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朝日新聞出版の文芸書

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書評や文庫解説、インタビューや対談、試し読みなど、朝日新聞出版の文芸書にかかわる記事をすべてまとめています。
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#著者インタビュー

【田中慎弥著『死神』インタビュー】自分の中にある衝動を死神として外部に仕立て上げた

 田中慎弥さんの『死神』(朝日新聞出版)が刊行されました。「AERA」(2024年12月2日号)に掲載された田中さんのインタビューを転載します。  日本の自殺死亡率は先進国(G7)の中で、抜きん出て高い。その理由は分析されてきたが、他人が想像しても「人がなぜ自ら死ぬのか」の理由は見つからないだろう。  芥川賞作家・田中慎弥さん(51)の最新作『死神』は、「私」が中学2年生のときに死神に出会ったところから始まる。  死神は「私」が死の願望を抱くと現れ「お前は自分の意思で死

斎藤美奈子さん『あなたの代わりに読みました』書評まとめ

■インタビュー「斎藤美奈子さん書評集『あなたの代わりに読みました』 明日への糧、忙しい読者に寄り添い」(朝日新聞) ■書評「価値を見つける誠実さ」(東京新聞、[評]豊崎由美さん) 「夏休みシーズンの読む本に迷ったら「本を紹介する本」……言葉の巧みな江國香織さんの書評、論理が巧みな斎藤美奈子さん」(読売新聞、[評]待田晋哉さん) 日刊ゲンダイ 「膨大な読書量に基づく思考と言葉を多角的に積み上げた「知」の仕事」(サンデー毎日、[評]武田砂鉄さん) サンデー毎日2024

貫井徳郎さんによる「人類ダメ小説」の集大成『ひとつの祖国』で提示した「なぜ人間はダメなのか」の答え

 貫井徳郎さん(56)の新作は、第2次世界大戦後、共産主義の東日本と民主主義の西日本という二つの国に分断された日本が統一され、30年が経った頃から始まる。主人公は東日本出身の一条昇。統一後の日本は、東日本と西日本の間に根深い経済格差と出身地による差別や偏見が生じていた。  一条も仕事は非正規社員。生活は苦しく、将来の夢も描けない。しかし、東日本出身者は似た境遇と捉え、格別の不満も持たずに生きていた。  そんな一条の人生は、東日本の独立国家化を目指すテロ組織〈MASAKAD

<祝・本屋大賞2024第3位&第9回渡辺淳一文学賞受賞!>【インタビュー】塩田武士が見た、松本清張の背中 話題作『存在のすべてを』で挑んだ「壁」

「作家には定期的に必ず越えるべき壁が出てくると言いますが、私にとってはそれが『罪の声』でした。以前、作家の湊かなえさんのラジオに出演した時に、湊さんがこれから塩田さんは『罪の声』と闘うことになる、私が『告白』と闘ったように、と言われたことがあるんです。重たいなと思いました」  塩田武士さんが2016年に発表した『罪の声』は、「グリコ・森永事件」をモチーフにしたサスペンス小説だ。週刊文春ミステリーベスト10(国内部門第1位)、第7回山田風太郎賞を受賞するなど一世を風靡し、20

【祝・本屋大賞2024第3位&第9回渡辺淳一文学賞受賞!】塩田武士『存在のすべてを』刊行記念インタビュー/「虚」の中で「実」と出会う

 情熱を失った新聞記者が再び「書きたい」と奮い立つ題材に出会うという出発点はデビュー作『盤上のアルファ』(2011年)、子供たちの未来を奪う犯罪への憤りという点では代表作として知られる社会派ミステリー『罪の声』(2016年)、フェイクニュースが蔓延し虚実の見極めが難しい現代社会のデッサンという点では吉川英治文学新人賞受賞作『歪んだ波紋』(2018年)、関係者たちの証言によって犯人像が炙り出される構成上の演出は『朱色の化身』(2022年)……。塩田武士の最新作『存在のすべてを』

描きたかったのは、“何もなさなかった人物”/『ラウリ・クースクを探して』刊行記念!宮内悠介さんインタビュー

 テーブルに並ぶ硬いパン、風の匂い、どこか灰色の街並み。宮内悠介さん(44)の新刊『ラウリ・クースクを探して』のページをめくるたび、土地の空気に誘われ、その世界を生きているかのような感覚になった。  舞台はエストニア。1977年から、物語は始まる。  幼い頃から数字に魅せられていたラウリは、ある日コンピュータと出合い、そのなかに自分だけの世界を見いだし、やがてソ連のサイバネティクス研究所で働くことを夢見るようになる。仲間たちと儚くも濃い人間関係を築きながら、前へと進み続け

李王朝に嫁いだ日本人皇族女性の激動の生涯を描き切る 作家・深沢潮が到達した境地

李王家の世継ぎと結婚した皇族の生涯をたどる歴史小説  大磯の別荘で新聞を開いた14歳の梨本宮方子は、自分が朝鮮の李王家の世継ぎ、李垠と婚約したことを知り愕然とする。日鮮融和を名目にした政略結婚だった。皇族出身の方子の生涯を通して、韓国が日本の支配下にあった時代から戦後までを描く歴史小説だ。 「この時代のことは学校では日韓併合という言葉くらいで、私自身そんなに詳しく学ばなかった。方子のような人がいたことをわかってもらいたくて書きました」  と、深沢潮さんは語る。  方子

精神的な支配を受ける苦しみと周囲に理解されない辛さを描いた、櫻木みわ著『カサンドラのティータイム』/瀧井朝世さんによる、著者インタビューを特別公開

 2018年に作品集『うつくしい繭』で小説家デビューした櫻木みわさんの第3作『カサンドラのティータイム』(朝日新聞出版 1760円・税込み)は、2人の女性が主人公だ。  東京でスタイリストのアシスタントとして働く友梨奈と、琵琶湖湖畔で夫と暮らす未知。異なる場所で生きる彼女たちの人生が、やがて思わぬところで交錯する。 「以前、身近な人の言動で苦しんだことがあったんです。渦中にいる時は、自分の状況がよく理解できなかった。後に人と話したり本を読んだりするうち、少しずつ分かってく

誰も知らなかった“本物の関ヶ原”! 伊東潤が徹底的に研究本を読み込み描いた『天下大乱』の圧倒的なリアリティ <著者ロングインタビュー>

■『天下大乱』発刊記念ロングインタビュー ――関ヶ原の戦いは、これまでも多くの作家が取り上げてきましたが、まさに本作では、「書き換えられた」と言ってもよいくらい斬新な物語となっていました。 伊東潤(以下、伊東):本作では、これまでとは全く違った関ヶ原の物語を楽しんでいただけると思います。ここ10年ほどで、関ヶ原の戦いについての研究は急速な深化を遂げました。政治的駆け引きや合戦の様相など、従前のものとは全く違ったものになったと言っても過言ではありません。そうした研究成果を小

胎児が「生まれるかどうか」を決める世界が与える衝撃<芥川賞作家・李琴峰インタビュー>

■出生は祝いか、呪いか ――芥川賞受賞第一作の『生を祝う』は、生まれる前の胎児に出生の意思を確認する合意出生制度が確立された世界が舞台になっています。この構想はどういうきっかけで生まれたのでしょうか? 李琴峰(以下、李):直接のきっかけは、去年「S-Fマガジン」(2021年年2月号)で百合特集が組まれたとき、櫻木みわさんと一緒に百合SF書いたことです。どういう小説にしようかとプロットを考えているときに、思いついたアイディアが二つあって、一つが『生を祝う』で、もう一つが白蛇