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朝日新聞出版の文芸書

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書評や文庫解説、インタビューや対談、試し読みなど、朝日新聞出版の文芸書にかかわる記事をすべてまとめています。
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2023年9月の記事一覧

【西加奈子✕宮内悠介 対談】クリシェと向き合い、小説を再発見する

小説の当事者性 西:編集者の方から「バルト三国のエストニアに生まれて、ソ連崩壊で運命を変えられたラウリ・クースクという男性の一代記です」と伺っていたので、今度の宮内さんの本、どれだけ分厚くなるんだろうと思っていたんです。プルーフが送られてきたら、とてもコンパクトだったので驚きました。240ページ弱ですもんね。でも、その中にぎっしりとラウリの人生やこの国の歴史が詰まっている。中央アジアが舞台だった『あとは野となれ大和撫子』は何ページくらいでした? 宮内:原稿用紙換算で言うと

「生きている」重みと「生きてきた」凄み/塩田武士著『存在のすべてを』池上冬樹氏による書評を特別公開!

 塩田武士といえば、グリコ・森永事件を題材にした『罪の声』(2016年)だろう。迷宮入りした事件を、脅迫状のテープに使われた少年の声の主を主人公にして、犯罪に巻き込まれた家族と、未解決事件を追及する新聞記者の活躍を描いて、厚みのある社会派サスペンスに仕立てた。週刊文春ミステリーベスト10で第1位に輝き、第7回山田風太郎賞を受賞したのも当然だった。 『罪の声』から6年、新作『存在のすべてを』は、『罪の声』を超える塩田武士の代表作で、いちだんと成熟して読み応えがある。物語はまず

宮内悠介さん「ラウリ・クースクを探して」書評&インタビューまとめ

■「ダ・ヴィンチ」今月の絶対はずさない!プラチナ本 (10月6日発売、11月号) ■「女性自身」書評(10月3日発売号)  ■毎日新聞「エンタメ小説 今月の推し!」評者・内藤麻里子さん (10月1日掲載) ■「朝日新聞」書評 評者・澤田瞳子さん ■「読書人」書評 評者・八木寧子さん(9月29日発行号) ■「朝日中高生新聞」書評 書店員・江藤宏樹さん(9月24日発行号) ■ 「小説現代」10月号(9月22日発売) 評者・三宅香帆さん ■「好書好日」書評 「日出る処

描きたかったのは、“何もなさなかった人物”/『ラウリ・クースクを探して』刊行記念!宮内悠介さんインタビュー

 テーブルに並ぶ硬いパン、風の匂い、どこか灰色の街並み。宮内悠介さん(44)の新刊『ラウリ・クースクを探して』のページをめくるたび、土地の空気に誘われ、その世界を生きているかのような感覚になった。  舞台はエストニア。1977年から、物語は始まる。  幼い頃から数字に魅せられていたラウリは、ある日コンピュータと出合い、そのなかに自分だけの世界を見いだし、やがてソ連のサイバネティクス研究所で働くことを夢見るようになる。仲間たちと儚くも濃い人間関係を築きながら、前へと進み続け

リアルな心理描写と驚愕のラストに震撼する『悪い女 藤堂玲花、仮面の日々』/大矢博子氏による解説を期間限定で特別掲載!

 本書は2014年に刊行された『ダナスの幻影』を大幅加筆修正のうえ改題・文庫化したものである。ノンシリーズとしてはデビュー作以来の2作目。近年の吉川英梨の活躍に慣れた読者からすると異色作と言ってもいいこの作品を、ようやく文庫でお届けできることを嬉しく思う。  吉川英梨は2008年、第3回日本ラブストーリー大賞エンタテインメント特別賞を受賞した『私の結婚に関する予言38』(宝島社文庫)でデビュー。ブレイクのきっかけとなったのは2011年、デビュー2作目として出された『アゲハ 

塩田武士『存在のすべてを』刊行記念インタビュー/「虚」の中で「実」と出会う

 情熱を失った新聞記者が再び「書きたい」と奮い立つ題材に出会うという出発点はデビュー作『盤上のアルファ』(2011年)、子供たちの未来を奪う犯罪への憤りという点では代表作として知られる社会派ミステリー『罪の声』(2016年)、フェイクニュースが蔓延し虚実の見極めが難しい現代社会のデッサンという点では吉川英治文学新人賞受賞作『歪んだ波紋』(2018年)、関係者たちの証言によって犯人像が炙り出される構成上の演出は『朱色の化身』(2022年)……。塩田武士の最新作『存在のすべてを』

「こんなにも『好き』を考える小説を私は他に知らない」尾崎世界観さんが、町屋良平さんの最新作『恋の幽霊』を読みときます。

恋のアウトレイジ  幽霊を怖いと感じるのは、見てしまった瞬間より、見てしまうまでの時間だと思っている。実際に見て「うわ、幽霊だ」となるのは、ただの驚きでしかないからだ。 「この辺りに幽霊がいて、今にも出てきそうだな」と思っている時間の方が、実際に見た瞬間よりも遥かに怖い。私はまだ幽霊を見たことがないから、物心ついてからずっと幽霊を怖がっている。でも一度見てしまえば、「見える人」として上書きされてしまうから、「ずっと見えなくて怖い」が正しい幽霊との付き合い方だと思う。  

「笑いあり涙あり感動あり!短編集ならではの醍醐味」書評ライターの松井ゆかりさんが、大好評の森絵都さん最新刊『獣の夜』をレビュー!

 森絵都作品の魅力はいくつも列挙できるが、思わず笑ってしまうユーモアというのも間違いなく筆頭にカウントされる要素のひとつだ。本書でそれがとりわけ顕著に感じられるのは、表題作であろうか。主人公の紗弓が夜の約束に備えて仕事を片づけていたところに、一本の電話が入った。予期せぬ頼みごとをしてきたのは、大学時代に同じサークルだった泰介だ。夜の約束というのはやはりサークル仲間で現在は泰介の妻となっている美也のサプライズ誕生会のことなのだが、泰介は自分が彼女をパーティー会場に連れて行くはず

「この作品は、蘇生と題された喪失の物語だ」俳優・中嶋朋子さんによる、小川洋子著『貴婦人Aの蘇生 新装版』巻末エッセイを特別公開

喪失と再生  20代の後半だったろうか、小川洋子さんの「薬指の標本」「まぶた」といった作品に次々出会い、えもいわれぬやすらかさを覚え喜びに震えた。手渡されたのは、異なるものたちの、ささやかな声に充ちる世界。そこで私は深いやすらぎを得て、初めて呼吸することが叶ったような感覚になった。胸のうち、無意識に抱えていた言語化できない違和感、社会や常識に与えられた物差しでは、どうしてもはかりようのない、心の中の襞。その微細な凹凸を、丁寧に、その襞の在りようのまま、寸分違わぬ正確さで読み

秋季号は創作が4本に、新連載もスタート!連載3本堂々完結。インタビュー、対談も充実!<「小説TRIPPER」2023年秋季号ラインナップ紹介>

◆女性作家による時代小説競作「母親」永井紗耶子 「母の顔」《直木賞受賞後第一作》  十六歳の絵師の千鶴は、日本橋の乾物商・駿河屋惣兵衛の依頼を受け、妾お仙の亡くなったおっ母さんの似絵を描くことに。身重のお仙が「母になるのが怖い」と話すのを聞き、母親の似絵がそばにあればお仙の心も落ちつくのではという惣兵衛の思惑だったが……。千鶴とお仙のやりとりを通じて、さまざまな“母”の顔が浮かびあがる秀作。 藤原緋沙子 「鈴虫鳴く」  女髪結のおまつが、浅草寺で迷子になっていた2歳の千

言葉の襞にまで分け入って、他者の言葉に耳を傾ける/小川公代著『世界文学をケアで読み解く』阿部賢一さんによる書評を公開

多様な他者の声に耳を傾ける 「ケア」という言葉が様々な場で口にされるようになって久しい。介護サービスを利用している人であればケアマネージャーと頻繁に会うだろうし、そうではなくてもヤングケアラーという言葉は耳にするだろう。一般的に「ケア」は介護や福祉の文脈で用いられているが、近年、社会学、倫理学でもその射程を広げている。著作『ケアの倫理とエンパワメント』(講談社、2021年)などを通して、ケアと文学研究を連動させる実践をしてきたのが小川公代さんだ。対象を世界文学に広げてその可