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朝日新聞出版の文芸書

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書評や文庫解説、インタビューや対談、試し読みなど、朝日新聞出版の文芸書にかかわる記事をすべてまとめています。
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#時代小説

【今年も開催!朝日文庫の秋の時代小説フェア】ラインナップを一挙公開!

■朝井まかて『グッドバイ』  長崎の油商・大浦屋の女あるじ、お希以──のちの大浦慶。黒船来航騒ぎで世情が揺れる中、無鉄砲にも異国との茶葉交易に乗り出し、一度は巨富を築くが、その先に大きな陥穽が待ち受けていた──。実在の商人・大浦慶の生涯を円熟の名手が描いた、傑作歴史小説。 ■伊東潤『江戸を造った男』  明暦の大火の折に材木占買で財を成した商人・七兵衛(河村瑞賢)は、海運航路整備・治水・潅漑・鉱山採掘などの幕府事業を手がけ、その知恵と胆力で難題を解決していく。新井白石をし

徳川家康と毛利輝元の視点で、東西両軍の虚々実々の駆け引きをリアルに描く、伊東潤著『天下大乱』/文芸評論家・高橋敏夫さんによる書評を特別公開!

■「静謐(平和)」を求める常識転倒の巨篇  すぐれた歴史時代小説の醍醐味は、なんといってもまず人と出来事をめぐる常識の転倒にある。  5年、50年ではない。150年、ときには500年をこえる時間の中で形成され現在にいたる、部厚く堅固な常識がゆさぶられ、そこから新たな人と出来事が出現する。  伊東潤の最新刊『天下大乱』は、「天下分け目の決戦」とみなされてきた関ヶ原の戦いをめぐる、いくつもの常識転倒の物語にして、「天下の静謐(平和)」への人びとの希求が執拗なまでに束ねられた大作

歴史好きほど驚く! 伊東潤さんが『天下大乱』で覆したかつてない“関ヶ原”/末國善己さんによる書評を特別公開

 徳川家康が勝利し、天下人としての地位を決定的にした関ヶ原の戦いは、司馬遼太郎『関ヶ原』など何人もの作家が取り上げてきた。その多くは、家康が率いる東軍と石田三成を中心にした西軍の戦いだったとするが、常に最新の歴史研究を使って斬新な物語を作っている伊東潤の新作は、家康と毛利輝元の対立を軸にしている。  大軍がぶつかる合戦は通常、終結まで数カ月以上かかっていたが、関ヶ原の戦いは、家康の巧みな戦略でわずか半日で決着したとされる。ただ家康の勝利は薄氷を踏むようなものだったともいわれ

葉室麟さん最後の長編歴史小説『星と龍』が待望の文庫化! 東京大学史料編纂所・本郷和人教授による文庫版解説を特別公開

 戦前、楠木正成と後醍醐天皇は、日本史で五指に入るヒーローであった。とくに楠木正成は水戸学がその生涯を賞揚したから、水戸学に強い影響を受けた幕末の志士、明治の元勲たちは「われ楠木正成たらん」と願った。実証的な研究が不足していた時代であるからかえって、1人1人が「おれの楠木正成」像を作り上げ、行動の指針としたのである。  それでも明治初年には、議論があり得た。福沢諭吉は『学問のすゝめ』で一身独立して一国独立す、国民1人1人が学問して覚醒し、それを基礎として国家が自立することこ

【今年も開催!朝日文庫の秋の時代小説フェア】ラインナップを一挙公開!

<新刊>■朝井まかて『グッドバイ』  長崎の油商・大浦屋の女あるじ、お希以──のちの大浦慶。黒船来航騒ぎで世情が揺れる中、無鉄砲にも異国との茶葉交易に乗り出し、一度は巨富を築くが、その先に大きな陥穽が待ち受けていた──。実在の商人・大浦慶の生涯を円熟の名手が描いた、傑作歴史小説。 ■葉室麟『星と龍』  悪党と呼ばれる一族に生まれた楠木正成の信条は正義。近隣の諸将を討伐した正成は後醍醐天皇の信頼を得ていくが、自ら理想とする世の中と現実との隔たりに困惑し……。著者最後となっ

歴史好きにも難解な平安末期を伊東潤氏が“平清盛”を通して描く『平清盛と平家政権』。歴史ライター・西股総生氏による文庫解説を特別公開

 伊東潤氏は、恰幅のよい作家である。  いや、何もルックスのことを言っているのではない。氏の小説は、古代から近世に至るさまざまな時代に題材を取り、また、本書のような史論や紀行物も多い。書くものの幅が広いのだ。  こうした「幅の広さ」を支えているのが、旺盛なリサーチ力であり、何より氏のあくなき好奇心であることは、作品を読めば直ちに理解されるところであろう。  また、一般には知られていないような人物や、細かな事件を掘り起こして題材とした作品もあるが、主役級の有名な人物を、正面から

【シリーズ最高傑作】北原亞以子さんの幻の名作長編が初の文庫化!『雪の夜のあと 慶次郎縁側日記』大矢博子氏による文庫解説を公開

   <本書が原作>     時代劇セレクション「慶次郎縁側日記2」(主演:高橋英樹)     NHK総合 毎週水曜日 午後3時10分~ 2022年8月放送予定     ※放送は変更になることがあります。  朝日文庫による「慶次郎縁側日記」シリーズ復刊企画、第3弾である。  ――と簡単に書いたが、実はこの『雪の夜のあと』の復刊は多くのファンが熱望していた、まさに快挙と言っていい出来事なのだ。私も復刊3作目が『雪の夜のあと』と聞いて思わず「ほんとうに?」と訊き返してしまったほ

【待望のシリーズ復刊】北原亞以子による人情時代小説の金字塔『傷 慶次郎縁側日記』 菊池仁氏の文庫解説を特別公開!

    <本書が原作>     時代劇セレクション「慶次郎縁側日記」(主演:高橋英樹)     NHK総合 毎週水曜日 午後3時10分から放送中     ※放送予定は変更になることがあります。  シリーズものとしては、池波正太郎「鬼平犯科帳」と比肩しうる面白さと人気を博した北原亞以子「慶次郎縁側日記」の待望の再刊が始まる。本書はその記念すべき第1巻である。  作者は重い病で病床にありながらも、旺盛な筆力を示していたが、2013年に75歳で急逝した。まずプロフィールを紹介す

宇江佐真理が描いた“男装のおんな通詞”激動の生涯『お柳、一途 アラミスと呼ばれた女』高橋敏夫氏による文庫解説を公開!

激動する時代に、人の思いと生き方の一途さを問う 「お柳、一途」とは、なんともすばらしいタイトルだ。  主人公であるお柳(後に通詞の田所柳太郎で愛称アラミス)のつよく変わらぬ思いと、ひたむきな生き方をみごとに凝縮した言葉なのはもちろんだが、それにとどまらない。  お柳が「一途」なら、お柳と思いを交わすもう一人の主人公、榎本釜次郎(榎本武揚)の思いと生き方も一途である。お柳の父でオランダ通詞(通訳)の平兵衛や、お柳の友でキリシタンのお玉も一途である。  また、釜次郎をとり

【垣根涼介著『涅槃』(上・下)書評】負けないための「弱者の戦略」

 宇喜多直家という戦国武将の名前に聞き覚えがある人は、なかなかの歴史通だろう。備前国でのし上がり、裏切りを辞さない奸雄として語られてきた。 『涅槃』は、その武将に新たな光を当てる長編だ。宇喜多家の嫡男として生まれ、幼くして居城から追われた八郎(後の直家)は、備前の豪商の家で暮らし、その後は仇敵の元に出仕するまで尼寺で過ごした。人格形成の時期に特異な環境に身を置いたことで、直家は「利を求める」という、武将らしくない感性を育んでいく。  武門の家に生まれた以上、武士であること