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朝日新聞出版の文芸書

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書評や文庫解説、インタビューや対談、試し読みなど、朝日新聞出版の文芸書にかかわる記事をすべてまとめています。
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#朝日文庫

多くの苦しむ女性に支持されたあのロングセラーが待望の文庫化!『母が重くてたまらない 墓守娘の嘆き』三宅香帆氏による解説を特別掲載!

 信田さよ子の達成とは何だったのか。母娘問題やDVやアディクション(嗜癖)問題を扱う臨床心理士の第一人者であり、日本一本を精力的に出版している日本公認心理師協会の会長であり、さらにいまもカウンセラーとして臨床の場に立ち続けている。そういった達成は知られている。もちろん私も知っている。それでもなお、言いたい。信田さよ子の達成とは、日本の母娘問題に「夫」の姿を引っ張り出したことである。私はそう考えている。  本書は春秋社から2008年に刊行された。臨床心理士の信田さんが、カウン

\これぞ伊坂幸太郎の集大成/「そうだ、こういうのが読みたかったんだ、と思った。」/大矢博子さんによる『ペッパーズ・ゴースト』文庫解説を特別公開!

※解説は本作のストーリー展開に少々触れている箇所がございます。ご注意下さい。  2020年に新型コロナウィルスが世界を襲ってからというもの、最初の半年は混乱の中に放り込まれ、次の1年は次々更新される情報と新しい生活様式になんとかついていこうと頑張り、そして2021年の秋には、私たちはすっかり疲れ果てていた。  そんな時に刊行されたのが本書『ペッパーズ・ゴースト』である。  飛沫感染で未来が見える超能力……?  それまでの人生でほとんど使ったことがなかった「飛沫感染」と

「え?続きを書くんですか?正気ですか?」石川智健さんが『アクトアップ 警視庁暴力班』刊行記念エッセイで明かした続編執筆裏話

■暴力が解決するとは言わないが 「え? 続きを書くんですか? 正気ですか?」  担当編集者のK氏から続編を打診されて、正直なところ驚きを隠せなかった。まさか、『警視庁暴力班』の続編を書くことになるとは、夢にも思わなかった。  1作目の『警視庁暴力班』はその名のとおり、警視庁の刑事が暴力に依って事件を解決するという筋だ。この説明を書いていて、元も子もないと思ったが、そう説明するしかない。  僕がこれまで上梓してきた小説は、緻密に計算したミステリー作品が多く、個人的にそれ

伊坂幸太郎『ペッパーズ・ゴースト』(朝日文庫)をマンガで試し読み!

 本作の「ためしよみ」が贅沢にマンガで読めます。ぜひ『ペッパーズ・ゴースト』の世界をマンガで体験してみてください! 【『ペッパーズ・ゴースト』特設サイト】 https://publications.asahi.com/feature/peppers_ghost/ 『ペッパーズ・ゴースト』(朝日文庫) 著者:伊坂幸太郎 発売日:2024年1

「コスパ」「タイパ」の時代に『斎藤家の核弾頭』(篠田節子・著)を読む/ブレイディみかこさんによる解説を特別掲載!

 過去のある時点から未来を想像して描いた小説を読んで、「マジすごいんですよ、この本に書かれた通りになっているから」みたいな感想を書くのはいかにもありがちで、芸がない。  だから、できればそのようなことは書きたくない。違う切り口を見つけなければと血眼になって本作を読んでいたが(考えてみれば、解説を書くとか、推薦文を書くとかいう目的があって小説を読むのは、なんともさもしい、侘しい行為である)、しかしもう、わたしは諦めるしかなかった。芸がどうとか言っていられないぐらい、本作に書か

「タイパ」「コスパ」を予見? 27年前の小説『斎藤家の核弾頭』に描かれた未来/ブレイディみかこさん

 篠田節子さんが1997年に発表したディストピア小説『斎藤家の核弾頭』を読んだ。舞台は2075年の日本だが、ここに描かれた日本の設定が凄い。 「故なき差別」は悪だが、「理由ある区別」は社会のために必要とされ、国家主義カースト制が敷かれている。特A級のエリート男性は何人子どもをつくってもよく、B級以下は人数制限があり、最下級では一人子どもができると去勢される。女性は特A級男性と結婚し、たくさん子どもを産むのが最高の出世だ。働いて自立する女性は下層の女と呼ばれ、結婚や出産を拒む

一冊完結のはずが…「編集K氏が、乗せるのがとても上手なのだ」/時代小説の旗手・佐々木裕一さんが明かす「斬! 江戸の用心棒」シリーズ化裏話

読む時代劇 昭和の時代劇スターに魅了されて『斬! 江戸の用心棒』という題名を見ると、昭和スターによる時代劇を連想される読者が多いかと思う。まさに私は、スターが出てくるような読む時代劇を書きたかった。 『斬! 江戸の用心棒』は当初、仇討ち物として、1冊で完結するつもりで書かせていただいた。ところが、出版した時には、シリーズになっていた。編集K氏が、乗せるのがとても上手なのだ。会えば、書きます、と言ってしまう。それでも、スケジュールの関係で2巻までは5年も間が空いてしまった。そ

遊郭独特の慣習を見事に取り入れた時代ミステリー『吉原面番所手控』/戸田義長さん刊行記念エッセイ公開!

川柳から見た遊女たち 拙著『吉原面番所手控』は私の4冊目の著書で、これまで商業出版された作品はすべて時代ミステリとなっています。かつて現代ミステリを公募新人賞に何度か投稿したこともありますが、いずれもあえなく落選しました。  それゆえ目先を変えて時代ミステリに転向したというわけでもないのですが、ジャン=クリストフ・グランジェ著『クリムゾン・リバー』を読んだことが大きな切っ掛けとなったことは間違いありません。グランジェが割合あっさりと流しているあるネタについて「この使い方は勿

\今年も開催!/朝日文庫「秋の時代小説フェア」ラインナップを紹介します!

〈新刊〉■北原亞以子『夜の明けるまで 深川澪通り木戸番小屋』  木戸番夫婦のもとには、さまざまな事情を抱えた人々が訪れる。無鉄砲な女友達に振り回されるおもよ(「女のしごと」)、かつて身勝手な理由で捨てた妾腹の娘を取り戻そうとする駒右衛門(「絆」)。江戸の片隅でたくましく生きる庶民を描いた傑作短編8編。《解説・末國善己》 ■佐々木裕一『遥かな絆 斬! 江戸の用心棒』  諸国放浪から江戸に戻って3年。市井の暮らしに馴染んだ真十郎は、身寄りのない五人姉妹の用心棒を引き受けた。

【いまこそ読みたい!不朽の名作】吉川英治文学賞受賞の傑作短編集、待望の復刊/北原亞以子著『夜の明けるまで 深川澪通り木戸番小屋』末國善己さんによる文庫解説を公開

 江戸の市中には、警備を容易にするため町の境界に木戸があった。木戸は夜四つ(午後10時頃)に閉じられ、それ以降に木戸を抜けるには、(町医者と産婆を除いて)木戸番がチェックをした後に、木戸の横に作られた潜戸を通っていたという。  犯罪が起こると、木戸を閉じて捕物に協力する木戸番は、町を火事と犯罪から守っていたが、少ない予算で運営されていたため、屈強な若者ではなく安い給料で働いてくれる老夫婦が雇われることが多かった。給料が少ない代わりに、木戸番は番小屋での商売が認められていて、

母娘問題の第一人者による力作『母は不幸しか語らない 母・娘・祖母の共存』/水上文氏による解説を特別掲載!

 私たちは親と共存することができるのだろうか?  親の加害性を告発する言説の洪水を見ると、時に私はそんな風に問いかけたくなってしまうことがある。  告発の言葉は増えた。もう、親からの加害を子どもの立場から告発しその長く続く悪影響を表現する「毒親」という言葉だけではない。ただ格差ばかりが拡大していく現代では、平等なレースなんてどこにもないことを誰もが知っている。そして「親ガチャ」という言葉も広まった。どんな親のもとに生まれるかは選ぶことができないという偶然性を強調し、親とガ

【試し読み】「学校で友達を作る厄介さ」漫画家・コラムニストのカレー沢薫さん『女って何だ? コミュ障の私が考えてみた』<第1回>

学校で友達を作る厄介さ 〈社会人より、明らかに学生時代の方がキツい〉卒業までの契約で、お互い 友達役のサクラをやっているようなもの。  当コラムでは何度も、「大人になると、友達がいなくて困ることが学生時代に比べて格段に減る」と主張してきた。これは逆に言うと、「学生時代は厳しかった」ということだ。  よく、「社会人になれば学生時代がどれだけ楽だったかわかる」と言われるが、友人関係に限定すると、明らかに学生時代の方がキツい。  社会人というぬるま湯に浸かりきった今の身体で、

孤高にして偏狭な江戸随一の戯作者を描いた、杉本苑子さんの歴史巨篇『滝沢馬琴』/文芸評論家・細谷正充さんによる文庫解説を公開

 歴史小説には、主人公である実在人物の名前をタイトルにした作品が、少なからずある。吉川英治の『宮本武蔵』、山岡荘八の『徳川家康』、北方謙三の『楠木正成』、宮城谷昌光の『諸葛亮』などなど、過去から現在まで、物語の主人公である実在人物の名前を、ドンとタイトルにした作品が、連綿と書かれているのだ。  では、なぜ歴史小説に、このような人名タイトルがあるのだろうか。大きな理由は、読者の興味を強く惹けることだ。名前を見ただけで、どのような人物かある程度は分かる。その人物をどのように料理

人を殺める道具であるはずの刀に魅いられる心理を細やかに描き分ける/山本兼一著『黄金の太刀』清原康正氏による解説を特別掲載!

 山本兼一は日本刀が持つ魅力を物語の中で存分に表現し得る作家である。江戸時代前期の刀鍛冶・虎徹の情熱と創意工夫、波瀾と葛藤のさまをたどった長編『いっしん虎徹』、幕末期に四谷正宗と称賛された名刀工「山浦環正行 源清麿」の鍛刀に魅せられた生涯を描き上げた長編『おれは清麿』、幕末期の京都で道具屋を営む若夫婦の京商人としての心意気を描いた連作シリーズ「とびきり屋見立て帖」の『千両花嫁』などには、日本刀に関する情報が満載されており、熱い鉄を打つ鎚の音、燃え上がる炎、飛び散る火花の強さな