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朝日新聞出版の文芸書

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書評や文庫解説、インタビューや対談、試し読みなど、朝日新聞出版の文芸書にかかわる記事をすべてまとめています。
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#小説トリッパー

「小説についてはいつも孤独という言葉で考えています」/町屋良平さんによる江國香織インタビューを特別公開!

言葉の要請から物語が生まれる■街そのものを描くということ 町屋:江國さんの作品を読んだのは『冷静と情熱のあいだ』が最初で、実はそれが私の文学体験のほとんど原点に近いものでした。もちろんそこに書かれている世界は高校生の私には経験したことのないものだったのですが、読み終わったあとにグッと引き込まれていた自分に気づき、しばらく興奮を抑えられなかったのを覚えています。どんどん日本の小説を読めるようになったのは、それからでした。以来、江國さんの小説をずっと好きで読んできた人間の個人的

「私は、もっと自らのおろかさを突き詰めた長井短の小説が読んでみたい」小説家・年森瑛さんによる『私は元気がありません』書評

他者を物語るということ  小説を書くことは、この上なく孤独な作業だ。  寂しさに耐えかねた私は、同じく兼業作家のサハラさんと毎週末に作業通話をするようになった。一人称って難しくないですか、下手こくと「俺の名前は江戸川コナン、探偵さ!」状態になりますし、作家の腕が如実に出ますよね、みたいな話をしている。そこで思い返してみると、『私は元気がありません』の一人称は上手かった。これは長井短による初の小説集で、全三篇が収録されている。独特のバイブスがある文体で、舌に乗せたくなるよう

春季号は創作が3本に、第10回林芙美子文学賞受賞作&選評掲載! 江國香織さんインタビューも。〈「小説TRIPPER」2024年春季号ラインナップ紹介〉

◆創作奥泉光 「印地打ち」  旅先で公民館に集う年寄りから、その昔の石合戦、印地打ちの話を聞いた。山岳に住み石礫を飛ばして、動く標的を射止める。武田信玄、真田昌幸の戦にも登場しながら、武将の軍団に組み込まれることを拒み、戦国の世に幻と消えた山の民が、現代に問いかけるものとは? アジア・太平洋戦争から歴史の舞台を遡って、著者の新境地。 志川節子 「昔日の光」  4年前に女房を亡くした幸右衛門は、息子に家業の大家を継がせたものの、何かと口を出すので煙たがられている。かつて水

玄侑さんという人は、本当に怖ろしい/玄侑宗久著『桃太郎のユーウツ』道尾秀介さんによる書評公開

 音楽を聴くとき、アルバムに収録された曲を一曲目から順番に再生していく人が近年では減っているという。かくいう僕自身も、隙間時間を見つけては、聴きたい曲だけポチッと選んで再生したりする。しかし作り手は適当に曲順を決めているわけではなく、そこには重要な意味があるはずで、ためしにアルバムを最初から最後まで再生してみると、それぞれの曲が驚くほど違って聞こえてくる。  短編小説集もまたしかりで、収録作品を配列順に読むことで、初めて立ち現れてくるものがある。とくに本書はその特色が強いの

冬季号は創作が1本に、新連載もスタート! 連載、連作3本堂々完結。評論も充実!〈「小説TRIPPER」2023年冬季号ラインナップ紹介〉

◆創作屋敷葉 「常時録画の愛」  将来を約束した恋人でもなく、一生食べていける仕事でもない。「交際」を「職業」にしているカップルYouTuberの雪葉と晃。偶然バズった動画配信を中途半端な気持ちのまま続ける二人だが、晃が化粧水のプロデュースに乗り出したことで、雪葉は「お笑い」への道を意識しはじめる。真の「相方」を探す現代の成長小説。 ◆新連載真保裕一 「共犯の畔」  ある国会議員の事務所で立て籠もり事件が発生、犯人はあっさり逮捕されるが黙秘を貫く。やがて33年前に行われ

【西加奈子✕宮内悠介 対談】クリシェと向き合い、小説を再発見する

小説の当事者性 西:編集者の方から「バルト三国のエストニアに生まれて、ソ連崩壊で運命を変えられたラウリ・クースクという男性の一代記です」と伺っていたので、今度の宮内さんの本、どれだけ分厚くなるんだろうと思っていたんです。プルーフが送られてきたら、とてもコンパクトだったので驚きました。240ページ弱ですもんね。でも、その中にぎっしりとラウリの人生やこの国の歴史が詰まっている。中央アジアが舞台だった『あとは野となれ大和撫子』は何ページくらいでした? 宮内:原稿用紙換算で言うと

塩田武士『存在のすべてを』刊行記念インタビュー/「虚」の中で「実」と出会う

 情熱を失った新聞記者が再び「書きたい」と奮い立つ題材に出会うという出発点はデビュー作『盤上のアルファ』(2011年)、子供たちの未来を奪う犯罪への憤りという点では代表作として知られる社会派ミステリー『罪の声』(2016年)、フェイクニュースが蔓延し虚実の見極めが難しい現代社会のデッサンという点では吉川英治文学新人賞受賞作『歪んだ波紋』(2018年)、関係者たちの証言によって犯人像が炙り出される構成上の演出は『朱色の化身』(2022年)……。塩田武士の最新作『存在のすべてを』

「こんなにも『好き』を考える小説を私は他に知らない」尾崎世界観さんが、町屋良平さんの最新作『恋の幽霊』を読みときます。

恋のアウトレイジ  幽霊を怖いと感じるのは、見てしまった瞬間より、見てしまうまでの時間だと思っている。実際に見て「うわ、幽霊だ」となるのは、ただの驚きでしかないからだ。 「この辺りに幽霊がいて、今にも出てきそうだな」と思っている時間の方が、実際に見た瞬間よりも遥かに怖い。私はまだ幽霊を見たことがないから、物心ついてからずっと幽霊を怖がっている。でも一度見てしまえば、「見える人」として上書きされてしまうから、「ずっと見えなくて怖い」が正しい幽霊との付き合い方だと思う。  

夏季号は創作が3本に、新連載もスタート!<「小説TRIPPER」2023年夏季号ラインナップ紹介>

◆創作宮内悠介 「ラウリ・クースクを探して」  1977年、バルト三国のエストニアに生まれたラウリ・クースク。コンピュータ・プログラミングの稀有な才能があったラウリは、ソ連のサイバネティクス研究所で活躍することを目指す。だが時代は大きくうねりソ連は崩壊。その才能の煌めきによって人々の記憶に深く残り続けているラウリは消息不明となっていた。 歴史に翻弄された一人の人物を描く、かけがえのない物語。一挙掲載300枚。 長井短 「私は元気がありません」  丸まった背中は分厚くなっ

全国主要書店で開催中!朝日文庫「グランドフェア2023」ラインナップを紹介します

今村夏子『むらさきのスカートの女』 「むらさきのスカートの女」と呼ばれる女性が気になって仕方のない〈わたし〉は、彼女と「ともだち」になるために、自分と同じ職場で彼女が働きだすよう誘導し……。20万部を超えるベストセラーとなっている芥川賞受賞作。文庫化にあたって各紙誌に執筆した芥川賞受賞記念エッセイを全て収録。 宇江佐真理『深尾くれない』  鳥取藩士・深尾角馬は生まれつきの反骨心から、剣の道に邁進する。しかし、不貞をはたらいた二人の妻を無残に切り捨てる。やがて一人娘の縁談

春号は新連載があり、創作が充実。第9回林芙美子文学賞受賞作も掲載!<「小説TRIPPER」2023年春季号ラインナップ紹介>

◆新連載垣谷美雨 「墓じまいラプソディ」 「絶対にお父さんと同じお墓には入りたくない」  四十九日の法要を目前に控え、突然明らかになった義母の遺言。  先祖代々の墓はどうする? 妻が入るのは見知らぬ親類ばかりの夫の墓?  そもそも、夫婦別姓制度って何で進まないのよ?  笑いながらも身につまされる、明日は我が身の現代墓問題、あなたならどうする? ◆創作篠田節子 「遺影」  グループホームに長く入居していた認知症の義母が亡くなった。遺影に使うことになった写真には、よく見ると

第9回 林芙美子文学賞 受賞作が決定!

受賞の言葉  書店に並んだ小説を手に取って、家に帰って読んでいると、時の経過を忘れるような感覚に幾度となく陥ることがあります。出逢ってから忘れられない言葉たちを前に、どうして私は小説を書こうと思ったのか、分からなくなる日もあります。素晴らしいものは、もうすでにここにあって、触れられただけで幸せではないかと満足する自分にもぶつかってしまいます。  だけどもう一度、私にも何か書けないかと立ち上がらせてくれるのも、小説なのだと感じています。浮かび上がった言葉が形となり、林芙美子文

【辻村深月さん×加藤シゲアキさん対談全文公開!】変化する小説との向き合い方

辻村深月(以下、辻村):文庫化された加藤さんの初のエッセイ集、『できることならスティードで』のテーマは旅です。そもそも、なぜ旅がテーマのエッセイ集を書くことになったのか伺ってもいいですか。 加藤シゲアキ(以下、加藤):最初は「小説トリッパー」から、旅というテーマのコラムでエッセイを一篇書きませんかという依頼があったんです。ちょうど一人でキューバに行こうと思っていた時期でした。一人で行くのは少し不安だったんですが、これは取材なんだ、と思うことで背中を押されるように飛行機に乗る

「敗者の視点で描かれた残酷な事実の先にある“勝利”」書評家・渡辺祐真さんによる、小川哲『君のクイズ』評論を特別公開!

遊びとはなにか? ~ゲームとプレイ~  遊びとは何だろうか。  周りを見渡せば、子どものごっこ遊びから、スポーツやスマホゲーム、そしてクイズに至るまで、数えきれないほどの遊びやゲームに我々は囲まれている。有名な哲学者の言葉を持ち出すまでもなく、人間は遊ぶ生き物と言っていい。  文化人類学者のデヴィッド・グレーバーは、「ゲームとは純粋に規則に支配された行為」だと述べた。[注1]遊びやゲームには厳格なルールが定められている。将棋なら駒の動かし方や勝敗の決め方、スポーツなら使って