ロイヤルホストで夜まで語りたい・第15回「ロイヤルホスト慕情」(織守きょうや)
ロイヤルホスト慕情
織守きょうや
私にとって外食チェーンのファミレスは、愛すべき日常の一部だ。しかしその中でロイヤルホストは、よそいきとまではいかないまでも、ちょっとだけ特別感のある場所だ。ロイヤルホストの思い出を書いてほしい、と依頼をいただき喜んで受けたはいいものの、どのエピソードを書こうか迷うくらいにはたくさん思い出がある。
たとえば、近所の店舗へモーニングを食べにいったことがある。新型コロナウイルスの自粛期間が明けてしばらくして、まだ外食には少しためらいが残っていた時期だった。久しぶりの外食をするにあたり、平日の朝に、駅から離れた場所にある店舗で食事をするなら大丈夫ではないかと考えてのチョイスだった。ロイヤルホストはモーニングのメニューが豊富で、たまご料理やパンを選べ、スープをアサイーボウルに変更できるなど、自分好みのセットを作ることができる。私はほぼ迷いなく、オニオングラタンスープとサラダつきの、ロイヤルホストモーニングをチョイスした。しかし、パンについては難しい選択を強いられた。英国風パンか、モーニング英国風パンにするか、プラス220円でパンケーキに変更するか。
英国風パンは、ふんわりとした小さな山形食パンで、切っていないまるごとが出てくる。ふかふかの焼きたてを手でむしって、まずはそのまま味わい、それからおもむろにバターやジャムをつけて食べるのは、最高に贅沢な朝食のありかたと言える。その一方で、パンケーキは、「ロイヤルホストといえばパンケーキ」と言っても過言ではないほどの人気メニューだ。主役級のそれを朝食の一部として食べるというのもまた、こんなときしか許されない贅沢である。
私は迷いに迷ったが、最終的に英国風パンを選んだ。卵料理やソーセージとの相性を重視したのと、そのメニューに加えてパンケーキを食べるのはカロリー的にわんぱくが過ぎると考えたためだ。
パンはとてもおいしくて満足したものの、次はパンケーキを食べに来なくては、と再訪を決意したのを覚えている。「1日のはじまりにゆったりと心豊かな朝食をどうぞ」というコンセプトにぴったりの、実に贅沢な朝食だった。
ロイヤルホストで英国フェアをやっていることをSNSで知り、友人と連れだって出かけたこともある。何皿も注文してシェアして、おいしいものをおなかいっぱい食べた。おなじみのフィッシュアンドチップス、コテージパイやコロネーションチキンなど、英国出身である私から見てもロイヤルホストの英国料理はクオリティが高かった(なんなら本国のものよりおいしい)。英国フェアは定期的にやってほしい。
しかし実は、完成度の高い英国料理の数々以上に、このとき印象に残ったのは、パラダイストロピカルアイスティ、通称パラダイスティーだった。私は基本的に食事の際には甘いものを飲まないので、これまではドリンクバーでも大体毎回、烏龍茶か紅茶ばかりを飲んでいて、そのほかのドリンクは気にもとめていなかった。そのため、パンケーキと並んで「ロイヤルホストといえば」の代名詞であるパラダイスティーの存在を知らなかったのだ。目にしたことくらいはあったはずだが、ドリンクバーによくある、最初から甘味料の入ったアイスティーの類だろうと思い込んでいたのだと思う。
同行した友人に勧められて飲んでみたところ、まさにその名に恥じないトロピカルな香りと味が口の中に広がった。フルーティーで香り高い。予想に反して、甘くない。食事と一緒に飲んでも、料理の味を邪魔しない。「トロピカルだね……!」「トロピカルでしょ」「パラダイスだ……」「パラダイスなのよ」と、勧めてくれた友人と頷き合う。ドリンクバーでおかわりした後、ペットボトルを買って帰った。今では、ロイヤルホストで食事をした後は、パラダイスティーを買って帰るのが恒例になっている。大手通販サイトで箱買いすることもできるとわかったので、夏になったら購入しようかと検討しているところだ。
作家仲間と映画を観た帰りにロイヤルホストに寄って、感想を語り合ったこともある。友人のホラー作家、最東対地さんとリバイバル上映のホラー映画を観た帰り、ミステリ作家の今村昌弘さんと合流して食事をしようということになった。そのエリアに詳しい今村さんは、「このあたりには何も(飲食店が)ないですよ」と言う。しかし、スマホで検索すると、徒歩圏内にロイヤルホストがあることがわかった。地域住民が「何もない」と言う場所にもある。やはり頼りになる。
実は当日、食事に誘ったとき、今村さんはすでに夕食を終えていたのだ。しかし、「じゃあおやつ」と食い下がったら、「おやつなら入る」と言って来てくれた。夕食を食べたい私と最東さんと、おやつなら食べられる今村さんが一緒に食べたいものを食べられるという意味でも、ロイヤルホストは最適だった。
最東さんと私は、アンガスビーフステーキと、アンガスビーフステーキサラダ(ライスのかわりに、サラダがステーキに添えられている)を注文し、今村さんはフライドポテトを注文した。私たちが食事をしている間、今村さんはポテトをつまみ、食後に皆でデザートを食べよう、という算段である。
まずフライドポテトが運ばれてきて、テーブルの真ん中に置かれた。ポテトをつまみながら、ステーキが来るのをお待ちください、という店側の気遣いを感じたが、ポテトは今村さんの個人所有である。今村さんは無言でポテトの皿を自分の前へ引き寄せ、「シェアなどしない」という断固とした姿勢を示した。「皆で食べると思われたんやな」と言った最東さんに、「手を出したらバシッてしますからね」とジェスチャーつきで宣言し、改めて権利関係を明確にする。
でも、私がステーキを一切れあげたら、今村さんも「織守さん、ポテト食べます?」とポテトを勧めてくれた。笑顔だった。アンガスビーフステーキの力はさすがだ。
私はビーフステーキサラダを食べ、今村さんのポテトをもらい、その後、予定通り季節のスイーツ(パンケーキ&焼きりんごのクレームブリュレ)も食べた。当然である。ロイヤルホストに来てデザートを食べないなんて考えられない。デザートを食べるために、メインはヘルシーなステーキサラダにしたのだ。
ロイヤルホストのメニューの中にはハイカロリーなものもあるが、グランドメニューにカロリーが表示してあるので、メインは少しカロリー低めにして、デザートをがっつりいこうかなとか、メインはこれをどうしても食べたいから、デザートはこっちにしようかなとか、調整できるのがありがたい。とはいえ、ハイカロリーメニューでも、食べたいときには食べてしまうのだが……。おいしいから……。
最東さんや今村さんとロイヤルホストに行ったのは、このときが初めてではない。以前、推理作家の我孫子武丸さん主催のボードゲームの会が開かれ、皆で遊んだ帰りにも、京都の店舗で食事をしたことがある。あまり飲食店が多くないエリアだったので、夕食をとれそうな店が見つからず、私たちはしばらく周辺をうろうろした。うどん屋さんやラーメン屋さんなど、小さなお店があるにはあるのだが、折悪く定休日だったり、行列ができていたりして、入れなかったのだ。
歩いて行ける距離にロイヤルホストがあったはずだ、と誰かが思い出し、皆で向かった。不案内な町にいるときはなおさら、店舗数が多いチェーン店の存在はありがたい。定休日やランチタイム、ディナータイムを過ぎていることを気にせずにいつでもいつものメニューが食べられるという安心感がある。
無事入店して、広々とした席につき、それぞれ好きなものを注文した。洋食を食べたい気分の人も、和食を食べたい気分の人も、同じ店の同じテーブルで好きなものを食べられるのも、ファミレスのいいところだ。
そのぶんおいしいので文句はないが、ロイヤルホストの単価は、ほかのファミレスと比較すると高めの設定だ。いつものうどん屋さんやラーメン屋さんに入っていれば、夕食は千円程度だが、このときは確か、一人二千円から三千円の間くらいの金額になった。
「とんかつを好きなときに食べられるようになりなよ、って話があるやん」
食べながら、我孫子さんが言った。
私はその話を知っていたので、ありますね、と頷いた。
『美味しんぼ』11巻に収録されている、「トンカツ慕情」という有名なエピソードだ。お金のない学生に、小さな定食屋の主が、とんかつを食べさせ、「いいかい学生さん、トンカツをな、トンカツをいつでも食えるくらいになりなよ」と声をかけ、とんかつを好きなときに食べられるくらいが、人間として、えら過ぎもせず貧乏過ぎもせず、ちょうどいいということなのだ、と語る。
「僕にとってはそれがロイホやな。好きなときにロイヤルホストに来られるくらいの経済力を維持していたい」
私をはじめ、その場にいた作家たちは深く頷いたものだ。
我孫子さんが、日本を代表するミステリ作家の一人であることを思えば謙虚な発言だが、その感覚はすごくわかる、と思った。
毎朝ロイヤルモーニングを食べられるくらい、とは言わない。新作のパフェが出たみたいだな、そろそろあのパンケーキが食べたいな、原稿のやる気を出すためにちょっとおいしいものを食べようかな——そんな気持ちでときどき、小さな贅沢をするために、気負わずに足を運べるくらいでいたい。我孫子さんの言葉は今も、そうあるために頑張って仕事をしようという私の指針になっている。
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