#書評
田中慎弥さんがデビュー作から描いてきた「孤独な人間が最後に見出す、人生の『伴走者』」とは?/あわいゆきさんによる『死神』書評
かつて見捨ててしまった死神と、再び向き合うために――田中慎弥『死神』論〈死神〉ときいて脳裏に浮かぶイメージはなんだろう? フィクションのなかであらゆる姿かたちをとる死神は、多様すぎるがゆえに概念ばかりが朧げに共有され、実像がひとつに定まらない。中国古典文学を研究する増子和男さんは『日中怪異譚研究』(汲古書院、2020)で、一般的な〈死神〉概念を次のように定義している。 実際、脳裏に浮かんだ死神が、こうしたイメージと紐づくひとは多いはずだ。 だが、田中慎弥さんの『死神』に
『源氏物語』が面白いだけでなく悲しみにも効く理由を、「こころ」の言葉に照準を絞り解きほぐした帚木蓬生さんの『源氏物語のこころ』/尾崎真理子さんによる書評公開
悲しみに効く、言葉の妙薬として『源氏物語』ばかりは、既成の現代語訳を読み通せば、それで終わりとはならない。全体の筋を頭に置くのはその世界への参加最低条件であって、そこからが面白いのだ。 幾種かの解説書に目を通して、一応の知識を得たつもりでも、十年、二十年に一度は必ず、『源氏』絡みの話題作が現れるのもこの作品の特別さ。しかも、社会の風潮や研究の進展によって、これほど評価や解釈が変わり続けてきた物語もないから、ブームのたびに新たな知識を得る楽しみも生じる。大河ドラマ「光る君へ
パンダと人類の歴史をひもとく、小さく、ひそやかな問題作 /高山羽根子著『パンダ・パシフィカ』小川公代さんによる書評を特別公開!
弱きものの“命をあずかる” 高山羽根子はデビュー以来、一貫して“命をあずかる”責任について書いてきている。“命をあずかる”とはどういうことか。それは子どもを授かった親のケア実践かもしれない。あるいは、医療従事者が提供するケアかもしれない。獣医もまた大切な命をあずかっている。無数の名もなき人たちも、日々小さくて、脆弱な生きものの命を育て、見守っている。高山のデビュー作「うどん キツネつきの」では、宇宙生物である可能性が示唆される犬が、三人姉妹の愛を一身に受ける対象として描か
なぜ江藤淳の「喪失」は書き換えられなければならなかったのか?/佐々木敦著『成熟の喪失』西村紗知さんによる書評を特別公開!
成熟論が成熟する方法 本書は佐々木敦が「日本的成熟」を世に問うた仕事で、メインの対象は庵野秀明監督『シン・エヴァンゲリオン劇場版』と江藤淳『成熟と喪失』である。著者は、『ラブ&ポップ』『キューティーハニー』といった実写作品から、「エヴァ」以降の「シン」シリーズに至るまでの庵野監督作品を通じ、主人公の「成熟」の史的分析に取り組んでいる。キーワードは「他者」「公と私」である。例えば、『シン・ゴジラ』で描かれているのは、「自信と確信を持って積極的に「公」の一部になることで自己実現を
私たちの「きちんとしたい」を救う物語/せやま南天著『クリームイエローの海と春キャベツのある家』小説家・大原鉄平さんによる書評を公開!
私たちの「きちんとしたい」を救う物語 私は広い古民家をリノベして一家で住み、デザインした部屋の写真をSNSで発信している。それらの綺麗に撮られた写真ではさぞ私たちが優雅に暮らしているかのように見えるだろうが、実際は優雅どころではなく、床に脱ぎ捨てられた誰かの服の下に隠れた、意図的に仕掛けられた罠としか思えない尖ったレゴを踏み抜いて悲鳴を上げる日々である。 特に古民家は部屋数が多い上に私以外の人間は片付けるということをしないため、週末ごとの掃除は私の役目となっている。家
永井路子さんが描いた藤原道長と能信が「望みしもの」とは? 朝日文庫『望みしは何ぞ』刊行記念! 文芸評論家・細谷正充さんが読み解く『この世をば』『望みしは何ぞ』
道長のイメージを一変させた歴史的名著 今年のNHK大河ドラマ「光る君へ」の主役は紫式部である。そのため紫式部や、その周囲の人々に、あらためて注目が集まっている。ドラマで紫式部のソウルメイトになる藤原道長も、そのひとりだ。そして道長の描き方も、昔と比べるとずいぶん変わったものだと、感慨深いものがあった。 そもそも道長のイメージは、非常に悪かった。彼が、娘三人を天皇の后とし、三人の天皇の外祖父となったことは、周知の事実であろう。このため娘を政治の駒として使い、天皇家に強い
「10年間、お忙しいあなたの代わりに読んできました」という斎藤美奈子の最新刊『あなたの代わりに読みました』ってどんな本? 「はじめに」特別公開!
ネット書店の検索で「読書」と入力すると、ざっと1万件がヒットする。読書の効用を説いた本、効果的な読書術をレクチャーした本、古今東西の必読書を列挙した本。 驚きました。世の中には読書先生がこんなにいたのか! 彼らは唱える。書物は人類の知恵の宝庫、教養が身につくのは読書だけ、よりよい人生は読書から。その通り! しかし半面それは「教えたがり」が世の中にいかに多いかを示してもいる。同様に「教えたがり」が群雄割拠しているのは文章術の世界で、そのため私はかつて文章先生本を茶化した不埒