「今行くからよ」(『極悪女王』)――川添愛「パンチラインの言語学」第12回
前回NETFLIXの『地面師たち』を取り上げたばかりなので、今回もネトフリ作品を取り上げていいものかとさすがに迷った。だが、仕方がない。初見から10日以上経っているが、いまだに私の頭の中ではクラッシュギャルズの『炎の聖書』、ビューティ・ペアの『かけめぐる青春』、ドラマのオープニング曲にもなっているダンプ松本『Dump The Heel』がループ再生されているし、YouTubeでは『極悪女王』関連の動画を検索して見まくっている。こんな状態で、他の作品のことなど書けるか? いや、書けない。自問自答した末に、もう「ネトフリの回し者」呼ばわりされる覚悟で書くことにした。
本作は、稀代のヒール(悪役レスラー)・ダンプ松本(ゆりやんレトリィバァ)の半生を追いながら、1970年代~80年代にかけての女子プロレスの隆盛をたどる作品だ。主役はダンプだが、最大のライバルであったクラッシュギャルズの長与千種(唐田えりか)、ライオネス飛鳥(剛力彩芽)をはじめ、当時の全日本女子プロレス(全女)のレスラーたちの愛憎と葛藤を描いた群像劇でもある。
私の記憶では、1980年代半ばはプロレスファンかどうかにかかわらず、ほとんどの人がダンプ松本とクラッシュギャルズの名前を知っていたと思う。彼女たちの姿はテレビや雑誌で頻繁に目にしていたし、小学生の頃に大好きだったギャグ漫画『パンク・ポンク』にもダンプ率いる極悪同盟 vs. クラッシュギャルズのパロディ回があった。彼女たちの存在は、明らかに社会現象になっていた。
スターになってからの彼女たちのことしか知らなかった私からすると、本作品で描かれたダンプの生い立ちと全女の舞台裏は衝撃的だった。そもそもダンプと長与が同期の中で「落ちこぼれ組」だったというのが意外だった。実際、ダンプ松本(本人)はインタビューで、「私と千種は、まったく期待されてなかった。完全に、落ちこぼれってやつでした」と発言している[1]。そんな二人がそれぞれに自らの「プロレス」を見いだし、全国区のスターになっていく描写には胸が熱くなる。
あくまで「実話にもとづくフィクション」なので、事実とは異なる部分もある。しかしそこを差し引いても、事実の再現度がものすごく高い。第1話の冒頭にある極悪同盟の入場シーンで客席に乱入して竹刀を振り回すダンプを見て、「うわぁ、ダンプだ!」と興奮した。
当時のダンプは、近づく人間を片っ端からボコボコにする、きわめて危険な人物というイメージがあった。作中ではヒールの先輩であるデビル雅美(根矢涼香)が、ヒールの仕事は「いかに客を怖がらせるか」だと語っているが、当時のダンプはプロレス会場に来た客のみならず、会場に行ったことがない地方の小学生(私)さえ震え上がらせていた。私がアブドーラ・ザ・ブッチャーやタイガー・ジェット・シンと並ぶヒールとして認識していた怖いダンプを、ゆりやんは完全に再現していた。
そして、唐田&剛力のクラッシュギャルズがまた素晴らしい。二人が登場した瞬間、「クラッシュや! クラッシュがおる!」と興奮してしまった。本物に比べれば細身だが、そんなことが気にならなくなるぐらい、彼女たちの佇まいは完全にプロレスラーであり、クラッシュだった。
試合の再現度も凄まじい。作中の試合ではレスラーたちがやたらと流血するが、現在(2024年10月)限定公開されている当時の全女の試合映像を見ると、ドラマと同じぐらいかそれ以上に流血していた。有名デスマッチファイターの竹田誠志選手は試合後に「いい血流した」(「いい汗かいた」の "血" バージョン?)とコメントすることがあるが、当時の全女のレスラーたちも頻繁に「いい血を流して」いたのだなと思った。
キャラクターの多くが実在の人物であり、現在でも活躍中の人が少なくないこと、また当時を覚えている視聴者が多いこと、さらにプロレスがテーマということで、役作り、ドラマ作りの難易度はきわめて高かったはずだ。そんな制約の中で、視聴者の期待をはるかに上回る作品を作り上げた本作のキャストとスタッフには頭が下がる。
リングに上がるキャストはみな受け身がきちんと取れているし、技も美しい。長与のフライングニールキック、飛鳥のジャイアントスイング、ジャガー横田(水野絵梨奈)のジャーマンスープレックス、デビル雅美のロメロスペシャル、ブル中野(堀桃子)のヌンチャク……と、数え上げればキリがないが、わりとプロレスを見慣れている人間の目からしても、本物のプロレスと遜色ないレベルに仕上がっていた。悪徳レフェリー阿部四郎(音尾琢真)のレフェリングや、志生野温夫(清野茂樹)の実況も、当時の映像を見るとまさに完コピであることが分かる。
好きなキャラクターはたくさんいるが、とくに心惹かれたのはジャッキー佐藤(鴨志田媛夢)だ。長い手足を生かしてリング上でダイナミックに躍動するジャッキーさんも、昭和のマニッシュなファッションをセンスよく着こなすジャッキーさんも素敵すぎて、登場する度に「キャ~♡」と黄色い声を発してしまった。
ぜひ注目していただきたいのは、香(ダンプに覚醒する前のダンプ)が全女のオーディションで審査員席のジャッキーさんに向かって「ずっとジャッキーさんに憧れてました」と言うシーンだ。ジャッキーさんは香に「ありがとう」と返すのだが、この「ありがとう」の言い方がなんとも言えず格好いい。これは「ありがとう」史に残る「ありがとう」だと思う。あんなふうにお礼を言われたら、もう一生ファンをやめられなくなってしまう。
極悪同盟の初期メンバーになるクレーン・ユウこと本庄ゆかり(えびちゃん)も好きなキャラクターだ。第3話で香とともにデビル軍団に入るが、人が良すぎてヒールになりきれない。相手を罵倒する練習では「目ん玉ひんむくぞコラー!」という謎ワードを口にしてしまうし、デビルさんの指示でマスクを被るも、デザインがちょっと可愛くて、デビルさんに「なんか怖くねえな」と言われてしまう。そこで「大丈夫です」と言って「何が大丈夫なんだよ」とツッコまれるのも笑える。確かに何が「大丈夫」なのか分からない。難易度の高い日本語ここにあり、だ。
本作には多くの名言が登場するが、気に入ったセリフをメモしていたときに、あることに気がついた。それは、それらのセリフの多くが助詞「よ」で終わっているということだ。
たとえば第1話冒頭のダンプの入場シーンでは、「てめえ中途半端な試合すんじゃねえぞ」と言う松永兄弟の五男・俊国(斎藤工)に、ダンプが「いちいちうるせえんだよ」と言って竹刀をお見舞いする。入場したダンプは観客席で暴れ回り、客が持っているクラッシュのパンフレットを取り上げて「しょうもねえヤツがよ!」とくしゃくしゃにし、投げ捨てる。そんなダンプに、リングで待つ長与と飛鳥が「早くこっち来いよ!」「中入ってこいよ早く!」とけしかける。それに対して半笑いで「今行くからよ」と返すダンプ。第1話のプロローグですでにこれだけ「よ」が出現している。
「よ」については前にも取り上げたが、非常に多くの用法がある。今挙げた中でも、「早くこっち来いよ!」「中入ってこいよ早く!」は命令文に付く終助詞「よ」で、キムタクの「ちょ、待てよ」と同じタイプ。これに対し、「いちいちうるせえんだよ」は平叙文に付くタイプで、同様の「よ」は、「結局は好きなように生きたヤツが勝ちなんだよ」、「私だって最後くらい、光って終わりたいんだよ」「ブルだよ。ブル中野だよバカ野郎!」など、作中の他の名ゼリフにも頻出する。
また、「しょうもねえヤツがよ!」と「今行くからよ」は、おそらく文節に付く「よ」だ。文節とは、日本語の文を不自然にならない程度に区切った単位で、一般には「よ」「さ」「ね」で区切ることのできる単位と同一視されることが多い。たとえば、たった今私が書いた「文節とは、日本語の文を不自然にならない程度に区切った単位で」という部分を「よ」で区切って文節ごとに分けると、「文節とはよ、日本語のよ、文をよ、不自然によ、ならない程度によ、区切った単位でよ……」という感じになる。こうすると、あたかも焼酎を何杯か引っかけた後のような口調になるのがお分かりになると思う。こういう「よ」は、終助詞ではなく間投助詞に分類されることがある。
さらに、疑問文に付く「よ」もある。第5話の飛鳥のセリフ「お前が最後にやりたかったプロレスはこれかよ! これかよ! これかよって聞いてんだよ!」の最初の三つの「よ」がそれにあたる。
なぜこんなにも「よ」が出てくるのか。断言はできないが、キャラクターどうしが感情をぶつけ合うシーンが多いということと無関係ではないと思う。前回「よ」を取り上げた際に述べたように、「よ」には文の内容を相手に向けて話していることを明確にする機能がある。つまり「これはお前に向けて言ってるんだからちゃんと聞け」という思いを表現する場面の多さが「よ」の多用につながっている可能性がある。
また「よ」は、文全体の印象を柔らかくすることもあれば、逆に粗野に見せることもある。たとえば第5話のジャッキーさんのセリフ「もう少し、駆け巡ってみるよ」は、「よ」が優しげでソフトな印象を与える例だ。これに対し、先ほど見た「早くこっち来いよ!」「お前がやりたかったプロレスはこれかよ!」「今行くからよ」のように、疑問文や命令文、文節に「よ」が付くと、荒っぽい印象になる。「よ」を付けることによって生まれる両極端のニュアンスが、女性の登場人物が多く、なおかつプロレスを主題とした本作の中では使い勝手が良かった、ということではないだろうか。
なんだか結果的に、ネトフリの回し者だけでなく「よ」の回し者にもなってしまったような気がするが、これから見る人はぜひ「よ」にも注目しながら見てほしいと思う。
[1] 週刊女性プライム『ダンプ松本「日本で一番殺したい人間」とまで言われても、“悪役”を背負い続ける理由』、2020年9月27日。URL: https://www.jprime.jp/articles/-/18880