見出し画像

最もフィジカルで最もプリミティブで、そして最もフェティッシュ(ドラマ『地面師たち』)――川添愛「パンチラインの言語学」第11回

文学、映画、アニメ、漫画……でひときわ印象に残る「名台詞=パンチライン」。この台詞が心に引っかかる背景には、言語学的な理由があるのかもしれない。
ひとつの台詞を引用し、そこに隠れた言語学的魅力を、気鋭の言語学者・川添愛氏が解説する連載。毎月10日に配信予定。

 NETFLIXのドラマ『地面師たち』にハマっている。今ちょうど髪型がトヨエツ演じるハリソン山中の髪を少し長くしたぐらいの感じなので、サングラスをかけるたびにハリソンになりきって「地面師になりませんか……?」とつぶやいている。街を歩くと、辻本たくの憂いを帯びた表情が頭に浮かび、ウ~ウァ~ワ~ワ~ンというカタカナでは表現しづらい石野卓球の音楽が脳内再生される。たぶん私と同じような人が、今(2024年9月現在)の日本には100万人ぐらいいると思う。
 同作は、新庄耕の同名小説を大根仁が映像化したものだ。私はドラマを一度全話見て、それからYouTubeチャンネル「ムビトク」の全話同時視聴動画[1] を同時再生しながらもう一度見た。さらに原作小説も読んで、また視聴した。小説もとても面白いし、映像化にあたってどういう変更が加えられたのかが理解できて楽しい。小説の文庫版には、NETFLIXでのドラマ制作が決定する前に書かれた大根監督の「あとがき」が付いており、監督がこの小説にどれほど強い思い入れを持っていたかが分かる。読めば誰でも、「大根監督おめでとう!」と言いたくなると思う。
 このドラマの魅力は、まずはなんと言ってもキャストの豪華さだろう。地面師グループには、リーダーのハリソン山中(豊川悦司)と交渉役の拓海(綾野剛)の他に、法律担当の後藤(ピエール瀧)、なりすまし役キャスティング担当の麗子(小池栄子)、情報屋の竹下(北村一輝)、偽造書類作成者の長井(染谷将太)がいる。もうこれだけでお腹いっぱいなのに、彼らを追うベテラン刑事の辰(リリー・フランキー)、新人刑事の倉持(池田エライザ)、地面師グループから狙われる大企業「石洋ハウス」の開発事業部部長・青柳(山本耕史)と、満漢全席を思わせる顔ぶれが続く。ナレーションも山田孝之という贅沢さだ。
 ちなみに拓海は「交渉役」となっているが、実際にはターゲットとの交渉以外にもいろいろやっている。過去の記憶に苦しみながら、ハリソンという不気味なリーダーと、信頼していいのかどうか分からない地面師仲間、油断のならないターゲット、自分を追ってくる警察の間で暗躍する拓海は、主人公として非常に魅力的だ。幸せに暮らしている時期、やさぐれている時期、そして何かしら吹っ切れた感じで地面師として活動する時期と、それぞれ違う「三種の綾野剛」が見られるのも嬉しい。『勇者ヨシヒコと魔王の城』第九話でケンタウロス男に扮した綾野剛を見たあとで『地面師たち』を見ると、さらに楽しさが倍増する。
 言葉の面で面白いのは、地面師グループのキャラの書き分けだ。本作を英語吹き替えで再生してみたときに気づいたのだが、英語だと地面師グループが集まった場面で、男性陣の誰がしゃべっているのかが分かりづらいところがあった。よくよく考えたら、日本語ではハリソンと拓海は原則として丁寧語を使うのに対し、後藤は関西弁、竹下はチンピラっぽい口調と、スタイルが異なる。
 また、ハリソンと拓海はともに丁寧口調と言っても、拓海は常識的な社会人がビジネスで使うような丁寧語であるのに対し、ハリソンは書かれた文章を読み上げているかのような感じで、延々と自分語りをしたり、仲間への無茶振りを通したりなど、あくまで自分本位な言動が目立つ。実際に統計を取ったわけではないが、ハリソンのセリフは主語や目的語の省略が少なめで、二人称の「あなた」の出現率が高いような気がする。そもそも話し言葉の二人称に「あなた」を使う時点でけっこうキャラが定まってしまうし、さらには「いささか驚きましたが」のようなセリフもある。口語で副詞「いささか」を聞く機会もあまりないような気がするが、どうだろうか。
 名ゼリフが多い本作だが、挙げていくとキリがないので、個人的に好きなセリフをランキング形式で五つ挙げてみたい。
 
 第5位「もうええでしょう!」後藤
 
 もはや本作の代名詞とも言えるセリフだ。詐欺のターゲットとの直接交渉の場で、相手が地主の「なりすまし役」に疑いの目を向けるなど、交渉が難航しそうなときによく使われる。
 関西圏に住む人々の一部からは「こういう言い方はあまり聞かない」という意見も散見されるし、ピエール瀧が関西弁ネイティブではないことに若干引っかかっている人もいるようだ。しかし私は第2話でマイクホームズ社長(駿河太郎)が後藤について「嘘くせえ関西弁しゃべってたじゃねえか」と言ったのを機に、「後藤は関西出身ではないが、詐欺を働く上で自分の素性を隠すためにずっと関西弁を使っている」という脳内設定に切り替えたため、最後まで何の違和感もなく視聴できた。「後藤は家族と一緒のシーンでも関西弁を話していたじゃないか」と反論されそうだが、後藤は家族にも地面師稼業のことを秘密にしていたのだから、身内すら欺いていたと考えても問題ないだろう。ちなみに「もしかしたら原作ではそういう設定になってるかも……」と期待したが、そんなことはなかった。
 
 第4位「戦争やってんだよ俺たちは!」青柳
 
 都心の100億円規模の土地というデッカイ釣り針に吸い寄せられし石洋ハウスのパワハラ中間管理職、我らが青柳部長のセリフであり、なおかつみんな大好き(?)な倒置法が使われている。同期に煽られ、社長にプレッシャーをかけられて部下たちに怒りをぶちまける人間と、倒置法は実に相性が良い。
 青柳は地面師たちに狙われる側なので当然被害者なのだが、「狙われて気の毒だ」という同情を視聴者に1ミリも抱かせない山本耕史の演技が素晴らしい。どん底まで落ち込んだり勝利に酔いしれたりと、ジェットコースター並みに激しい青柳部長の感情の波は、視聴者に「もっと見たい!」と思わせる原動力になっていると思う。
 
 第3位「あれなんつったっけ? ITバブルか」辰
 
 ハリソン山中率いる地面師グループを追う引退間際の刑事、辰さんのセリフだ。「あれなんつったっけ?」のあとの「間」が素晴らしい。「あ、マジで思い出せないんだな、この人」という納得感が半端ない。
 辰さんはこれ以外にも、奥さん(川上麻衣子)に家族旅行の計画をもちかけるときに「最悪、お前と二人でもいいし」と言ってしまうなど、体調の悪さを思わせる不用意な言動が目立つ。しかしそれが逆に地面師グループを追う執念を際立たせているからすごいと思う。
 
 第2位「ルイ・ヴィトーン!!!」竹下
 
 ハリソングループの問題児、竹下の名ゼリフである。歴史上のどんな偉人も、この世界的ファッションブランドの名前が人間の狂気の表現に使われるとは予想できなかったであろう。
 このセリフの効果を調べるべく、家に一人でいるときに「グッチー!!!」「プラダー!!!」「シャネルー!!!」「エルメース!!!」と他ブランドの名前を叫んでみたが、「ルイ・ヴィトーン!!!」に勝るものはなかった。唯一いい線行ってたのは「バレンシアガー!!!」だが、「ルイ・ヴィトーン!!!」ほどのキレはない。改めて、余ブランドをもって代えがたいということが分かった。ちなみにこれは北村一輝によるアドリブだそうだ。天才か。
 
 第1位「最もフィジカルで最もプリミティブで、そして最もフェティッシュなやり方でいかせていただきます」(ハリソン山中)
 
 「やっぱりそれか」という声が聞こえてきそうだが、第1位はこれ以外ないと思う。言語学目線では、「フィジカル」「プリミティブ」「フェティッシュ」という並びがアツい。というのも、これらの単語の最初の音である「フ」および「プ」の子音部分は、いずれも両唇を使って音を作る「両唇音りょうしんおん」だからだ。
 くわしくは川原繁人『音声学者、娘とことばの不思議に飛び込む』(朝日出版社)を読んでいただきたいが、両唇音は赤ちゃんが最初に発する子音でもある。赤ちゃんは母乳を飲むために唇を動かす筋肉が発達しており、両唇音を発しやすいのだ。つまりこのセリフは音声学的な面でもフィジカルでプリミティブでフェティッシュだと言える。
 また、このセリフでは「いかせていただきます」と、尊敬表現「させていただく」が使われているのもポイントだ。椎名美智『「させていただく」の使い方』(角川新書)によれば、「させていただく」は1990年代から使用が増加している表現で、流行の一因には「相手との距離感の調整しやすさ」があるという。ただし、「させていただく」の氾濫はんらんぶりに眉をひそめる人も少なくなく、とくに聞き手の許可を必要としない行為とともに使われる「させていただく」に対しては違和感を覚える人が多い。ハリソンの「いかせていただきます」はまさにこのケースで、これから○す相手、つまりこっちに許可を出すはずもない相手に「させていただく」をあえて使うハリソンのイカれ具合がうかがえる。
 
 最後に、本作のキーワードの一つ「なりすまし」にも触れておきたい。定延利之のコラム [2]によれば、「なりすます」という言葉はもともとは「すっかりそうなる」という完了の意味を持っていたが、やがて「『ニセ者』が取りつくろう」という悪い意味が広がったという。普通の言葉だったのに悪い意味で使われるようになってしまった「なりすまし」の運命と、本作のストーリーがシンクロしているようで面白い。


[1] 【ムビトク】ビューティーのムービートーク「【地面師たち】エピソード1を完全初見同時再生してみました!」、YouTube、2024年7月30日。
URL:https://www.youtube.com/watch?v=Y-m__xeKwhI

[2] 定延利之「日本語社会 のぞきキャラくり 補遺第37回「なりすます」について」、WORD-WISE WEB、三省堂、2013年6月23日。
URL:https://dictionary.sanseido-publ.co.jp/column/chara-hoi-37

川添 愛 (かわぞえ・あい)
言語学者、作家。九州大学文学部、同大学院ほかで理論言語学を専攻し博士号を取得。2008年、津田塾大学女性研究者支援センター特任准教授、12年から16年まで国立情報学研究所社会共有知研究センター特任准教授。著書に、『白と黒のとびら』『働きたくないイタチと言葉がわかるロボット』『ふだん使いの言語学』『言語学バーリ・トゥード』『世にもあいまいなことばの秘密』など多数。近刊は『言語学バーリ・トゥード Round 2』。

■前回はこちら

https://webtripper.jp/n/n92b71c0bd4d8

■第1回はこちら

https://webtripper.jp/n/n5bacc0b3dc50