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朝日新聞出版の文芸書

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書評や文庫解説、インタビューや対談、試し読みなど、朝日新聞出版の文芸書にかかわる記事をすべてまとめています。
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#伊東潤

「本、とりわけ歴史小説の未来について」 火坂雅志・伊東潤著『北条五代 上・下』刊行エッセイで伊東潤氏がその想いを熱く綴る!

 本が売れなくなったと言われて久しいが、1996~97年をピークにして、紙の本の売り上げは減り続けている。2020年頃のコロナ禍の巣ごもり需要でいったん下げ止まったものの、微減状態は続いている。とくに情報性や緊急性の低い文芸本の需要は、依然として下げ止まっていない。  考えてみれば、周囲を取り巻くすべてが便利になった社会で、文字を読むという行為だけは文字ができた氷河期から変わらず、電子書籍が登場しても、その手間が改善されたわけではない。  最近はAudibleと呼ばれる、

呉座勇一氏が読んだ火坂雅志・伊東潤著『北条五代 上・下』/文庫解説を特別公開!

 戦国時代関東における武田・上杉・北条の三つ巴の戦いは、俗に「戦国関東三国志」などと呼ばれる。だが、川中島の戦いで知られる武田信玄・上杉謙信のライバル関係に比して、北条氏(鎌倉時代の北条氏と区別するため、学界では後北条氏・小田原北条氏と呼ぶことが多い)の存在感は必ずしも大きくない。北条氏を主人公としたNHK大河ドラマはいまだに制作されていない。  戦国時代屈指の有力大名でありながら、北条氏はいささか地味な存在である。けれども親子兄弟骨肉の争いで弱体化したり、優れた後継者に恵

徳川家康と毛利輝元の視点で、東西両軍の虚々実々の駆け引きをリアルに描く、伊東潤著『天下大乱』/文芸評論家・高橋敏夫さんによる書評を特別公開!

■「静謐(平和)」を求める常識転倒の巨篇  すぐれた歴史時代小説の醍醐味は、なんといってもまず人と出来事をめぐる常識の転倒にある。  5年、50年ではない。150年、ときには500年をこえる時間の中で形成され現在にいたる、部厚く堅固な常識がゆさぶられ、そこから新たな人と出来事が出現する。  伊東潤の最新刊『天下大乱』は、「天下分け目の決戦」とみなされてきた関ヶ原の戦いをめぐる、いくつもの常識転倒の物語にして、「天下の静謐(平和)」への人びとの希求が執拗なまでに束ねられた大作

歴史好きほど驚く! 伊東潤さんが『天下大乱』で覆したかつてない“関ヶ原”/末國善己さんによる書評を特別公開

 徳川家康が勝利し、天下人としての地位を決定的にした関ヶ原の戦いは、司馬遼太郎『関ヶ原』など何人もの作家が取り上げてきた。その多くは、家康が率いる東軍と石田三成を中心にした西軍の戦いだったとするが、常に最新の歴史研究を使って斬新な物語を作っている伊東潤の新作は、家康と毛利輝元の対立を軸にしている。  大軍がぶつかる合戦は通常、終結まで数カ月以上かかっていたが、関ヶ原の戦いは、家康の巧みな戦略でわずか半日で決着したとされる。ただ家康の勝利は薄氷を踏むようなものだったともいわれ

【今年も開催!朝日文庫の秋の時代小説フェア】ラインナップを一挙公開!

<新刊>■朝井まかて『グッドバイ』  長崎の油商・大浦屋の女あるじ、お希以──のちの大浦慶。黒船来航騒ぎで世情が揺れる中、無鉄砲にも異国との茶葉交易に乗り出し、一度は巨富を築くが、その先に大きな陥穽が待ち受けていた──。実在の商人・大浦慶の生涯を円熟の名手が描いた、傑作歴史小説。 ■葉室麟『星と龍』  悪党と呼ばれる一族に生まれた楠木正成の信条は正義。近隣の諸将を討伐した正成は後醍醐天皇の信頼を得ていくが、自ら理想とする世の中と現実との隔たりに困惑し……。著者最後となっ

誰も知らなかった“本物の関ヶ原”! 伊東潤が徹底的に研究本を読み込み描いた『天下大乱』の圧倒的なリアリティ <著者ロングインタビュー>

■『天下大乱』発刊記念ロングインタビュー ――関ヶ原の戦いは、これまでも多くの作家が取り上げてきましたが、まさに本作では、「書き換えられた」と言ってもよいくらい斬新な物語となっていました。 伊東潤(以下、伊東):本作では、これまでとは全く違った関ヶ原の物語を楽しんでいただけると思います。ここ10年ほどで、関ヶ原の戦いについての研究は急速な深化を遂げました。政治的駆け引きや合戦の様相など、従前のものとは全く違ったものになったと言っても過言ではありません。そうした研究成果を小

歴史好きにも難解な平安末期を伊東潤氏が“平清盛”を通して描く『平清盛と平家政権』。歴史ライター・西股総生氏による文庫解説を特別公開

 伊東潤氏は、恰幅のよい作家である。  いや、何もルックスのことを言っているのではない。氏の小説は、古代から近世に至るさまざまな時代に題材を取り、また、本書のような史論や紀行物も多い。書くものの幅が広いのだ。  こうした「幅の広さ」を支えているのが、旺盛なリサーチ力であり、何より氏のあくなき好奇心であることは、作品を読めば直ちに理解されるところであろう。  また、一般には知られていないような人物や、細かな事件を掘り起こして題材とした作品もあるが、主役級の有名な人物を、正面から