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朝日新聞出版の文芸書

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書評や文庫解説、インタビューや対談、試し読みなど、朝日新聞出版の文芸書にかかわる記事をすべてまとめています。
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#一冊の本

「これは熱い書物である。」佐々木敦さんによる藤井義允著『擬人化する人間 脱人間主義的文学プログラム』書評

私たちは「人擬き」であるしかない  藤井義允とは彼が所属するミステリを中心にさまざまな文化的事象を横断的に扱う「限界研究会(限界研)」の関係で何度か会ったことがある。といっても私はメンバーではないのだが、限界研のイベントのゲストに呼んでもらったり、呑み会をご一緒したり、完全ワンオペだった文学フリマの撤収を手伝っていただいたこともあった(その節はありがとうございました)。彼が「小説トリッパー」で長編評論を連載していたことは知っていたので、その折に単行本化の話も聞いたと思う。遂

『源氏物語』が面白いだけでなく悲しみにも効く理由を、「こころ」の言葉に照準を絞り解きほぐした帚木蓬生さんの『源氏物語のこころ』/尾崎真理子さんによる書評公開

悲しみに効く、言葉の妙薬として『源氏物語』ばかりは、既成の現代語訳を読み通せば、それで終わりとはならない。全体の筋を頭に置くのはその世界への参加最低条件であって、そこからが面白いのだ。  幾種かの解説書に目を通して、一応の知識を得たつもりでも、十年、二十年に一度は必ず、『源氏』絡みの話題作が現れるのもこの作品の特別さ。しかも、社会の風潮や研究の進展によって、これほど評価や解釈が変わり続けてきた物語もないから、ブームのたびに新たな知識を得る楽しみも生じる。大河ドラマ「光る君へ

遊郭独特の慣習を見事に取り入れた時代ミステリー『吉原面番所手控』/戸田義長さん刊行記念エッセイ公開!

川柳から見た遊女たち 拙著『吉原面番所手控』は私の4冊目の著書で、これまで商業出版された作品はすべて時代ミステリとなっています。かつて現代ミステリを公募新人賞に何度か投稿したこともありますが、いずれもあえなく落選しました。  それゆえ目先を変えて時代ミステリに転向したというわけでもないのですが、ジャン=クリストフ・グランジェ著『クリムゾン・リバー』を読んだことが大きな切っ掛けとなったことは間違いありません。グランジェが割合あっさりと流しているあるネタについて「この使い方は勿

【田中慎弥著『死神』刊行記念エッセイ】生きるための小説/期間限定全文試し読み公開も決定!

※※ 本書の刊行を記念して、11月5日(火)11時から12日(火)朝10時までの間、全文をwebTRIPPER上で無料公開いたします ※※ 生きるための小説 他人から見ればたいしたことでもないのだろうが、まだ幼かった頃からいろいろいやな体験をして、十代になっても、一生人に言いたくないと思うような事態も含め本当に暗い日々を過したため、これまで何度も自分で命を終らせようとしてきた。五十代になったいまもまだ、その衝動から解放されてはいない。過去の体験ばかりでなく、作家になってから

本当の“共犯者”はいったい誰なのか? 真保裕一『共犯の畔』池上冬樹さんによる書評を特別公開

“畔”とは何か? 最後の最後に読者に激しく突きつけられる 真保裕一は何を読んでも面白い。直木賞をとってもおかしくないし、ベテラン作家対象の柴田錬三郎賞をとってもおかしくない。  たとえば、今年3月に出た『魂の歌が聞こえるか』(講談社)もそう。音楽ディレクターが無名バンドを世に送り出すという、真保裕一得意の職業小説でありながら、バンドのメンバーに秘密をもたせて、ミステリに仕立てているからたまらない。新人発掘とともにベテランの復活というストーリーも並行させ、そこにいくつものひね

「老いて死ぬ、その周辺」若竹千佐子さんの書評を特別公開

老いて死ぬ、その周辺 「ああ~ああああああ」  たまに一人旅に出ることがある。  このあいだも青森、五所川原から金木に向かう弘南バスに乗っていた。中途半端な時間だったせいか、バスの中は私と病院帰りらしいおじいさんとほぼ貸し切り状態だった。このおじいさん、冒頭のような長いあくびを連発した。ほんとうにひっきりなしに。  旅の空で揺られ揺られて聞く他人のあくび。それがどうしても、飽きた、俺はほとほと飽きてしまったんだよう、生きるのがさほんとにさぁ、のように聞こえた。おじいさ

「ひきこもりの季節」とは?/篠田節子著『四つの白昼夢』田中兆子さんによる書評を特別公開

思い込みは、気持ちよくひっくり返される  2024年初夏の現在、東京の街を歩く人の半数以上はマスクをしておらず、特に若者の多くはのびやかに顔をさらしている。コロナ禍の真っ只中に「マスクで顔を隠すことの安心感を覚えた若者は、もはやコロナが終わってもマスクを手放すことはないだろう」という言説がまことしやかに流れたが、その予想は見事に外れた。  とはいえ、マスクで顔を隠すことも隠さないことも同調圧力という同じ理由なのかもしれず、コロナ禍によって私たちの心性は変わったのか、それと

永井路子さんが描いた藤原道長と能信が「望みしもの」とは? 朝日文庫『望みしは何ぞ』刊行記念! 文芸評論家・細谷正充さんが読み解く『この世をば』『望みしは何ぞ』

道長のイメージを一変させた歴史的名著  今年のNHK大河ドラマ「光る君へ」の主役は紫式部である。そのため紫式部や、その周囲の人々に、あらためて注目が集まっている。ドラマで紫式部のソウルメイトになる藤原道長も、そのひとりだ。そして道長の描き方も、昔と比べるとずいぶん変わったものだと、感慨深いものがあった。  そもそも道長のイメージは、非常に悪かった。彼が、娘三人を天皇の后とし、三人の天皇の外祖父となったことは、周知の事実であろう。このため娘を政治の駒として使い、天皇家に強い

【祝・本屋大賞2024第3位&第9回渡辺淳一文学賞受賞!】「生きている」重みと「生きてきた」凄み/塩田武士著『存在のすべてを』池上冬樹氏による書評を再公開

 塩田武士といえば、グリコ・森永事件を題材にした『罪の声』(2016年)だろう。迷宮入りした事件を、脅迫状のテープに使われた少年の声の主を主人公にして、犯罪に巻き込まれた家族と、未解決事件を追及する新聞記者の活躍を描いて、厚みのある社会派サスペンスに仕立てた。週刊文春ミステリーベスト10で第1位に輝き、第7回山田風太郎賞を受賞したのも当然だった。 『罪の声』から6年、新作『存在のすべてを』は、『罪の声』を超える塩田武士の代表作で、いちだんと成熟して読み応えがある。物語はまず

【新直木賞作家・河﨑秋子さんエッセイ】直木賞をとっても 地球は割れないが

 誠に遺憾ながら、私の力では地球は割れない。  その事実に気づいたのは、幼稚園の年長ぐらいの頃だっただろうか。  物心ついた時に見ていた『Dr.スランプ』のアニメで、紫色のロングヘアーをなびかせ、メガネの奥のつぶらな瞳を輝かせた少女型ロボット・アラレちゃんは、「ほいっ」というごく軽い掛け声と共に鉄拳を地面に叩き込み、ぱかんと地球を割っていた。  ……そうか、地球って割れるのか。じゃあ自分も、大きくなったら地球が割れるのかもしれない。  幼い私はそう思った。幼児が世界を

福島在住の僧侶作家が「桃太郎」を介して見た、震災後、コロナ禍、そして戦渦の前の”ユーウツ”と”鬼”の正体 / 玄侑宗久著『桃太郎のユーウツ』刊行に伴う随筆

 このたび朝日新聞出版から、『桃太郎のユーウツ』という小説集を上梓した。中短六作から成る作品集だが、通常の作品集のように連作ではないし、掲げた通しテーマがあったわけでもない。ただ全体を通読したとき、総タイトルは『桃太郎のユーウツ』だと、すんなり思えた。その辺の思いをそぞろ書いてみたい。  桃太郎とはいったい誰なのか、それは高校時代からずっと気になっていた。正直に言うと、私は高校生の頃友人二人と密かに「桃太郎研究会」なる同好会をつくり、放課後の教室で各種「桃太郎」を読み比べ、

ステージ4のがん患者、「ガン遊詩人」の鎌田東二・京都大学名誉教授が、島薗進さんの『死生観を問う 万葉集から金子みすゞへ』を評す

「あなた自身の死生観」のために、多大なヒントと気づき  島薗進さんとは半世紀の付き合いだ。二十代の半ばに宗教社会学研究会で初めて出会って以来、さまざまな局面で伴走してきた。  その50年近くの島薗進の学道探究の旅路を間近に見て来た者として、最新著『死生観を問う 万葉集から金子みすゞへ』は、折口信夫研究(修士論文)から死生学研究(東京大学COE拠点リーダー)を経て、グリーフケア研究に参入してきた「島薗学」の総括とも集大成とも言える渾身の一冊であると受け止めている。島薗進の眼

「久米宏は罪深い」の真意とは? 久米氏初の自叙伝『久米宏です。ニュースステーションはザ・ベストテンだった』をライター・テレビっ子の戸部田誠(てれびのスキマ)さんがレビュー!

 久米宏は罪深い――。  そう僕は思っていた。なぜならテレビのニュースを「わかりやすいもの」に変えてしまったからだ。それまでニュース番組は視聴率競争とは無縁のものだった。そもそも数字が獲れる発想はなかったのだ。そんな中、1985年に始まった久米宏がキャスターを務める『ニュースステーション』は、その「面白さ」で高視聴率を獲得。他のニュース番組も視聴率獲得を目指すようになった。  本作は、「『土曜ワイドラジオTOKYO』『料理天国』『ぴったしカン・カン』『ザ・ベストテン』『お

「生きている」重みと「生きてきた」凄み/塩田武士著『存在のすべてを』池上冬樹氏による書評を特別公開!

 塩田武士といえば、グリコ・森永事件を題材にした『罪の声』(2016年)だろう。迷宮入りした事件を、脅迫状のテープに使われた少年の声の主を主人公にして、犯罪に巻き込まれた家族と、未解決事件を追及する新聞記者の活躍を描いて、厚みのある社会派サスペンスに仕立てた。週刊文春ミステリーベスト10で第1位に輝き、第7回山田風太郎賞を受賞したのも当然だった。 『罪の声』から6年、新作『存在のすべてを』は、『罪の声』を超える塩田武士の代表作で、いちだんと成熟して読み応えがある。物語はまず