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吉川英梨『新人女警』第5回

新人女性警官が未解決の一家惨殺事件に挑む! 二転三転する容疑者、背後で暗躍する指定暴力団、巧妙に張り巡らされた伏線――。ラストに待ち受ける驚愕の真犯人とは!? 警察小説の新たな傑作誕生!!


第二章 風俗女警

 
 八王子駅前は梅雨に入り、連日、傘の花が咲く。珍しく雨が上がった日、エミは夜勤で十五時前に八王子駅北口交番に到着した。気温がぐんぐん上がっている。自転車を降りるとどっと汗が噴き出してきた。
「今日、八王子は猛暑日を記録するらしいよ」
 源田が言った。すでに日が傾いてきてはいるが、気温は下がらない。エミは交番の右手に見えるビルにつけられた歯科医の看板の温度計を見た。
「三十四度⁉」
 どうりで汗が止まらないわけだ。いつもは通行人が忙しく行き過ぎるマルベリーブリッジには、マイクを持つレポーターや中継をするカメラマンの姿が見えた。
「来てるねー、お天気中継」
 関東で雪の予報があると八王子では確実に五~十センチの積雪になる。テレビのお天気中継は冬の八王子駅前の恒例行事だった。
「暑い日まで来るんですね」
「八王子駅前は温度計付きの看板があちこちあるからね」
 インプラントを売りにしている市内のきつね歯科が、温度計付きの看板を駅西側のビルの屋上に掲げたことがきっかけだった。温度計がついていると、テレビカメラが看板ごと映してくれる。市内の他の歯科医院もマルベリーブリッジ周辺に温度計付きの看板をつけ始め、いまや温度計は三か所もある。
「おもしろいのがさ、全部、温度が微妙に違うところ」
 日の当たり具合によって温度に差が出てしまうようだが、源田は駅前の看板ひとつとっても詳しい。かなりどうでもいい知識だが。
「お巡りさん、お巡りさん!」
 男性レポーターがマルベリーブリッジの階段を駆け下りてきた。
「駅前でお天気の中継をしていたのですが、スタッフが倒れてしまって」
 熱中症か。エミは源田と共にマルベリーブリッジを駆け上がった。各バス停へ降りるエレベーター機の陰で、小柄な女性がうつろな目でしゃがみこんでいた。カメラを抱えたカメラマンが、台本であおいでやっている。
「救急車を呼んだのですが、熱中症の人が続出で、出払ってしまっているようです」
 エミは消防に確認の電話を入れたが、女性の服装に違和感を持った。胸元が大きくあいたトップスに、ハイウェストでひざ丈のスカートをはいている。テレビの中継スタッフは身動きがとりやすい服装をしているイメージだ。
 通行人が立ち止まり、現場が騒然としてくる。ようやく救急車がやってきた。誰が付き添いにいくかで、男性レポーターとスタッフ、カメラマンがもめ始めた。
「まだあと一回、中継があります。二人は残ってください」
「今日は中継を中止しましょうよ。急病人が出たのに」
「それはまずいですよ、そもそも彼女はうちの……」
 男性スタッフが担架に乗せられた女性スタッフを迷惑そうに見た。
「私が付き添いましょうか」
 エミは手を挙げた。源田が目を丸くする。
「警察官がいちいち付き添っていたら、交番業務が滞るよ」
「すぐ戻りますから」
 倒れた彼女はテレビ局の社員なのだろうが、おそらく、中継スタッフではない。
 何をしに八王子へ来ていたのか。
 
 救急車の中で、エミは女性の了解を取り、彼女の手荷物から免許証や保険証を探し出し、救急隊員に渡した。名刺を見るにテレビ局の社会部記者だった。昼のワイドショーのお天気中継に同行する職業だろうか。
 搬送先の病院で女性記者が治療中、エミは受付で手続きを代行する。ジャケットを手に持ったビジネスマン風の男性に声をかけられた。
「八王子駅北口交番の方でしょうか。私、毎朝テレビのものです」
 男性は倒れた女性記者の上司だという。
「この度はご迷惑をおかけしました。あとは私の方で……」
「名刺をいただけますか」
「あいにく、切らしています」
「身元の分からない人に病人を託すことはできません」
 男はエミを吟味するように見た。
「そもそも彼女、中継スタッフではないですよね。あんな服装で中継に来るなんてありえません。なにか事情がありそうですが」
 男性はようやく名刺を出した。
「込み入った話です。喫茶店でお話しませんか」
 ロビーにある喫茶店を指したが、エミは断った。制服姿なので、目立ちすぎる。
「では正直に言いますが、そちらからも情報をもらわないと、フェアじゃないでしょう」
 情報交換しよう、と投げかけてきた。
「マスコミと警察はいつもそうしている。あなた、まだお若いから知らないかもしれないけど」
「なんの情報を知りたいというんですか」
「八王子警察署の所属ですよね。署内に女性職員は何人くらいいるんですか」
 唐突な質問だった。答えかねる。
「お若いから、署内の待機寮にいらっしゃる? それとももう官舎に移ってます?」
「そんなことを知ってどうするんですか」
「私や彼女がどうして八王子の繁華街を、熱中症を起こすほどにうろついていたのか、教えますから」
 マスコミはこんなふうに遠回しに情報を小出しにしながら、警察の捜査情報を得ようとするのか。だがいま八王子でマスコミが飛んでくるような事件はない。アザレアおおるり台事件のことだろうか。エミは口が重くなる。
「若い女警さんが八王子署に何人いるのかだけでも教えてもらえませんか」
 言わない。
「それじゃ、あなたは非番の日にこっそり八王子の繁華街を歩き回ることはあります?」
 質問の意図が全くわからなかったが、ノーと答えた。記者はエミの顔や体をじろじろと無遠慮に見た。
「ふむ、まあ、あなたは違うんだろうな。色気もしゃれっ気もないし」
 かなり失礼なことを言う人だ。
「一体なにを探っているんですか」
「八王子市内に色気あふれる女性警察官がいるという話がありましてね。エッチな女性警察官が八王子の繁華街にいるという意味です」
 意味が分からない。
「もう少し具体的に言いましょう。女性警察官が八王子の繁華街ですけべなアルバイトをしている」
 エミは目を丸くした。ようやく解釈した。
「女性警察官が八王子の風俗店で働いているということですか」
「教えましたよ。心当たりは?」
「あるわけないです」
 もういいや、と記者はエミを鼻であしらった。
「市内の他の署をあたってみます。何か情報があったら電話くださいよ」
 
 三日後、エミは日勤を終えて署の地域課に戻った。間中がエミを待ち構えていた。アザレア事件で進展があったのだろうか。間中は弱った様子で、エミを拝んだ。
「実はお願いしたいことがあるんだ。今日の夜、時間を取れるかな」
 デスクで書類仕事をしていた源田が無言で間中を見た。間中は慌てて付け足す。
「南大沢署の山田巡査も一緒だから」
 デート等の誘いではない、と暗に訴えたかったようだ。間中が立ち去った後、源田がエミをたきつける。
「百万円かけてもいい。間中さんは山田巡査を呼ばないはずだ」
 
 間中が指定したラーメン屋に顔を出す。山田楓がすでに到着しテーブル席に座っていた。源田から百万円もらえそうだ。間中はまだ到着していなかった。
「それにしても間中さん、なんの用事なんだろ。こんなところに呼び出すなんて」
 間中が指定したのは、秋川街道沿いにある八王子ラーメンの元祖と呼ばれている老舗店だ。駅からバスで二十分かかるのに、常に行列のできる人気店だ。
「署内でできない内密な話っぽかったけど」
 アクセスしにくい場所をわざわざ指定したことになにか意味がありそうだ。
間中が店に入ってきた。
「ごめんね、わざわざ。俺はクルマだからさ、帰りは送っていくよ。飲んで飲んで」
 エミは間中と同じウーロン茶にして、楓ひとりがビールを飲んだ。間中が楓のグラスに瓶ビールを注ぎながら切り出す。
「実は今日の昼に本部の監察官からとんでもない調査依頼が来た」
 警視庁の警務部に所属する監察官室は、警察官の不祥事などを調査し、適正に処分する『警察の警察』だ。真面目に勤務していればまず関わることはない。
「本部の聴訴室に匿名のタレコミがあったらしい。八王子の風俗店で働いている警視庁の女性警察官がいる、と」
 楓はまさかと目を丸くしていたが、エミは二度目なので神妙な反応になってしまう。
「もしや、心当たりがある?」
「いえ。実は三日前に、熱中症で倒れたマスコミの方を介抱したのですが、その人が八王子の繁華街で風俗店に勤務している女性警察官を調査していたようでした」
「マスコミまで動き出しているのか」
 ため息をつき、間中は重ねて事情を説明する。
「二人の周辺に心当たりがないかなと思ってね。二人とも、アザレア事件をきっかけに警察官になっただろ。そんな二人が風俗バイトは絶対ないと思ったから、白羽の矢を立てさせてもらった」
 楓がエミの肘をつついた。
「ていうかエミ、マスコミからそういう情報を得ていたのに、報告していなかったの?」
「からかっていると思ったのよ。記者は八王子市内の三つの警察署の女警と決めつけているふうだったけど、普通、自分が働く管内の風俗店で働こうと思う?」
「確かに。生安が違法風俗店の摘発でしょっちゅう内偵しているしね」
 間中も同意する。
「風俗店が集まる中町や三崎町界隈は、強行犯事案も多いからね。刑事組織犯罪対策課の刑事たちがしょっちゅう出張ってる」
「鉢合わせしますよ。絶対ありえないわ。八王子市外の所轄署の女警じゃないかしら」
 楓が言ったが、間中は困り顔だ。
「しかし、タレコミの電話では『八王子市内の警察官』と言っているそうなんだ」
 だからあの記者も、市内の三所轄署の女警に絞り込んでいた。アザレア事件に進展がないので、間中が捜査するよう命令が出たらしい。
「先日、容疑者を五人から三人に絞り込んだのに……」
 間中は苦笑いする。
「それはエミちゃんの手柄だ。新人女警がちょっと動いただけでわかったことがあるのに、お前ら毎日なにやってんだと叱られた。監察からは遊んでいる部署だと思われているのかも」
 間中は毎日靴底をすり減らして聞き込みをし、休日返上の日もしょっちゅうあるのに、目立った成果が出ていないと専従捜査員はさぼっていると見られてしまう。楓は変な顔をした。
「八王子警察署の生活安全課に捜査させれば早いじゃないですか。繁華街の風俗店のデータもそろっているでしょうし、内偵も慣れているはず」
「監察から、特に八王子署の生安にはバレないように捜査をしろと言われているんだよ」
 間中はスマホを出し、画像を見せた。監察官室から送られてきたという警察手帳の写真だった。うつっているのは、えらが張った化粧の濃い女性警察官だ。
「八王子署生活安全課、風紀係の美園友理奈巡査長だ。彼女が風俗女警の可能性がある」
「風紀係って、違法風俗店の摘発をする専門部署じゃないですか。ミイラ取りがミイラに……ってことですか」
 楓は不謹慎にも噴き出している。間中は苦笑いだ。
「前々から彼女、監察官室に名前が上がっていたらしいんだよ」
 羽振りがよすぎるということで、署内でも目立つ存在だったらしい。
「禁止されているのに、こっそりクルマ通勤しているしね」
 八王子署の駐車場は管理が徹底しているが、すぐ裏手の市役所には大規模駐車場がある。友理奈はそこにクルマをこっそり駐めていた。
「しかも乗っているのはレクサスLX600」
 エミはピンとこない。楓がスマホで相場を調べて、目を引んむく。
「レクサスの高級SUV――中古車でも2000万円しますよ」
「変だろ。公務員が手を出せるクルマじゃない」
「宝くじがあたったとか、親から遺産が入ったとか?」
「両親とも健在で、父は警察官、母は専業主婦だ。レクサスを現金でもローンでも買える家庭とは思えない。宝くじはわからないけど……」
「ちなみにそのレクサスのナンバーは調べたんですか。持ち主は」
「もちろん、美園友理奈本人だ」
「知人の物を乗り回しているってわけじゃないなら、益々怪しいわね」
 楓が言った。
「自宅官舎に殆ど帰宅していないこともわかっている」
 門限がある待機寮と違って、官舎は出入りが自由で友人や恋人を呼ぶこともできる。帰らない理由はなんだろう。
「彼女はどこで寝泊まりしているんですか」
「サウスアジュールタワー八王子だよ」
 JR八王子駅南口直結の四十一階建てタワーマンションだ。低層階は商業施設になっており、駅のコンコースや南口のペデストリアンデッキと直結している。楓は早速、相場を調べている。
「築十年以上の中古2LDKなのに、最上階は一億円を超えてる。八王子では破格よ」
 楓は乗り気になっていた。エミの腕をがしりとつかむ。
「エミ、美園友理奈を徹底的に調べよう」
 
 楓はすぐさま動いた。南大沢署のミニパトで八王子署までやってくると、友理奈が密かに使っている市役所の駐車場に入った。レクサスLX600を見つけ出すや、あと五ミリでレクサスの右フロントをこする位置までミニパトを近づける。エンジンを切って友理奈が仕事から上がるのを待った。内勤の友理奈は十七時半過ぎ、ひっそりと駐車場にやってきた。レクサスの前に覆いかぶさるように停車しているミニパトを見て、絶句した。楓がミニパトから出て謝った。
「南大沢署の山田です。お使いがあって八王子署に来たんですけど、駐車場の場所を間違えた上に、慌ててハンドル切り損ねて、こんなことに……」
「もしかしてこすってます?」
 友理奈は真っ青だ。エミは、楓から相談を受けて駆けつけた体裁で言う。
「八王子駅北口交番の宮武です。もしかして生安の美園さんですか?」
 友理奈は観念した。エミに拝む。
「署には内緒にしておいて! クルマ通勤はダメだと一度怒られているの」
「えっ。勝手に市役所の駐車場を使っていたんですか?」
 エミはわざと厳しく言った。楓が予定通り、間に入る。
「いまはそれどころじゃないでしょ。このレクサスは中古でも二千万くらいしますよね。こすったら弁償モンだよ、署長に怒られる。始末書よ」
 楓が始末書を出すことになったら、友理奈が違法駐車していたことがバレる。
「大丈夫。私が動かすわ」
 友理奈はミニパトに乗り込むとハンドルを左に切り、簡単にレクサスから離れていった。そもそも駐車場は広いので、にっちもさっちもいかなくなる状況ではない。
 友理奈がミニパトのドリンクホルダーに入っていた缶ビールを見つけてくれた。交通課の女警が勤務中にミニパトで飲酒運転していたという状況を演出したのだ。
「見なかったことにしてください。お願いしますッ」
 楓が拝む。友理奈はこれを監察に言いつけることすらできないだろう。エミは大げさにため息をついて見せた。素人の寸劇そのものだったが、必死に演技する。
「楓ッ。こんなになるまで自分を追い詰めちゃだめだよ。辛いのはわかる。私だってアイツが結婚してたなんて知らなかったし」
「いいの、私が悪かったの。五百万の借金も、これからがんばって働いてコツコツ返していこうと思ってる。でもやっぱりやりきれなくて、つい缶ビールを……」
 エミは背中を丸めて泣く楓を抱きしめた。友理奈は好奇心が勝ったようだ。
「大丈夫? 変な男に引っかかった? 警視庁って変な男が多いからね」
 そうなんですよ、と楓は泣きついて見せた。
「美園さん、ご存じですか。源田将司っていう地域課の――」
「知ってる! あの八王子うんちく野郎!」
 女三人、すぐに意気投合した。
 
 ここ二、三日、源田はくしゃみばかりしている。
「源田さん、風邪ですか」
「誰か俺のことしつこく噂しているに違いないよ。なんてね。あはは」
 あれからエミや楓は友理奈と親しくなり、昨晩は三人で女子会を開いた。友理奈は口が堅く、恋人の話もしないし、どこの官舎に住んでいるのかすら言わなかった。
 自分の話はしないが、源田の悪口はなめらかだった。彼女は卒業配置が八王子駅南口交番だったのだ。たびたび北口交番から油を売りにやってくる源田に、八王子のうんちくを叩きこまれ、正論なようでいて言っていることがよくわからない交番員としての心構えを延々聞かされていた。楓は妻子ある源田に騙されて借金まで負わされているという設定にしてしまった。事実関係がはっきりしたら、源田の名誉のために今回の嘘は撤回しなくてはならないだろう。
 楓は友理奈を酔わせ、高級車を乗り回していることやタワマンに住んでいることをゲロさせようと意気込む。だが楓の方が酒に飲まれてしまっていた。過去や将来のこと、警察組織に対する思いを饒舌にしゃべっていた。
 エミはずっと聞き役だったが、楓の知らない一面を見られて楽しくもあった。警察官になった動機を楓は真面目に語る。
「私、小学生の頃、家に空き巣が入ったんです。駆けつけた警察官が本当にかっこよくて憧れたんです」
 幼馴染なのにエミは全く知らなかった。空き巣の被害など琉莉やエミが巻き込まれた事件に比べたら小さいと思い、楓は黙っていたのかもしれない。
 昨夜の女子会のことを思い出す横で、再び源田がくしゃみを連発する。
「あー。辛い。僕は松花粉アレルギーなんだよね」
「八王子ってそれほど松の木がありましたっけ。イチョウ並木のイメージが強いです」
「八王子城跡の方に松林があるんだよ。あっちの方から花粉が飛んできて……」
 あ、と思い出したように源田が手を叩く。
「八王子城跡といえば、今月末、アレの日だな」
 ここで「アレってなんですか」と聞いたら、また源田の長い話が始まる。ぐっとこらえた。地域課の入り口で間中が手招きしている。
「山田巡査がやってくれたよ。昨晩、美園巡査長をへべれけに酔わせたんだって?」
 エミは待機寮の門限があったので先に帰った。二人がその後どうしたか知らないが、友理奈は酔っぱらって千鳥足でタワマンまで帰ったそうだ。楓は尾行し、部屋番号を突き止めている。
「最上階の最も広い南向きの部屋だった。4101号室」
 間中は所有者をすでに調べていた。
「一番ケ瀬忠之助だ」
 
 エミは動画サイトで『一番ケ瀬忠之助』を検索した。彼は昭和に一世を風靡した時代劇俳優だ。歌舞伎俳優の四男で、名跡を継がずに銀幕デビューし、一貫して映像にこだわって役者を続けた。
「エミ、一番ケ瀬って知ってた?」
 楓がひっそりと耳打ちしてきた。いま八王子警察署の署長室前の待合椅子に座っている。署長室は来客が多いので常に扉が開きっぱなしだが、今日は閉ざされている。中では間中と友理奈、その上司の風紀係長と生活安全課長、そして署長が膝をつめて、友理奈の不倫騒動について話し合っていた。
「八王子に時代劇俳優が住んでいることは知ってたわ、有名だから」
「なにがどうなって八王子署の女警にレクサスを買い与えたり、タワマンに住まわせたりしてたのかなぁ」
「どうでもよくない? 一番ケ瀬の愛人だったということなら、風俗店でバイトしていたとは思えないし」
 確かに、と楓もため息をつく。いかがわしい高給アルバイトに手を出してしまう警察官は、借金などで首が回らなくなっていることが多い。友理奈はたんまりと昭和の大スターからおこづかいをもらっていた様子だから、風俗店でアルバイトをする必要がないのだ。
「振り出しに戻っちゃった」
 エミは一番ケ瀬を揶揄する動画を見つけた。
『昭和の大スターの老害! 過激ラブシーンを要求するセクハラぶり』と題される動画だった。一番ケ瀬はいま八十代で芸能界は引退状態だが、四十代のころは連続ドラマで刑事役を務めていた。大部屋で葉巻をふかし女優の唇をむさぼったり、取調室で交わるシーンまであった。楓は噴き出している。
「こんなの令和じゃ放送できないでしょうに」
 恐らくは女警フェチなのだろう。扉が開いた。上司に続いて友理奈が出てくる。エミと楓を見咎めた。
「いろいろと小細工を仕掛けて暴露してくれて、どうもありがとう」
 強烈な嫌味にエミはたじろいだが、楓はやり過ごした。
「あのー。時代劇俳優とどうやって知り合ったんですか」
「交番勤務時代よ。源田さんから散々注意されていたの。南口交番に配属される女警は、時代劇俳優から口説かれるから気をつけろって」
 一番ケ瀬が南口直結のタワーマンションに住んでいるから、なにかと接点があるのか。源田の無駄な知識は底が知れない。
「注意されていたのに――気を付けなかったんですか」
「好きなものを好きなだけ買い与えてくれるのに、どうして気を付ける必要があるの?」
 一番ケ瀬の性癖を利用して、好きなようにやっていたらしい。しかもそれを堂々と上官の前で言ってのける。友理奈は直属の上司に連れられて、八王子署を出て行った。
「これから監察官聴取だって。制服だけでなく、手錠やら警棒やらを使って楽しんでいたらしいよ」
 間中がエミと楓に言った。
「官品を勝手に持ち出して不貞行為に使用していたとなると、懲戒ですね」
 間中は一番ケ瀬からも事情を聞いていた。
「風俗女警の噂は、一番ケ瀬のところにも届いていたようだよ」
「本物の女警とプレイできるなら、そういう性癖の一番ケ瀬へ情報はいきますよね」
 風俗店にとっては太客になるから、売り込みに行くだろう。一番ケ瀬は友理奈がいたからその風俗店には行かなかったそうだが、「今後はそこで遊ぶか」と間中をからかったらしい。店の名前を明言はせず、警察をいたぶっていた。
「その情報を一番ケ瀬のところに持ってきたのは、八王子のフィクサーらしい」
 通称はカミサクという。
「八王子のアングラに詳しいそうだ。コイツに聞けば、風俗女警の情報は一発だ」