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“母娘問題”隔月連続刊行のラストを飾る『さよなら、お母さん 墓守娘が決断する時』。山崎孝明氏による解説「宣伝と愛」を特別掲載!
臨床歴50年の臨床心理士・公認心理師として、家族にまつわる問題に向き合い続けてきた信田さよ子さん。朝日文庫では昨年10月より、信田さんが“母娘問題”を取り扱った文庫本を、隔月連続で刊行してきました。2月7日に発売となった『さよなら、お母さん 墓守娘が決断する時』は、その連続刊行のラストを飾る作品です。2011年に単行本が発売された本作は、文庫化にあたり新章「『DV加害者プログラムをとおして加害者について考える』」を加筆し、加害者臨床にも焦点をあてています。文庫版の刊行によせて、信田さんと同じく臨床心理士・公認心理師である山崎孝明さんによる解説「宣伝と愛」を特別掲載します。
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私は信田と同じ臨床心理士・公認心理師である。ふつうの言葉で言うとカウンセラーだ。本解説は、カウンセラーの後輩という立場から、本書と信田について解説することとする。
信田さよ子は、半世紀にわたってカウンセラーを生業としてきた、心理業界のレジェンドである。長年まともにカウンセリングの実践を続けながら(あえてこう書くのは、臨床心理士や公認心理師という肩書で物を書いているにもかかわらず、ろくに実践をしていない者も少なくないからだ)、数多くの著作を残してもいる。心理職の枠を超え、『現代思想』などに寄稿することも珍しくない。こんなカウンセラーは、歴史をたどっても信田以外には河合隼雄しかいないだろう(近年でいえば、東畑開人も含めてよいかもしれない)。信田はなぜ、こんなにも書いているのだろうか。
本書は、信田の母娘問題3部作(『母は不幸しか語らない』(『母・娘・祖母が共存するために』改題)『母が重くてたまらない』『さよなら、お母さん』)の文庫化の最後を飾るものである。それぞれ単行本の出版は2017年、2008年、2011年であった。つまり、この3部作のなかではじめに刊行されたのは『母が重くてたまらない』、通称「黄表紙」(表紙がビビッドな黄色であった)で、2008年のことである。本書はその3年後の2011年に出版された。
本書でも記されているように黄表紙は大きな反響を呼んだわけだが、信田は「とりたてて新しいことを書いたというつもりもなかった」ため、それを意外に思ったという。それはよくわかる。家族の中で展開される地獄絵図は、私たちカウンセラーにとっては当たり前に存在しているものだからだ。毎日毎日そういった話を聞いていると、それが耳目を引くような珍しい話だとは思わなくなる。一皮剥けば、どこの家庭にでもある話だと思うようになる。
だが、世間の黄表紙への反応は、私たちカウンセラーにとって当然の「家族の話」は、世の中の多くの人にとっては当然ではないのだ、と教えてくれる。本書を読み、「やっぱりカウンセリングに来るような人の家庭は変なんだ」と考えるか、「実は家庭の中ではそうしたことがふつうに起こっているのかもしれない」と考えるかで、道は大きく分かれる。
人はみな、自分の見える狭い観測範囲をもって世界を理解した気になりがちである(カウンセラーも同様である)。幸福なことに、自らの家庭がDVや虐待、世代間の境界の侵犯などと無縁であったり、近しい人にもそのようなことがなかったりすれば、本書を縁遠い世界のものだと受け取るのは十分ありうることだろう。その場合、本書は娯楽小説として、「こんなひどい家庭があるんだな、それに比べて自分の家庭は恵まれているな」と自己肯定のための素材として消費される運命にあるのかもしれない。そうして「あちら側」と「こちら側」の間の壁は厚くなっていく。「あちら側」に追いやられることで、墓守娘の周囲から酸素が奪われ、呼吸が苦しくなっていくのは本書に描かれている通りである。
ならばカウンセラーは、私たちがクライアントから聞いた事実を世の中に訴え、社会の空気をこそ変えていかねばならない。それこそが、目の前の墓守娘を、そして私たちの前には姿を現さなくとも市井にあまた暮らしている墓守娘を救うことになるからだ。だが実際には、黄表紙や本書は、当時画期的であった。それは、多くのカウンセラーが本書に記されているような話をあまた聞いていたのにもかかわらず、信田以外のカウンセラーによって書かれることはなかったということを示している。なぜ、カウンセラーたちは書かなかったのだろうか。
歴史的に、カウンセラーは宣伝活動を控えてきた。カウンセラーは、いわゆる「人の不幸を飯の種にする」仕事である。だから宣伝をすることは「あなたの不幸で私を潤わせてください」というメッセージになりかねない。外部にそういった印象を与えるのはイメージ戦略として都合がよくないのはもちろんのこと、カウンセラー自身、わざわざ「苦しんでいる人の役に立ちたい」と思ってその職を志すわけで、自分を「善意の人」だと思いたいという事情もある。儲けるために「苦しんでいる人」から金を取っているという事実を直視することに心理的抵抗を覚えることは容易に想像できる。
さらに、心の問題は身体の問題と異なり目に見えないし、痛覚を生じさせることもない。ゆえに心の痛みは見て見ぬふりをすることが可能である。そうであるならば、本書のように、読者の蒙を啓いて、わざわざ「自分は被害者なのだ」という認識を与えることは余計なお世話なのかもしれない。単にカウンセラーが収入を得るために、不幸を捏造しているだけなのかもしれない――自分のしている仕事がクライアントの役に立っているという手応えがないと、そう思いかねない。そんなふうに思っていれば、カウンセリングを宣伝することはやはりためらわれるだろう。結果、長くカウンセラーは宣伝をしなかった。
そんな中、信田は書いた。異端だった。信田はそれを、「原宿カウンセリングセンターの集客のため」と言って憚らない。当たり前だ。原宿カウンセリングセンターは、非営利組織ではない。国からの補助金が入っているわけでもない。クライアントから支払われる料金だけで多くのスタッフの給与が賄われている。稼がなければならない。自分たちのためだけではない。そうしなければセンターは潰れ、クライアントは路頭に迷ってしまう。
そんな当然のことが、なぜかまかり通らない。心理業界にも同調圧力がある。出る杭は打たれる。周りと違うことをしていると陰口を叩かれる。本が売れたりした日には、「あいつは金のためにクライアントを食い物にしている」と言われる。「売れっ子」の信田は、そうした批判という仮面をかぶったやっかみに多く晒されてきたはずだ。
それでも、信田は書いた。書き続けた。私はそこに集客以外の動機を見てしまう。たしかに初期は集客のためだったかもしれない。だが今や、信田の名も、原宿カウンセリングセンターの名も、少なくともクライアント内や業界内では一定の評価を得ている。それに、信田は現在、現役のカウンセラーを退き、原宿カウンセリングセンターの顧問となっている。それでも信田は変わらず書き続けている。その動機を集客だけでは説明できないだろう。
では、彼女を書かせているものは何か。使命感だろう、と私は思う。信田の多くの著作の中で、それがもっとも色濃く反映されているのが本書である。信田自身、黄表紙を執筆した際には墓守娘の母親が変わることを諦めていた、しかしそれではまずいと思い直し本書を著したと述べている。「こんな私の悲壮な決意は、読者である多くの女性(墓守娘、という意味だろう)からの後押しで生まれた」。これを使命感と呼ばずして、なんと呼ぼう。
カウンセラーは、書かなかった。だが信田は、書いた。墓守娘が少しでも息をしやすくなるように、不都合な真実を社会に突きつけ続けた。いくら信田が否定しても、ここに使命感を見ないのは難しい。
信田は知を重視するカウンセラーである。情に訴えることをしない。情の無力を知っているからだ。情ではなく、知が人や世界を変える。そう各所で記している。だが珍しく、本書では信田の情が、墓守娘への(信田はこの言葉を嫌うだろうが)「愛」が、顔を覗かせているように思う。信田は自身が女性であることを前面に出すことを峻拒する書き手である。しかしここでは先を行く女性として、墓守娘に、そしてその母親に語りかけている姿を隠さない。それは、彼女の、墓守娘やその母親への「愛」に他ならない。
信田の目線は、常にクライアントの方を向いている。だから彼女は書き続けた。そうした信田の姿勢こそ、カウンセラーとしてあるべきものだ。カウンセラーの後輩として、私はそう思う。執筆は、単なる宣伝ではなく、まだ見ぬクライアントを援助する最良の手段だ。だから私も、信田の使命感と愛を受け継ぎ、宣伝と援助が一緒くたになった執筆という活動を、今後も続けることとする。