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「フラッシュ・ゴードンが来てる」(『テッド』)――川添愛「パンチラインの言語学」第1回

文学、映画、アニメ、漫画……でひときわ印象に残る「名台詞=パンチライン」。この台詞が心に引っかかる背景には、言語学的な理由があるのかもしれない。
ひとつの台詞を引用し、そこに隠れた言語学的魅力を、気鋭の言語学者・川添愛氏が解説する連載がスタート! 毎月10日に配信予定。

 今回からweb TRIPPERで連載をさせていただくことになった。皆さんもどういう連載なのかよく分からないと思うが俺も分からねえという状況だ。どうやら映画やアニメ、漫画などで印象に残る台詞(パンチライン)を言語学的に考察しなさい、という感じらしい。
 たぶんこの依頼の本来の意図は、誰でも知ってる作品の誰でも知ってる台詞、たとえば『ワンピース』の「海賊王に おれはなる!!!!」とか、『スター・ウォーズ』の「ア~イ アム ユア ファ~ザ~(シュコォ〜 ←呼吸音)」とか、そういうものについて語ってほしいということだと思うし、別に語ってもいいのだが、もともとあまのじゃくな性格なのでそういう超メジャー作品から入るのは気分が乗らない。よって、今日は想定される読者の1割ぐらいが見ていそうな映画から入ることにした。

 そこで選んだのが『テッド』(2012年)である。テッドと言っても、偉い人たちが質の高い講演をするアレではなく、見た目は可愛いけど下世話なぬいぐるみが出るR15+指定の映画の方だ。続編も作られたほどのヒット作だが、見る人は見るけど見ない人は見ないタイプの作品ではないだろうか。
 本作は、友達のいない少年ジョンが、クリスマスプレゼントにクマのぬいぐるみ、テッドをもらうところから始まる。ジョンはすっかりテッドを気に入り、「君が本当におしゃべりできたらいいのに。そうしたら、ずっと友達でいられるのにな」と願う。ディズニー風のホンワカ展開に、優しげなナレーションも花を添える。「たった一つ確かなことは、少年の願いほど強いものはないということです[1]」。しかしこれは次のように続く。

「……ただし、アパッチ・ヘリコプターは別です。アパッチ・ヘリコプターはマシンガンとミサイルを搭載した、信じられないほど強力な兵器です。まさに完璧な “死の機械” と言えるでしょう[2]」

 英語版でのこのナレーションは絶妙で、とくに最後の「アブソリュート デスマシーン!(absolute death machine)」は必聴だ。この脈絡のなさが、この映画の本編を予告しているとも言える。この後、ジョンの願いがかなってテッドはひとりでに動き出し、2人は永遠に親友でいることを誓うが、それで「めでたし、めでたし」とはならない。

 ジョンがテッドとズッ友になれた日から27年後。中年になったジョンはレンタカー会社に勤めてはいるが、いまいち大人になりきれていない。ジョンを演じるマーク・ウォールバーグのとっちゃん坊やぶりが見事にハマっている。そしてテッドは、見た目こそ可愛いぬいぐるみのままだが、中身は完全なクズ男になっている。定職には就かないわ、マリ○ァナはやるわ、ジョンの家に勝手に女(しかも4人)を連れ込んでいろいろやらかすわ、典型的な「ダメな男友達」だ。面白いのは、テッドの見た目は幼少期とまったく同じなのに、声がおっさんになるだけでおっさんに見えてくるということだ。声の違いだけでこれほど印象が変わるものかと驚く。
 ジョンには恋人がいるが、テッドに振り回されるせいでうまくいかない。いよいよ彼女から「私とテッドのどっちが大事なの!?」と二択を突きつけられたジョンは、今度こそ彼女を優先すると約束する。しかし、彼女と訪れた重要なイベントの最中、テッドから電話がかかってくる。「今自宅でパーティをやってるからすぐ来い」というのだ。絶対に無理だと言って断るジョンに、テッドは次のように畳みかける。

「サム・ジョーンズが来てる」
「何だって?」
「サム・ジョーンズだよ! フラッシュ・ゴードンが来てるんだ!(Flash F***ing Gordon is here.)」

 「フラッシュ・ゴードン」というのは、1980年に公開された同名の映画『フラッシュ・ゴードン』の主人公で、イケメンの名フットボール選手が宇宙の悪の皇帝と戦って地球を救うという、子どもの夢を全部載せしたようなヒーローだ。「サム・ジョーンズ」は、同作でフラッシュを演じた俳優、サム・J・ジョーンズのこと。皆さんの何割がこの映画を見ているか分からないが、クイーンが歌う主題歌『フラッシュのテーマ』を聴いたことがある人はそれなりにいると思う。かつて『タモリ倶楽部』の名コーナー「空耳アワー」で、歌詞の一部が「フラッシュ! アァ~ 背広でユニットバス!(Savior of the universe=「宇宙を救う者」)」とか、「いっせーので笑わす!(He’ll save every one of us=「彼は私たちをみな救ってくれる」)」などとネタになっていた歌だが、紛れもない名曲だ。
 ちなみに私は中学生の頃に『フラッシュ・ゴードン』を見た。なぜか父が仕事帰りに、当時出始めていたばかりのレンタルビデオ屋で同作を借りてきたのだ。そのときにこのテーマ曲が気に入り、テレビでビデオを再生しながらラジカセをスピーカーに近づけるという古(いにしえ)の技術を駆使してテープに録音し、繰り返し聞いていた。当時は誰が歌っているかも知らず、クイーンの曲だと知ったのは大学に入ってからだ。

 で、『テッド』に話を戻すと、ジョンとテッドは少年期からこの映画を繰り返し見ており、フラッシュ・ゴードンから多くを学んできた。テッド曰く、「フラッシュ・ゴードンは俺たちの友情のシンボル」。フラッシュ・ゴードンの名を出されてついに陥落したジョンは、「30分だけ」という条件付きで、恋人を置き去りにしてテッド(とフラッシュ)の元へと向かってしまう。
 テッドの台詞にある「フラッシュ・ゴードンが来てる」という文は、ジョンに恋人との約束を破らせるパワーワードであると同時に、言語学的にもなかなか味わい深い。というのも、フラッシュ・ゴードン自体はフィクションの世界の人物なので、厳密に考えれば現実世界で行動を起こすことはできない。テッドの家に来ているのはフラッシュ・ゴードンを演じた俳優、サム・ジョーンズであり、フラッシュ・ゴードンそのものではない。しかし「フラッシュ・ゴードンが来てる」という言い方は普通にできる。私たちもふだん、「半沢直樹」で堺雅人さんを指したり、「杉下右京」で水谷豊さんを指したりなど、役名を使って「演じた人」に言及することがある。
 なぜこういうことができるかというと、私たちの言語には換喩(かんゆ:メトニミー)というものがあるからだ。換喩というのは、何かを言い表すときにそれをそのまま表現するのではなく、概念的に近いもので表現するという現象だ。たとえば、私たちは日本政府のことを「永田町」と呼ぶことがあるが、これは政府を「政府関連の建物が多い土地の名前」で指し示している。「モーツァルトを聴く」で「モーツァルトの曲を聴く」という意味を表したりする例も換喩だ。テッドの言う「フラッシュ・ゴードン」も、「フラッシュ・ゴードンを演じた人」を役名で言い表した換喩、と考えることが可能だ。
 ただし、こういう説明が必要になるのは、フィクションと現実の区別をきちんとつけている大人どうしの会話についてだ。ジョンとテッドの会話に関しては、「フラッシュ・ゴードン」は換喩ではなく、たぶん文字どおりにフラッシュ・ゴードンを表しているのだと思う。というのも、実際にテッドの家でサム・ジョーンズに会ったジョン(この出会いのシーンがまた最高!)は、開口一番「僕らを救ってくれてありがとう」と言うのだ。リップサービスで「どういたしまして」と言ったサムを見て、テッドも「うわぁ、認めたぞ!」と大興奮する。「フラッシュ・ゴードンが来てる」という文は、フィクションと現実の違いを認めたくないジョンとテッドの思いを端的に表現していると言える。

 フラッシュ・ゴードン関連のシーン以外にも見所は満載だ。テッドを付け狙う怪しげな親子のお父さんが自室で体をくねくねさせて踊るシーンは、何回見ても爆笑してしまう。前にYouTubeにこのシーンのクリップがアップされたときに「私にとってこのダンスシーンは映画史上もっとも面白いシーンの10位以内に入る」とコメントしている人がいたが、私も完全に同意する。
 これからこの映画を見る人には、事前に『フラッシュのテーマ』を聴いてから見ることをおすすめする。


[1] 原文は “Now if there's one thing you can be sure of, it's that nothing is more powerful than a young boy's wish.” 日本語訳は筆者による。

[2] 原文は “Except an Apache helicopter. An Apache helicopter has machine guns and missiles. It is an unbelievably impressive complement of weaponry, an absolute death machine.” 日本語訳は筆者。

川添 愛 (かわぞえ・あい)
言語学者、作家。九州大学文学部、同大学院ほかで理論言語学を専攻し博士号を取得。2008年、津田塾大学女性研究者支援センター特任准教授、12年から16年まで国立情報学研究所社会共有知研究センター特任准教授。著書に、『白と黒のとびら』『働きたくないイタチと言葉がわかるロボット』『ふだん使いの言語学』『言語学バーリ・トゥード』『世にもあいまいなことばの秘密』など多数。