ロイヤルホストで夜まで語りたい・第12回「ロマンスのインフラ」(柚木麻子)
ロマンスのインフラ
柚木麻子
私は昔から、なんの説明もなく、目的も見えない、不思議なお金や時間のかけられ方をしているものや場所が大好きである。
例えば、やけにファンシーでキラキラした雑貨ばかり並ぶのに客が全く来ない商店街のマダム向け雑貨ショップ。屋内の商業施設の天使やビーナスの像が見下ろす川やプール。アーケード街に突如現れる、どの店の所属かよくわからない、ガラスケースの中に飾られた造花や地元民のものらしいクラフト。民家の庭に通行人向きに置かれた陶器のウサギや小人もそうだし、そういうタイプの家がクリスマスになると赤や緑の電飾で外壁を飾るのを応援している。ブルボンのお菓子のフォントやデザイン、特にアルフォートのチョコに浮かび上がる立派な船がいい。別に船でなくても味は変わらないのに、あの海風を受けて帆がはためいているところまで食べ物で表現しようと決めたのは、誰なんだろう。映像だと、少し前に児玉清さんや井上順さんが、若い人気者ばかりのテレビドラマに出演していた頃、彼らの周囲にだけ不思議にゆったりした空気が流れているのが好きだった。そうそう、「徹子の部屋」のスタジオセットの中で、開いている出窓から、いつも草原が見えているのを私は愛している。
こういうのを、なんて名前をつけたらいいんだろう。別に頑張らなくて済むところを全力で丁寧にやる(井上順さんや児玉清さんの出演していたドラマが手抜きしていい種類のものだったといいたいのではない)。当たり前に万人に開かれているところで繰り出される高いスキルとサービス。溢れ出る美意識、魂のエレガンス、贅沢さ、あとほんのちょっぴりのおかしみ――。あまりにも惜しみなく無料だったりするので、いつの間にか当たり前みたいになってしまうそれらを、私はロマンスのインフラと名付けたい。格差と不景気でロマンスのインフラが減りつつある、この国の最後の砦がロイヤルホストだと思っている。
ロイヤルホストはサービス、味、インテリア、季節ごとに変わる造花のディスプレイまで全力だ。全力すぎて、現実のこととは思えない白昼夢みたいな瞬間が多々ある。食事をするだけでロマンスのインフラをむせるほど浴びられて、この間、メロンを丸ごと使ったパフェを食べていたら、しばし恍惚としてしまい、席を立てなくなってしまった。
このロイヤルホストのやや浮世離れしているとも言えるエレガンスを支えるのが、あの優雅な、時間によって変わるBGMだと思っている。まあまあ知られていることだが、日本を代表する作曲家の一人、大野雄二が担当している。大野雄二、それこそ、ロマンスのインフラの王様みたいなクリエーターだ。「ルパン三世」のテーマはもちろん、ドラマ「パパと呼ばないで」でも「雑居時代」でも、雄二の曲が流れると、なんとも言えない洒脱で豊かなムードが立ち込め、身体中に生きる喜びが行き渡り、走り出したくなる。あくまでもメジャーな場所で一線を張り続けるのも、いかにもロイホ的だ。大野雄二とロイホはあまりにも親和性が高いが、一体どのような経緯を経て、二つが結びついたのだろうか。
今回、調べてみると、以下のことが判明した。
この内容によると、冨永真理氏と大野雄二が知り合いだったということはなさそうで、完全にインスピレーションで依頼したような感じが見受けられる。小栗旬主演の実写版「ルパン三世」のテーマは「多忙」を理由に断ったのに、ファミレスのBGMは引き受けて全力で仕上げる大野雄二。その見極めに、ものすごくロマンスのインフラみを感じる。
私も至らないながらも、ロマンスのインフラを担えるような作家になりたいと思っているので、せっせとロイヤルホストに通い、BGMも味もサービスも、この身体に叩き込んで、呼吸として身につけたいと思うのである。
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