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鈴峯紅也『警視庁監察官Q ZERO2』第19回

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 週が変わって、14日の月曜日になった。

 この日はW大の付属高校の合格発表日だった。

 その合否で人の一生が決まるわけではないが、ある時期の物事に対するモチベーションは左右される。

 一喜一憂。

 こればかりはどうしようもないことだ。

(どうだったかな)

 他人事でも関わりが大きかったこともあり、観月にとってはなんとなく心身の据わりの悪い1日だった。

 そんな状態ということもあって気は漫ろだったが、この日の夜、観月は〈蝶天〉に出勤した。

 店長の児玉にまた拝み倒されたからだ。

 ただし、衆議院議員の角田が来襲するとかそういうことではない。

 あの国家公安狸は本当に狸だが、割と言ったことは律儀に守る狸だ。

 要は、この日はバレンタインデーで、キャストがいつもより少ない労力で客を呼び込める〈格別な1日〉ということらしい。

 営業電話を掛けても、普段の何気ない平日は年に何度かの誕生日やら強引な記念日やらで理由付けが厳しいが、バレンタインデーは特に何も言わなくとも向こうが食いついてくるという。

 そんな日は、溢れそうな客の受け皿としても、バーカウンターは有効らしい。

 たしかに、この夜の〈蝶天〉はオープン直後から盛況だった。バーカウンターにも開店30分で指名待ちの客が座った。繋ぎのキャストとして珠美、いやジュリが付いた。

 戻ってきた直後からすれば、笑顔がずいぶん解れた感じになっていた。

 羨ましいほどに。

――こつこつ頑張るよ。自分の力で、大学は最後まで行くんだ。

 本人が語った、そんな決意が前面に出ているようだ。

 その他、ホールにはユウミもルウもいた。珠美の笑顔と元気が引っ張るように、この2人も〈アゲアゲ〉だ。

「観月ちゃんのグループ。なんか息があってるよね。お互いのヘルプもいい感じだし。GLがいいからかな」

 など、バーカウンターに立ち寄ったナンバーワンのアキホからお褒めの言葉を貰ったりもした。

 大賑わいの営業時間は、忙しく立ち働いているうちにあっという間に過ぎた。

 閉店後の後片付けは、〈兵どもが夢の後〉の時間だ。

 その代わり、上がりのキャストたちには割と、これからの時間になる。

 真っ直ぐ帰宅する者もいれば、遅い夕食を摂る者、店から引き続きの酒に走る者もいて様々だ。

「ねえ、観月ちゃん。この後、行かない? アフターにもバレンタインデーにもあぶれたメンバーでさ」

 別のGLが誘ってくれたが、観月は辞退した。

 後片付けが残っていたし、バーテンダーを割り振られた日はその後で〈長江〉に行くことに決めたばかりだった。その日に自分の作ったカクテルの出来を、直近でリアルに受け止めるためだ。

 その代わり、珠美以下、グループのメンバーで希望者を募って送り出した。

 色々なグループと仲良くなることは、学費を稼がなければならない珠美にはいいことだ。ウエイティングでお茶を挽いているより、ヘルプに呼んでもらえばアルバイトでも手当がつく。それが〈蝶天〉のシステムだ。

 ほろ酔いで手を振りながら、キャストたちが店から出てゆく。

――じゃあ、悪いけどお先にぃ。

――頑張ってねぇ。また今度ねえ。

 そんな風に残念がってくれたが、実はこの夜はこれがよかった。これでよかった。

 そうして、女性陣が去って15分も過ぎた頃だった。

 観月は先にキャスト部屋で私服に着替え、荷物も持ち出してからバーエリアで後片付けをしていた。いつものルーティンだ。

 すると、帰り支度をした児玉や田沢がカウンターの外に現れた。

「じゃあ、観月ちゃん。悪いけどお先するよ」

 2人はこの後、オーナーの宝生裕樹やかつて所属していた宝生エステートの元同僚と集まるようだ。

 宝生エステートの接待に〈蝶天〉を利用するときのガイドライン策定。

 そんな議題を肴に呑んだくれるらしい。

「はい。お疲れさまでした」

 と2人に挨拶をし、洗ったグラスをすべて拭き終えたときだった。

「み、観月ちゃんっ」

 帰ったはずの2人がまた現れた。だいぶ慌てた様子だった。

「どうしました」

「下。下が大変なことになってる。大勢がいきなりさ。バイクがズラッときて。物凄く煩くって」

 ミズキはどこだって。

「後はお願いします。戸締りだけですっ」

 最後まで聞かず、ショルダーバッグを肩に観月は動き出していた。

 エレベータが、この夜ばかりはやけに遅く感じた。

 1階で降りた瞬間から、耳に爆音が弾けるようだった。

 走り出てみればなるほど、並木通りは深夜らしからぬ喧騒に包まれていた。

 キャストたちがみな帰った後だったことはこの場合、大いに幸いだったろう。

 一方通行の通りは〈蝶天〉を起点にして左右に、全員がスカジャンを着たバイクの集団が車道の両脇に停車中だった。

 かろうじて車道の真ん中に、タクシーが1台程度なら抜けられるスペースが開くばかりだ。

 見る限り、バイクはみゆき通りにも展開し、通りを渡ったシャネルの前にもバイクは溢れるほどだった。

 それらのバイクは周囲を威嚇するように空吹かしを繰り返し、終電も終わった並木通りに吹く風は、異常に排気ガスの臭いが濃かった。

 観月がビルから外に出ると、シャネルの近くにいたひときわ邪悪な気を放つ、大柄なスカジャンが片手を挙げた。

 それで空吹かしは一斉に止んだ。

 並木通りは一瞬にして、不思議な静寂に包まれた。

「よう」

 スカジャンが挙げたままの手を1度左右に振った。

 観月の位置から約10メートル。

「やっと出てきたかい」

 狂走連合8代目総長、子安明弘だった。

「あんたにゃあ、うちの連中がずいぶん世話んなったみてぇだな。それに、えらく威勢のいい啖呵まで切ってくれたって?」

 バイク全台の全員が、狂走連合のメンバーということになるのか。

 よく見れば通りの反対側の車列の中に、数原の顔もあった。

「噂に踊らされるのは小物、あるいは子供だってえ。上等だぜ。別に踊らされたわけじゃねえし。俺らぁ大阪のよ、神様って呼んでるところからのお告げで動いただけだぜ。手前ぇが邪魔しなきゃよ。ちったあ、ご利益があったんじゃねえのか。ええ」

 観月は答えなかった。

 答えようと答えまいと、おそらくこれから始まることに変わりはなかった。

 怒気も殺気も邪気も、空吹かしが止んでも並木通りに満ちていた。

 その数、

(計32)

 観月はそう読んだ。

 どう逃げるか、はこの際、慮外だ。

 数が多過ぎた。

 しかも剣呑な気は先頭の子安に1番強く、殺気にも似て、つまりリーダーがやる気だった。

 死闘は避け得ず、そうするより活路を見出すことは不可能な状態だったろう。

「なあ、姉ちゃん。黙ってたってわかんねえぜ。おい、この落とし前、どうつけてくれるって? いいや、どうでもいいや。――手前ぇらっ」

 子安の殺気がさらに膨れ上がった。

 無言で、全員がバイクから降りた。

 一触即発は間違いなかった。

 爆裂の切っ掛けを観月は計った。

 一方通行の並木通りを進行方向に向かうよりは、逆走になる子安の側の方がまだ手薄に見えた。

 少なくともバイクで追い掛けては来られなくなる。

 ショルダーバッグのベルトを締め直し、小さく息を吐き、右足を前に進め、膝を緩めて右手を乗せる。

 即妙体の完成だった。

 闘志を腹腔に落とし、力に変えてアスファルトを蹴る。

 子安へ。

 多勢に対するなら先手必勝だ。

 関口流古柔術の足運びで死角から飛び込み、10メートルをゼロにする。

 観月は排気ガスを切り裂く風になって子安を巻き揉み、躊躇うことなく巻き上げた。

 子安に観月の姿は、おそらく見えなかったに違いない。

「んだぁっ」

 重力を無視したように逆しまになって飛び、子安の身体は後方の列からバイク数台をドミノ倒しにした。

 この場合、子安が大柄だったことは幸いだった。

 いや、狙い通りだ。

――このアマッ。

――やらせんなぁっ。

 位置関係としてすでに後方になった、並木通りの〈蝶天〉に近い側から、10ではきかない声と足音が追ってきた。

 囲まれるわけにはいかなかった。

 シャネル付近にいた連中の目が倒れたバイクに向いた一瞬の隙に、まず2人ばかりの足を刈って倒し、向こう向きの1人をスカジャンの襟を掴んで背に乗せ、引き抜くように後方に投げる。

「ぐえっ」

 それで並木通りを逆流するように走れば、歩道にわずかな退路が見えた。

 だが――。

「えっ」

 歩道のはるか先に、ゆらゆらと動く板が見えた。

 24時間営業の街金の案内。

 プラカードだった。

(うわ。がぁさんじゃない)

 内心が表情に出ないのはこの場合、不幸中でも幸いと取った方がいいだろう。

「うらぁっ」

 3人が掴み掛ってくるが、近い順に近い方の腕の関節を掌底で突き上げてやれば、全員が肘を抱えて悶絶した。

 それで観月はかろうじて囲みを抜けた。狂走連合の全員が後方になった。

 その間にも鴨下は、休み休みしながら歩道の隅をこちらに向かってやってきた。

 まるで〈だるまさんが転んだ〉のようだ。

(なにしてんのよ。見てわからないかな。危ないのに)

「手前ぇ。逃がすかよっ」

 背後に子安の怒声が聞こえた。

 左右の歩道を追ってくる怒声がときならぬ鯨波のように聞こえた。

 渋滞しているタクシーや社用車の並びも、10台も通過すれば前方がなぜ渋滞しているかの理由はわかっていないだろう。

 フロントガラスから透けるドライバーの顔はどれも、〈か弱い〉女子1人に群がるスカジャンの群れに驚きを禁じ得ない様子だった。

 反対側の歩道に、観月を追い抜いてゆく輩がいた。いや、それだけでなく後方からは車道に渋滞中の車のボンネットや屋根を構わず踏んで追い掛けてくる連中もいた。

 足の速さに自信がないわけではないが、それでも男性と比べれば脚力の問題はどうしようもない。交通ルール及び道徳無視の連中とのスピード差は、さらにだ。

 前方で車道を渡り、こちら側の歩道に出る奴が3人いた。

 どれも発散される気は〈狩り〉に似て、凶暴なものになっていた。

 それにしても観月は動じなかった。

 1度立ち止まり、この先の攻防を覚悟して呼吸を整えた。

 ただ――。

「うへぇ」

 すぐ近くの歩道の隅で、鴨下が少しだけ首を竦めた。

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 背後から次々に追いついてくる連中がいた。

 息が上がり加減な連中も見受けられたが、どれにも濃く剣呑で獰猛な気配は間違いなかった。

 次第に、進行方向に薄く、車道側と後方に厚い、三方の囲みが形成され始める。

 深夜の並木通りには、どこをみても狂走連合が溢れんばかりだった。

 さて、この先をどうするか。

 誰かが警察にでも通報し、駆け付けてくるのを待つか。

 いや、それでは結果が不確かだ。

 なら、自分の携帯で通報するか。

 さて、現状にその隙があるか。

 連中の半数を黙らせれば可能だろうが、半数を黙らせることが可能かどうか。

 さてさて――。

 そんなことを考えつつ、ビルを背にして三方を広く睨む。

 そのとき、

「ねえねえ」

 自身の斜め後ろになるビルの壁際から、小さな声を掛けられた。

 鴨下はさらに少し動いたようで、観月の直近にまで到達していた。

 手を伸ばせば、あっさり届くほどの距離だった。

 それにしても、そこにいていない技というのは凄いものだ。

 狂走連合の誰もが、まったく鴨下を気にしていなかった。

「ねえねえ」

 また声を掛けられた。

「何、がぁさん。今忙しいんだけど。ていうか絶体絶命」

 顔を少し傾け、囁くように返事をする。

 思うより自分の声が早く、硬かった。

「花椿通りに来いってさ」

 場違いにさえ聞こえた言葉は、観月の理解の外だった。

「えっ」

「ここは縄張りじゃないって」

「えっ」

 伝えたよ、とそれだけを言って鴨下は、今度は観月にもよく見えなくなった。本気で隠れたようだ。

 鴨下、恐るべしだ。

「花椿通りって――。あっ」

 思い当たる節は、1つしかなかった。

(一か八かだけど)

 懸けてみる価値は大いにあった。

 それに、たとえ外れたとしても現状の苦境が変わるわけではない。

 それに、幻でも光明が見えれば力も湧くというものだ。

「ありがとねっ」

 見えない鴨下にひと声掛け、観月はインターロッキングの歩道を蹴った。

 車道側から伸ばしてくる痘痕面の手を振りきり、並木通りを新橋方向、花椿通りへ。

 そちらの歩道に立っているのは3人だった。

 真ん中の男に向かうと見せて、その前で大きく斜めに沈む。

 緩急と斜の歩行は、習い鍛えた関口流古柔術の技にして基本だ。

 観月の場所はビル側に立つ男の死角だった。

 そこから全身で伸び上がって、左の掌底を男の鳩尾に叩き込む。

「ぐえっ」

 白目を剥いて前のめりになる男の身体を盾にして押し込めば、巻き込まれた2人は支えられず、ひと塊になって無様に車道上に倒れ込んだ。

 背後に気配が間近かった。

 危険には無意識でも鍛えられた身体は反応する。

 顔を左に傾ければ、拳が右耳の脇を過ぎた。そのまま背負って前方に放り投げた。

 鈍い音がした。

 その上を飛び越え、全速力で先へと走る。

 それでなんとか、並木通りと交詢社通りとの交差点はクリアした。

 花椿通りまでは残りワンブロック、約100メートルだ。

 未だ渋滞中の車道に途切れることのない怒声が上がった。

 ボンネットを踏む音が荒々しい。

「まったく、しつこいわね」

 あと50メートル。

「うらぁっ」

 並走するような車道の車両上からスカジャンの誰かが飛んできた。

 そのまま観月の正面に降り立つが、立つだけではあまりに無防備だ。

 その瞬間にはもう、観月はスカジャンの前襟に手を伸ばしていた。

 触れさえすれば、関口流古柔術は無敵だ。

 襟を掴む。

 懐に入る。

 2動作であってひと呼吸だ。

 拍子が合えば体重差など関係ない。男女も関係ない。

 柔に力は要らないのだ。

「さっ」

 背負って、来た道に投げ飛ばす。

 それで歩道を迫り来る後方の連中を少しは牽制出来るだろう。

 車道側から先回りしていた連中がまだほかに3人いた。

 だが、全員の気配に怯懦が見えた。

 普段は多勢の中に紛れている者たちなのだろう。

 いつも通り車列の後方にいたはずが、その後方を突き破った観月を追って先頭に出た格好だ。

 そんな連中は物の数ではない。

 左右に身体を振って近付く。

 相手の視線の動きで死角を探し、死角を狙う。

 わけもなかった。

 飛び込んで掌底を突き上げ、足を飛ばし、3人目は袖を絡めて投げ飛ばす。

 最後の相手が転がる場所は、もう花椿通りの角だった。

 観月は歩道に転がって呻く3人目を飛び越えるようにして、交差点を左に曲がった。

 すると――。

 そう遠くない先に、ビルの前を掃き掃除する、いつものドアマンたちがいた。

 いるだけで、頼もしく見えた。

 みな、観月に充てる視線は前回と違って柔らかだった。笑顔も見えた。

 実際、観月に向かって「よおっ」と手を上げ声を掛けるドアマンもいた。

 近寄ると、大友が顎を撫でながら観月の前に出てきた。

「へっへっ。よく辿り着いたな。コーチ」

「あの。いいんですか」

「ああ。お許しが出たんでな。よくわからねえが、受かったんだってよ。これでお遊びは終わりだって、組ちょ、いやママが言ってた」

「えっ」

 すぐにわかった。

 そうか。

 受かったのか。

 良かった。

――手前ぇ。

――待てこのアマッ。

 背後が騒々しいが、不安はなかった。

 なぜなら、居並ぶ男たちが堂々としているからだ。

 大友がそちらを見ながら、やけに楽し気だ。

「さて、馬鹿の相手でもするか。なあ」

――へぇい。

 揃った声が、揃って動いた。

 ドアマンや呼び込みの男たちが、まるで夜の烏のようだった。

 黒いコートの裾が翻るたび、あちこちで悲鳴や苦鳴が上がった。

 男たちのものではない。男たちの鮮やかな手並みに倒される、狂走連合の若く未熟な〈坊や〉たちのものだ。

 やがて、花椿通りと並木通りの交差点から、子安が現れた。

「んだってんだ、これぁよおっ」

 惨状を見て子安が吠えた。

 そちらに向け、大友がゆらりと歩を進めた。

 近くまで行って、何かを告げた。

「ああ?」

 子安は一瞬凄んだが、次の瞬間にその顔中を埋めたのは、おそらく強い驚愕だった。

「げっ。手前ぇ、い、いやあんたぁ」

 初代のっ、とたしかに、子安は叫んだ。

「いやっ。こりゃぁ、そのっ」

 それからの子安は、やけにバタバタと慌ただしかった。

「止めだ止めだっ。手前ぇら、止めだぁ」

 道に倒れている連中を蹴飛ばしつつ、子安はこちらに背を向けた。

 それだけでなく、2度と後も見ず小走りに去った。

 残された連中も三々五々起き上がり、這う這うの体で来た道を帰る。

 大友は手を叩きながら、笑顔で戻ってきた。

「なんですか」

 聞いてみた。

「まあ、なんだ。その昔、あの馬鹿どものグループ作ったなぁ、俺ともう1人でよ。もっとも、もう1人は半ヤクザとの抗争で、別の馬鹿に刺されて死んじまったがな」

「作ったって。じゃあ、大友さんも狂走連合なんですか?」

「俺だけじゃねえよ。なあ」

 大友は通りの反対側に声を張った。

「そうっすね。俺ぁ3代の特攻だぜぇ」

「俺は何を隠そう、4代目だあ」

 その他にも、俺は俺はと名乗りが上がった。

 意外だった。

 いや、そうでもないか。

 ある意味、ストレートのエリートコースだろう。

 持ち上がり。

 一貫教育。

 あまり笑えないが。

 そもそも笑えないか。

「だからよ。コーチ。今は8代目だってか。あいつによ、因果を含めといた。銀座とうちのコーチの周りに、2度と来るなってよ」

「えっ」

「だから、もう来ねえよ。来たらそれこそ、俺らと全面戦争だ」

 ああ。

 また繋がりの力だ。

 忘れてはならない。

 1人の力など、たかが知れていることを。

「有難うございました」

 頭を下げた。

 周囲に向けて、何度も下げた。

「そんな、改まんねえでくれよ。大体、コーチが凄えや。俺らが手ぇ出さなくてもよ、なんとかなったんじゃねえのか」

「いいえ」

 観月は強く首を左右に振った。

「1人は駄目です。皆さんのお陰です」

「へへ。いいねえ」

 居並ぶ全員が、多分照れたように笑った。

「ママ、いるよ。てえか、待ってる。上がっていきなよ」

「なんか、久し振りな気がします」

「そうだな。おっそうだ。美味ぇ菓子もあるぜ。鶴屋八幡ってとこの一口羊羹だけどよ。俺らもう飽きちまってよ」

「あっ。それって私がお正月に運んだやつ」

「うわっ。ヤベッ」

 渦を巻くようなひと笑いがあった。

 よくわからないが、真顔の観月は夜空を見上げた。

 5日目の月はもうなかったが、澄んだ空に星の瞬きが綺麗だった。


※ 次回は、3/6(木)更新予定です。

見出し画像デザイン 高原真吾(TAAP)