいいけど、まずは身近にいる人やものを大事にできる人になりたいと、オニオングラタンスープを飲みながら思った。
今年も、もうすぐ祖母の命日が来る。
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