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「俺にはどうも母親ってのが理解できねえんだよな。腑に落ちないことが多々ある」――中山七里「特殊清掃人」第4回
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「俺にはどうも母親ってのが理解できねえんだよな。腑に落ちないことが多々ある」――中山七里「特殊清掃人」第4回

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秋廣香澄は半年前に〈エンドクリーナー〉に転職したばかり。特殊清掃の仕事には、未だ慣れない。30代の女性が孤独死した部屋の清掃依頼があり、その女性の母親が事務所にやってきた。

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 翌日、〈エンドクリーナー〉の事務所に来客があった。

せきぐちの母親でと申します」

 昨日のうちにが連絡をつけ本日の訪問となった次第だ。事務所に応接室などという立派なものはなく空いている椅子に座ってもらうしかない。

 関口弥代栄は上背が高く、事務所の椅子がいかにも窮屈そうだった。

「麻梨奈の件ではご迷惑をおかけします」

「いや、迷惑だなんてとんでもない。ウチは商売でやってますから、お気になさらず」

 五百旗頭は相変わらずの人当たりのよさを発揮する。

「大家さんにはお伝えしましたが、ハウスクリーニングの費用はわたしが用意させていただきます」

「見積りの金額については大家さんからお聞きになっていますか」

「はい。こちらの条件さえ整えていただければ」

「娘さんが『片付いた清潔な部屋で眠るように死んでいたように』、とのことでしたね。関口さんは、もう警察から麻梨奈さんが亡くなられていた状況をお訊きですか」

「正直、戸惑っています」

 俯き加減でいるため、弥代栄の表情はよく分からない。

「ウチは水戸にありまして、麻梨奈は高校を卒業するまでわたしたちと一緒に暮らしていたんです」

「今回、ご主人は同行されていないのですね」

「主人は十四年前、麻梨奈の高校卒業の年に亡くなりました。麻梨奈が東京の大学に進学したので、以来水戸の実家にはわたし一人で住んでいます」

「女手一つで娘さん一人、大学まで卒業させたのはご立派です」

「夫の死亡保険金で学費は賄えたんです。麻梨奈はわたしが手塩に掛けて育てた娘ですから、大学はちゃんと卒業させたかったんです。本当は結婚するまで手元に置いておきたかったんですけど、都内に就職してしまったもので」

 弥代栄は未練たらたらといった口ぶりだった。実家住まいであったのなら部屋にゴミは溜まらず、脳梗塞で急死することもなかったと言いたいのだろう。

「手塩に掛けただけあって麻梨奈は本当にいい娘に育ちました。部屋はいつも整理整頓されて身なりもきちんとしていました。あの娘が上下のジャージを着ているのを見たことがありません。入社したディーラーさんでも可愛がってもらい、職場の人間関係も良好だと言っていました。それが」

 いったん言葉が途切れ、弥代栄は感情の表出を堪えるように押し黙る。

「……それがいつの間にか会社を辞めてしまうし、部屋に引き籠ってゴミ屋敷にしてしまうし」

「帰省した際に、そういう話は一切出なかったのですか」

「大学生の頃はバイトが忙しくて休みが取れないとかで一度も帰省しませんでした。社会人になってからも大晦日から正月まで二日間いるだけで、膝を突き合わせて話すような機会がなかったんです」

「警察の話ではお付き合いのある男性がいたようですよ」

「そんな浮いた話、ただのひと言も聞いていません。本当ですか」

「さあ、こちらは警察からの又聞きなので」

「そういう相手ができたなら、すぐに報告しなさいと言い聞かせてあります。きっと何かの間違いです」

 変だな。

 話の途中からすみは違和感を抱き始めた。ただし違和感の正体は考えても分からない。

 五百旗頭はと見ると、特に疑問に思わないのか人懐っこい笑顔のまま会話を続けている。

「関口さんは娘さんを信用なさっていたんですなあ」

「それはもう。麻梨奈のことは何でも知っています。あの娘もわたしには何でも相談してくれましたからね」

「さぞかし仲がよろしかったんでしょうねえ」

「ええ。わたしたち、一卵性母娘と言われるくらい仲がよかったんです」

 ふっと弥代栄の声が柔和になる。

「夫の仕事は出張が多くて、あの娘が幼稚園の頃から家では二人きりでした。父親がいても半分母子家庭みたいなものです。だから情緒教育、身だしなみ、生活態度をわたしが一から教えました」

「父親役兼任ですか。大変だったでしょう」

「一人娘ですからね。その甲斐あって、麻梨奈は小さい頃から優等生でした。学業も申し分なく、生徒会長に何度も選ばれたくらいです」

「それはそれは」

「別にわたしが枠に嵌め込んだ訳じゃなく、麻梨奈が自主的にやったことなんです。わたしはそれが嬉しくて嬉しくて」

 母親が人前で自分の子どもを褒めることは多くない。だが弥代栄は麻梨奈を誉めそやして恥じるところがない。いや、普通は娘が死んでしまったらむしろ感じ入る場面か。

「いつも一緒でした。入学式や卒業式、人生の岐路にはずっとわたしが立ち会って、ともに喜び合いました。だから一人きりで死んでいった麻梨奈が不憫で不憫で」

「部屋を徹底的に片づけて綺麗にする、というのは別段難しいことじゃありません。大家さんさえ秘密にしてくれれば問題はないでしょう」

「大家さんは、娘が病死した事実以外は一切黙っていてくれるそうです」
 当然だろうと思った。ただでさえ入居者の孤独死は物件相場の一割減をもたらす。それ以上に悪印象を与えるような真似をするはずがない。

「ウチはハウスクリーニングだけではなく、供養や遺品整理も行っています。部屋のクローゼットの中には麻梨奈さんの衣服が残っているようです。清掃の途中で、衣服以外の遺品も出てくるでしょう。お引き取りになりますよね」

「いいえ、結構です」

 弥代栄は初めて顔を上げた。香澄は改めて彼女を観察する。

 失礼は承知で田舎臭い女だと思った。化粧が野暮ったいせいで着ているものまで野暮ったく見える。背が高いので尚更だった。襟につけたブローチも地味過ぎて、まるで何かの会員証に見える。

「お骨はもうあります。これ以上に大事な遺品はないでしょう」

「それはそうですが、思い出の品が部屋に残っていたらどうしますか」

「思い出になる品なら実家に沢山あります。クローゼットの中にあるのは、あの娘がこちらで買ったものでしょう。わたしには不要なものです。申し訳ありませんが、おたくで処分してください」

「承知しました」

「では早速今日から始めてください」

 伝えるべき事項は全て伝えたとばかり、弥代栄は席を立つ。頭を一つ下げて、さっさと事務所を出ていった。

「うーん」

 彼女の後ろ姿を見ながら五百旗頭は小さく唸った。

あきひろちゃん。今のどう思う」

「お母さんの反応ですか。まだ子離れができていないように見えました。一卵性母娘と言われるほど仲がよかったと仰ってましたけど、言い方を変えたらそれだけ依存性が強かったということになります」

「そうかい」

「五百旗頭さんの意見は違うんですか」

「依存性が強いんなら、娘の遺品は一切合財引き取りたいってのが普通じゃねえのかな」

「だからですね、麻梨奈さん本人が亡くなったので依存する必要もなくなったんですよ」

「そんなものかねえ」

 五百旗頭はまだ何か言いたげに頭を掻く。

「俺にはどうも母親ってのが理解できねえんだよな。腑に落ちないことが多々ある」

「どこが腑に落ちないんですか」

 だが五百旗頭は碌に返事もせず、事務所から出ていった。

前回(第3回)                                                                        次回(第5回)

※毎週金曜日に最新話を公開予定です。


中山七里さんの朝日新聞出版からの既刊


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