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朝日新聞出版の文芸書

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書評や文庫解説、インタビューや対談、試し読みなど、朝日新聞出版の文芸書にかかわる記事をすべてまとめています。
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#文庫解説

リアルな心理描写と驚愕のラストに震撼する『悪い女 藤堂玲花、仮面の日々』/大矢博子氏による解説を期間限定で特別掲載!

 本書は2014年に刊行された『ダナスの幻影』を大幅加筆修正のうえ改題・文庫化したものである。ノンシリーズとしてはデビュー作以来の2作目。近年の吉川英梨の活躍に慣れた読者からすると異色作と言ってもいいこの作品を、ようやく文庫でお届けできることを嬉しく思う。  吉川英梨は2008年、第3回日本ラブストーリー大賞エンタテインメント特別賞を受賞した『私の結婚に関する予言38』(宝島社文庫)でデビュー。ブレイクのきっかけとなったのは2011年、デビュー2作目として出された『アゲハ 

「恋せぬふたり」の脚本家・吉田恵里香さんが、中村航さん最新文庫『サバティカル』を通して向き合えたもの

「分かった気」になっていることが多すぎる。  他人のことも、自分のことも。素直に分からないと言えずに、つい「分かった気」になって、思考を停止させ受け流している。だって毎日の生活があって、自分や家族を養っていかなくてはならないから。そんな風に忙しい日々を理由にして、大半の人間が「分かった気」になっている自分を放置してしまう。では忙しいという言い訳を失った時、我々は「分かった気」になっていることと、どれだけ向き合えるのだろうか。 『サバティカル』の主人公・梶は自分が沢山作って

緻密に構築されたトリックに挑む『密室ミステリーアンソロジー 密室大全』/編者の千街晶之氏による解説を期間限定で特別掲載!

 遥か昔から、密室トリックのネタはとっくに切れたと言われつつも、実際には密室トリックが枯渇したことなどなく、今でも多くのミステリー作家が新たな密室を生み出し続けている。何故、ひとはこれほどまでに密室に魅了されているのか――。 『密室ミステリーアンソロジー 密室大全』(朝日文庫)は、タイトルからもわかる通り「密室」がテーマ。青柳碧人、大山誠一郎、恩田陸、貴志祐介、中山七里、東川篤哉、麻耶雄嵩、若竹七海(敬称略)の実力派ミステリー作家8名の作品を収録しています。  本作の刊行

「読み継がれなければならない物語がある」――NHK時代劇にもなった傑作時代小説シリーズ『峠 慶次郎縁側日記』が復刊!作家・村松友視氏による文庫解説を特別公開

 元南町奉行所の同心・森口慶次郎が市井の弱き者に寄り添う、人情時代小説シリーズ、北原亞以子著『峠 慶次郎縁側日記』(朝日文庫)が発売になりました。本作は、善良な薬売りの若者が一瞬の過ちで人生を踏み外してしまう悲哀を描く中編小説「峠」など8編を収録しています。今回の出版にあたり、著者の北原亞以子さんと親交のあった作家・村松友視氏による文庫解説を公開します。  毒は上澄みとなって表面に浮上するか、澱となって底に沈むかで、中間には存在しない。したがって毒見の役は、まず上澄みをたし

【大河ドラマ「どうする家康」をウラ読み】天下人・豊臣秀吉の正室おねねの生涯を描いた、傑作歴史小説『王者の妻』復刊!大矢博子氏による文庫解説を特別公開

 今年(2023年)1月、永井路子さんが亡くなられた。  ――という一文からこの解説を書き始めねばならないのが、とても残念だ。享年97は一般には大往生と言えるかもしれないが、永井さんに関してはもっともっと作品を読みたかった、考えを聞かせて欲しかったという思いが拭えない。それはひとえに、彼女が常に歴史に新たな視点を与えてくれる作家だったからだ。  来歴やデビューの経緯については前掲の尾崎秀樹先生の紹介に詳しいので割愛するが、男性作家が大半だった歴史小説の世界に於いて、有吉佐

ドロドロした人間の欲望に勝てるのは? 山本一力『欅しぐれ〈新装版〉』/文芸評論家・縄田一男氏による文庫解説を特別公開!

 山本一力さんの作品にしばしば描かれるのは、越境する交誼、すなわちよしみ、いやそれより重いもの、命懸けの信義である。  越境すると書いたのは、信義を結ぶ男同士がまったく別の世界に生きていて、にもかかわらず厚い想いを通わせるからである。  本書における二人とは、履物問屋・桔梗屋の主の太兵衛と渡世人の猪之吉である。二人が、それぞれを見定めるきっかけも巧みなら、柳橋吉川の二階屋敷で大川を見ながら酒肴に興じる場面も抜群の冴えである。  二人はこの時の会話でお互いの生業が命懸けで

斎藤家三代にわたる動乱を描く、木下昌輝『まむし三代記』/文芸評論家・高橋敏夫氏による文庫解説を特別公開!

 まむし三代記。  暗い輝きが幾重にもつづく、なんとも刺激的で、魅力あふれるタイトルではないか。  このタイトルに魅かれて本作品を手にとった読者も、けっして少なくあるまい。わたしもそんな読者のひとりである。  ピカレスク(悪漢、悪党)歴史時代小説というジャンルがあるなら、木下昌輝の『まむし三代記』は、タイトルからしてすでにそれを予想させる。灰褐色まれに赤褐色の体色で、鋭い毒牙をたてて相手に襲いかかり、親を殺して生まれてくるという俗説まである毒蛇「まむし」は、他人にひどく

「津村さんが語るのは、ほかでもない、私たちの生活の肯定のことだと思う。」書評家・三宅香帆さんによる津村記久子著『まぬけなこよみ』朝日文庫版、解説を特別公開!

暦という名の思い出 季節の変わり目だあ、と感じた瞬間、ふわりと昔のことを思い出すことがある。「あ、高校時代もこんなふうに自転車のハンドルを握る手が『寒すぎて痛い』って思ったな」とか、「就職したての春もなんだかもんわりした空気で憂鬱だったな」とか、なんてことない実感が季節の変化によって急に記憶の底から引っ張り出されるのだ。たしかに毎年季節の変わり目はやってきて、そして同じように次の季節にうつってゆく。毎年の夏の記憶が積み重なり、また今年も夏がやってきたとき、重層的な記憶が自分の

女優・南沢奈央さんによる、朝井リョウ『スター』文庫解説を特別公開!

 わたしは大学時代、現代心理学部映像身体学科だった。「心理学部だった」というと、「じゃあ人の心読めるの?」と言われるし、「映像を勉強していた」というと「いずれ監督とかやりたいの?」と言われる。そういう人もいただろうが、わたしは人の心も読めないし、監督志望でもない。  では何を学びにいっていたのか説明するのはむずかしいのだが、大学のホームページの言葉を借りるならば、映像身体学は、“映像と身体をめぐる新しい思考と表現を探究する”学問で、2006年に立教大学に新設され、わたしが入学

三浦しをんさん「首がもげるほどうなずき、本を持つ手が震える」 佐野洋子著『あれも嫌いこれも好き』文庫解説を特別公開!

時代をこえて、「ですよねー!」と佐野さんと握手できたような気分だ。  小説よりもエッセイのほうが、鮮度が落ちるのが速い気がする。日常で感じたことや考えたことを、「ノンフィクション」で書くのがエッセイの基本的な姿勢だからだろうか。  たとえば戦前に書かれた小説であれば、「まあ当時の男女観はこういう感じだったんだろうな」と受け流したり、興味深く読んだりできることが多い。「あくまでもフィクションだから」と、それなりの距離感と譲歩を伴って読めるということかもしれない(程度問題だが

【石原慎太郎氏による文庫解説を特別公開】大河ドラマ「どうする家康」や木村拓哉さん主演映画でも注目集める織田信長を描いた、歴史文学の名著『信長』復刊

価値と歴史の創造者  秋山氏の「信長」が出版された直後、氏との対談でこの本を一番評価しているのは信長自身ではないかといったことがある。  実際にこの労作以前にあった信長の評伝はどれも、この日本の歴史の中で最も有名で最も偉大な仕事を手掛けた、しかし最も非日本的な、その意味では異形な人物について正鵠を射た分析も評価もし切れてはいなかった。  信長の偉大さは彼こそが日本の近代の素地を作ったが故にあるが、彼が願った新しい社会を形として成し上げたのは彼の麾下にあった秀吉とか家康という

大河ドラマ「鎌倉殿の13人」「どうする家康」「光る君へ」の女性キャラを網羅したゴージャスな歴史エッセイ『歴史をさわがせた女たち』の細谷正充氏による文庫解説を特別公開!

 今年(2022年)のNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』は、源平合戦から鎌倉幕府の成立、そして幕府内の闘争を描いている。三谷幸喜の脚本は秀逸であり、鎌倉幕府の複雑な人間関係を分かりやすく見せながら、北条義時を始めとする人々の魅力を表現。大きな人気を獲得した。ドラマによって、この時代の面白さを知り、歴史書や歴史小説を購入した人も多いだろう。私も毎年、ドラマと関係ある本を積み上げてしまう。そして気づくのだ、また、永井路子の『歴史をさわがせた女たち 日本篇』が、積み上げた本の中に入

「こんな女の人がいたのか!」幕末の女商人・大浦慶の生涯を描いた、朝井まかて『グッドバイ』/文芸評論家・斎藤美奈子さんの文庫解説を特別公開!

「こんな女の人がいたのか!」と思わせる、胸のすくような一冊――幕末の女商人・大浦慶伝  図ったわけではないと思いますが、2010年代ころから、歴史に埋もれた有名無名の女性たちの業績を発掘し、再評価する動きが世界中で起きています。  日本でも翻訳書が出ているレイチェル・イグノトフスキー『世界を変えた50人の女性科学者たち』(野中モモ訳)ほか「50人の女性」シリーズ(創元社)や、ケイト・バンクハースト『すてきで偉大な女性たちが世界を変えた』(田元明日菜訳)ほか「すてきで偉大な女

葉室麟さん最後の長編歴史小説『星と龍』が待望の文庫化! 東京大学史料編纂所・本郷和人教授による文庫版解説を特別公開

 戦前、楠木正成と後醍醐天皇は、日本史で五指に入るヒーローであった。とくに楠木正成は水戸学がその生涯を賞揚したから、水戸学に強い影響を受けた幕末の志士、明治の元勲たちは「われ楠木正成たらん」と願った。実証的な研究が不足していた時代であるからかえって、1人1人が「おれの楠木正成」像を作り上げ、行動の指針としたのである。  それでも明治初年には、議論があり得た。福沢諭吉は『学問のすゝめ』で一身独立して一国独立す、国民1人1人が学問して覚醒し、それを基礎として国家が自立することこ