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鈴峯紅也『警視庁監察官Q ZERO2』第3回


 それから観月は、偶にバーカウンターに入るようになった。

 服装は京香のお下がりを着させてもらった。

 白いウイングカラーシャツに黒いベストで、踵の低いパンプスとスリムパンツはバーテンダーとしての制服のようなものだ。

 当然、この日までトナカイなどは着たこともない。クリスマスイベントのコスプレということで特別だ。

 特別だが――。

 はて。

 角の大きなトナカイはコスプレなのだろうか。

 衣装というより、大いに着ぐるみのような気もする。

 と、熟考すると疑問は残るが、このクリスマス・イブに、観月にトナカイを着せてバーテンダーの役を割り振ったのは、特に同伴も指名も皆無に違いないと踏んだ店側にしてみれば、英断だったろうか。

 たしかに、観月を指名する〈奇特〉とも〈物好き〉とも言われる〈いい客〉は最初の頃よりさらに増えているが、この日のイベントの誘いを口にすると、みな顔が引き攣ったようになった。

――い、いや。その日はきっと、お腹の具合が、ね。

 やら、

――ホ、ホールケーキばっか売ってるでしょ。この日ってさ。なら、ミズキちゃんが食べるとしたら、ホールだよね。で、箱を積み上げるんでしょ。割高のを堆く。

 と、何やら当たり前のことを口にした。

 なんなんでしょうね、と疑問は口を衝くが、もっともだよね、と裕樹や店長らは頷く。よくわからない。 

 加えて、店側が1番気を遣う観月の〈太客〉、内閣府特命担当大臣防災担当兼国家公安委員長・角田幸三が、絶対にこのクリスマス・イベントの店に遣って来ないことも最初からわかっていた。

 通常国会も2度の臨時会も終え、今月の10日には地盤である福岡四区に戻り、向こうで新年を迎えると本人が言っていた。

 来るとしても来年の通常国会が始まる、1月21日前後だろう。

 かくて観月はトナカイの着ぐるみを着てバーカウンターの中に入り、クリスマス・イベントを賑やかす道化の役割を担うことになった。

 クリスマスのアクセント、と店長の児玉は表現してくれたが、誉めているのか腐しているのか。この辺もよくわからない。

 表情や語調、人の思いの機微は、観月にはまだ複雑にして怪奇だ。

 ミーティング終わりのキャストが鮮やかな赤色のコスプレでフロアに入っていき、観月はバーカウンターの中に残って準備だ。

 見ればトナカイは、手首のところで蹄から手が出せるようになっていた。場合に拠っては外すことも出来るようだ。

 案外優れ物のトナカイだった。

「ああ。ミズキちゃん」

 準備を始めようとすると、いなかったはずの店長に声を掛けられる。

「はい?」

 振り返ると、カウンターの端に児玉が立っていた。

「彼女さ。来年の松が明けた、11日から正式に入ることになったジュリちゃん。今日も一応、折角だから体験でフロアに出てもらうけどね」

 児玉は言いながら、背後に隠れるようにしていた私服の娘を前に押し出した。

 身長は160センチを少し超えるか。フレアスカートにパンプスで、ショート丈の革ジャンを着た、スタイルのいい娘だった。緩いウェーブのミディアムヘアを後ろで1つに束ねている。

 切れ長の目とはっきりと赤い唇のせいか、少しきついというかだいぶ大人びて見えるが、ライトブラウンの髪色が全体の印象を甘く整える感じだった。

 美人、であることに間違いはない。輪郭も相まって、笑うとおそらく花が咲いたようになるだろう。

 イメージは薔薇の花だ。

 ただし、その花に棘があることを観月は知っていた。

 その花が観月と同じ20歳であることも。

 なぜなら――。

「うげっ」

「ぶえっ」

 どちらがどちらの驚きだったか。

 この場合、どちらがどちらの驚きであっても構わない。

「な、なんであんたがここにいんのよ」

 先に口を開いたのは相手の方だった。

 大里珠美という、千代田区の女子大に通う女だ。なにがジュリだ。

「あれ? 2人とも、知り合い?」

 児玉の問いに、互いに相手の目を見て、それから首を縦に動かしたのは、ほぼ同時だったろう。

「あ、住まいが近所なんです」

 咄嗟に観月はそんなことを口にしたが、噓ではない。噓以上に近いことはたしかだが、この辺は言葉のマジックというやつだろう。実際には、珠美は2階、観月は3階。

 どちらも、ドミトリー・スズキに住む寮生だ。

「あ、そうなんだ。へえ」

 児玉は楽しげに手を叩いた。

「それなら話はまったく早いや。ミズキちゃん。ジュリちゃんは君のグループに入るから、よろしく」

「えっ。私のですか」

 観月はトナカイの角を揺らした。

「そう。だってアルバイトだし、歳も君と一緒だから。まさか知り合いとは思わなかったけど」

 たしかに、現状の〈蝶天〉ではアルバイトのキャストは観月が仕切ることになっている。それも小さく5桁に入った時給の、契約内容に含まれていた。

 言葉を替えれば、アルバイトは数えるほどで、キャストの大半は業務委託契約の個人事業主、つまりプロだった。

 アマチュアの束ねだから、観月はアルバイトのGLを引き受けた。

「ということで、君のグループね」

 児玉は右手で珠美を示した。

「はあ」

「今日は初めてでもあるから、色々なとこにヘルプで回しとく。本式の紹介は年が明けてからね。じゃ、ジュリちゃん。着替えて準備して。ドレスは、あ、サンタはもうなかったかな。でも備品のが余ってるはずだから。君はヘルプだし。好きなのでいいよ」

 はぁい、と甘い声を出す珠美と無表情なトナカイの観月に背を向け、児玉が去る。

 すると、いきなり珠美の気配が太くなった。

 男前の雰囲気だ。

 珠美はたしか、大学のプログレ系サークルの女性バンドで、ボーカルをしていると言っていた。

 好きなグループはピンク・フロイドとか、キング・クリムゾンとか、エマーソン・レイク&パーマーとか。

「ねえ。観月。さっきのビックリからの続きだけどさ。なんであんたがこのお店にいんのよ」

「まあ、なんでって言われれば、私の先輩のお店だから」

「へ? 先輩?」

 珠美は目を白黒させた。

「それって、東大のってこと?」

「そう。でもここでは、諸事情があってそれはダマで」

 観月は口の前で左右の指をクロスさせた。

「私の基本情報ってさ。オーナーの先輩と店長と、副店長しか知らないから」

「なんかわかんないけど、それってあれ? 複雑なの?」

「複雑なのは終わったけど、そのままの流れで。あ、あと福岡から出てきたことになってるんでよろしく」

「あっそ。別にどうでもいいわ。あたしには全然、関係ないし。――で、あんたのその犬の格好は何?」

「犬? トナカイよ」

「どっちでもいいわ。それは何?」

「コスプレだって」

「コスプレ? 着ぐるみが?」

「着ぐるみでもその気で着ればコスプレ。それより、珠美、ああ」

 観月は周囲を見回し、言い直した。

「ジュリこそ」

 ここでは珠美は珠美ではない。観月がミズキであるように。

「へえ。その辺はもう、あんたもしっかり、夜のビジネスに順応してるわけね。――私はさ、お金。親のやってる小っちゃな工場がさ。なんかね。不景気でとうとう、来年からは仕送りが減るって、だいぶ前から言われててさ。なんとか、大学くらい出たいじゃん」

「ああ」

 珠美の実家はたしか、徳島だった。海を挟んで観月の故郷とは対岸だ。
 あんたは、と聞かれて言葉に詰まった。

 同じようではあるが、現実を見るなら観月の場合は切実ではない。

「私はその、複雑な諸事情のさ」

 後は言葉を濁した。

「ふうん。人には人のってことね。いいけどさ。色々あるんだね」

 珠美は周囲を見渡した。

 奥のフロアの方から、あと10分でオープンですという田沢の声が聞こえた。

 肩を竦め、

「とにかく、こうなったらさ。観月」

 珠美は観月に手を差し出した。

「何?」

「共闘で」

「共闘?」

「竹婆にダマってことで。煩いでしょ」

「おお」

 観月は別に、〈蝶天〉でのアルバイトをドミトリー・スズキの寮母兼オーナーである鈴木竹子に隠してはいない。が、ことさらの話題にしたこともない。寮の中で他の寮生に興味を持たれるのが煩わしかったからだ。

 珠美は珠美で、水商売のアルバイトのことを竹子に知られたくないようだ。

 思惑は別だが、〈寮内〉に知られたくないという点で意見は一致していた。

 2人で銀座の同じ店に勤めているというのも、どこか気恥ずかしい。

「りょうかーい」

 観月は手を叩き、そのまま敬礼の形に持っていった。

「よろしくね」

 珠美は満足げに頷いてキャスト部屋に去り、観月はバーの準備を始めた。

 さすがにクリスマス・イブは忙しかった。口開けから驚くほどに混んだ。観月が仕切るカウンターバーのスペースにも、ひっきりなしに客とキャストが訪れた。

 さぞや店も、儲かったことだろう。

 この日は、最後までいた珠美に、知り合いのよしみでバーの洗い物を手伝ってもらった。

 児玉も別に文句は言わなかった。言うわけもない。

 珠美のささやかな体験入店の時給は発生したが、手伝うことで、遥かに高い観月の時給の縮小に寄与するなら店側としては願ってもないことだったろう。

 しかも、それで終電を逃したとしても、特に珠美にタクシー代が発生するわけでもない。当初から予定の、観月のタクシーに相乗りするだけのことだ。

「さて」

 洗い物を終えると、いつものことだがすべてのキャストより退店は遅くなった。

 タクシーは帰り際、かつて裕樹が短期契約してくれた、村田というドライバーに携帯から連絡を入れることにしていた。

 今はもう契約関係はないが、花椿通りでの半グレとの1件以来、ある種意気投合したともいえる。名刺を貰い、終電を逃すようなときには直電で使わせてもらっていた。バーテンダーの日は、まず間違いなく村田の運転で帰るのが常だった。

 村田は大手タクシー会社内で、数人のグループを組んでお互いに融通し合っているという。その辺も観月の〈蝶天〉での境遇とどこか似ていた。本人が来られなくとも、電話をして30分以内にはグループの誰かが所定の場所で待ってくれていた。実に便利だった。

 このクリスマス・イブの夜は、村田本人が待っていた。

「お疲れ様です」

「どうも」

 帰りのタクシーの中で、珠美と色々な話をした。

 2人で話をするのは、実は初めてだったかもしれない。

 コンビニの近くでタクシーを止め、止めたままで少し珠美と話を続けた。

 村田は黙ってメーターも止めてくれた。

 ドミトリーに着いたのはだから、午前2時半近くになった。


 観月はこの翌日、つまりクリスマス当日も、トナカイの着ぐるみ姿になった。

 何故かといえば、この日、〈蝶天〉では恒例の忘年会があったからだ。

 全キャストに感謝の意を込めて、クリスマスイベント直後の土曜日に、フロアに1流どころのケータリングを運び込み、私服のキャストを労うのだという。

 もちろん、世の中が洋菓子に溢れた前日とは正反対と言ってもいい、〈ぎをん屋〉の京風スイーツも凝った物が振る舞われるという。ワインやシャンパンもだ。

――これも、わが〈蝶天〉の労務管理、いや、福利厚生の一環として、他の店にはきっとないものだよ。それも、ただおざなりに催す会じゃない。それじゃ意味がないんだ。みんなずいぶん、喜んでくれたものだよ。それが大事で、それこそがこういう水商売の店を長く繫栄させてくれる宝なのだね。

 と、観月に説明するとき、裕樹は鼻を膨らませたものだ。

 前年の忘年会には、自由参加だったにも拘らず、当時在籍していた70人からのキャストの、大多数が参加したらしい。

 そういったデータからもわかるように、本当にお仕着せではなく、キャストに出席したいと思わせるいい催しだったようだ。

 今年もフロアに運び込まれた品々は、店の隆盛を示してさらに膨れ上がった在籍数を反映し、なるほど裕樹が自慢するように、〈感謝〉をケチることなく、ふんだんで豪奢だった。

 そんな労いの夜、観月はといえば初参加というか、そんな裕樹に請われてこの夜もトナカイの格好になった。

 前年もバーカウンターはキャストのためだけに開放されたらしく、これが大いに好評だったようだ。

 客抜きで気の置けない仲間と呑む、自分のためだけのカクテルに、ほろほろと酔うのだという。

――捌け口、ガス抜きと言ってしまっては切ないが、それも福利厚生の大事な部分だと思っている。ということで、引き続きよろしく。

 観月用に種類も数も十分、甘味は〈支給〉してくれるという。

 もちろん、日当も割り増し分を〈支給〉してくれるという。

 受けない手はないだろう。

 前年同時期の自分を考えれば、笹塚駅前近辺で叩き売りになった5号サイズのクリスマスケーキを大量に買い込み、ドミトリーの冷蔵庫を満タンにして竹子にえらく怒られたものだ。

 当然、その日のうちにはすべてクリアしたが。

 需要と供給、売掛けと買掛けのバランスを考えても、いや考えるまでもなく、トナカイは着るべきだった。

 ということで――。

 トナカイを引き受けた。

 かくて――。

 忘年会はフロアでもバーカウンターでも、大いに盛り上がった。

 こっちのあの人があんな料理を手掴みで。

 あっちのあの人が、ワインとブランデーの瓶を両手に持ってラッパ呑みで。

 さらに別のあの人が、あのフロアマネージャーの首を絞めて。

 それを店長と副店長が全力で引き剝がして。

 実に多種多様な人生模様が見られた、ような気がした。

 トナカイで、いや呑まないで参加する立場でよかったと観月は思った。

 ジュリこと大里珠美は、この日はいなかった。

 前日に児玉が体験だと言っていた通り、正式な採用は年明けだった。

 この日のこの時間はもう、徳島だろう。帰省すると聞いた。

 珠美の大学は、もう年内の授業はないらしい。それでラッシュになる前に、早めに帰るようだ。

――少しでも安く、さ。わかる? 帰省しても明るい話なんかないだろうけど、帰って来いってさ。もっとも、こっちにいても明るい話もお金も、今はないしさ。

 そんなことを、昨日のタクシーの中で言っていた。

 実家は紀伊水道に臨む、鳴門競艇場近くにあるという。

 好きだと言っていた鰺の白子の昆布焼きは、もう食べられただろうか。

〈蝶天〉の忘年会は11時過ぎまで騒ぎ、普段の営業日よりは早めの散会となった。

 2次会に行くの、家で呑むのと騒ぐキャストの声が、あまた聞こえた。

 どれほどのキャストがどんなふうに動くのかは知らず、観月はいつも通りに後片付けをしてから店を出る。

 すると、〈銀座スリー〉の前には、艶やかな花の賑わいがあった。

 別れ難く去り難く決め難く、店外に出たキャストたちがまだそこにいた。

 土曜深夜の銀座はもう明かりが落ちた店も多く、平日よりも夜が深く満ちていた。しかも星が近く見えるほどに、空気が澄んだ凍夜だった。

 銀座とはいえ、並木通りを往来する人の数はほぼなかった。

 そこに私服とはいえ、いや、それぞれに自由な私服だからこそ、仲間同士・仲良し同士でたむろする女性たちは、まるで取り取りの花のようだった。

 今日のこれからをどうするか。

 今年のこれからをどうするか。

 ほろ酔いの花たちは寒さにも負けることなく、陽気に立ち話を続けていた。

――あ、ミズキ。

――ミズキちゃん。

 出てきた観月に、すぐに声を掛けてくる一団もあった。

 観月がGLを務めるアルバイト・グループの面々が待っていてくれたようだが、それだけではない。

――遅いよ。アイス・ドール。

――お疲れ。後片付け、ありがと。

〈蝶天〉ナンバーワンのアキホを始め、そこここから声が上がる。

 昼と夜の違いこそあれ、まるで東大駒場キャンパスの、部室からテニスコートに向かう銀杏並木のようだ。

 キャンパスプラザB棟から北館に沿ってメイン通りの銀杏並木に抜け、真っ直ぐ西門方向に向かえば、1号館や8号館、10号館や7号館から、誰と言わず観月を呼ぶ声は常に掛かった。

――あ、小田垣さん。今からサークル?

――あとでさ。お茶行こうよ。

――ヤッホー。頑張ってるぅ?

――ねえねえ。新しい甘味処、見つけたよ。

 自身があまり社交的ではないという自覚はあるが、だからといって人嫌いというわけではない。

 昼も夜も、こうして声を掛けてくれる人たちを仲間と呼んでいいなら、有難いことに仲間はずいぶん多い。

「ミズキちゃん」

 と、観月の袖を引いたのは、〈キラリ〉という観月と同じ歳のアルバイト・キャストだ。

 本名も綺里といい、年齢は一緒だが、〈蝶天〉では観月より入店ベースで半年ほど先輩になる。

 キラリは、観月がキラリ本人を含むキャスト同士の揉め事を仲裁して以来、観月を〈姉御〉のように慕っていた。

「何?」

「2次会行こうよ」

「2次会ね。それってさ。お酒?」

 身体の欲するままに聞いてみた。

 キラリはコロコロと声にして笑った。

「何言ってるのぉ。相変わらず面白いって。お酒に決まってるじゃない。他に何があるのよぉ。あ、男ぉ?」

「違うよ。甘味」

「えっ」

「ソニー通りの方のお蕎麦屋さんにさ。この時間もあんみつとかクリームあんみつとか、抹茶クリームあんみつとか出してくれるとこがあるんだけど」

 一瞬、並木通りに冬の風が吹いた気がしたが、誰も寒がらない。

 ということは観月の、気のせいか。

 すぐに、うわぁ、とキラリが少し平坦な声を上げた。

 声の調子は観月にはよく読めないが、声が上がる以上、要らないという意味ではないだろう。

 彼女はいったい、どれが食べたいのだろう。

 と――。

 甘味の希望を聞こうと思った矢先、突如として深夜の並木通りに、闇を割るような爆音が響いた。

 目を凝らして車道を窺えば、一方通行をこちらへ走ってくる、バイクと車の集団があった。

 実際に爆音を轟かせているのは先頭の二台のバイクだけだが、その後ろに金のホイールを履いた白いベンツやら、AMG仕様のBMW等の車列が続き、最後尾に走り屋風のバイクが数台続いているようだ。

 やけに、縦に長い集団だった。

 並木通りは一方通行で道幅も広いが、その道幅一杯を、前後のバイクはローリングしながら走るようにして、集団全体として車道を埋め尽くしていた。

 滲む気配は、やけに刺々しいものに感じられた。

 邪悪な影こそ感じられなかったが、不安定なやじろべえとでも言えばいいか。

 少しでも振れれば悪気、あるいは怒気。

 大きく傾けば狂気、あるいは邪気。

(暴走族とか、半グレ、とか)

 観月には、すぐにそんな連中が想起された。

 だとしたら、寄せ来る集団は花を散らす嵐になるのか。

 たしか前回の、サロン直前の打ち合わせの席で、

――新宿なら今はロシア、オデッサかな。六本木は同じくロシアのブラザーズとアジア系が幅を利かせていて、銀座は半グレとチャイニーズ辺りか。闇は多く、深いよ。

 と、純也が言っていた。

 繁華街の夜は、一般の暮らしには考えもつかない、物騒な闇への扉が簡単に開くらしい。

 そう考えれば――。

 いや、どう考えても――。

 観月には、嫌な予感しかしなかった。


※ 次回は、1/27(月)更新予定です。

見出し画像デザイン 高原真吾(TAAP)