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「あの鳥のこと、好きだったのかい?」(『機動戦士ガンダム』)――川添愛「パンチラインの言語学」第5回

文学、映画、アニメ、漫画……でひときわ印象に残る「名台詞=パンチライン」。この台詞が心に引っかかる背景には、言語学的な理由があるのかもしれない。
ひとつの台詞を引用し、そこに隠れた言語学的魅力を、気鋭の言語学者・川添愛氏が解説する連載。毎月10日に配信中!

 今回はアニメ『機動戦士ガンダム』を取り上げる。なぜだ。坊やだからさ……ではなくて、前回の連載でなにげなく「お子様ゆえのあやまち」というフレーズを書いたのが直接の理由だ。私の頭の中にあったのは、本作のメインキャラの一人「赤い彗星のシャア」のセリフ、「認めたくないものだな、自分自身の若さゆえのあやまちというものを」なのだが、よく考えたらシャアがこれをどんな場面で言ったのかを完全に忘れていた。それで確認すべく第1話から見始めたら、頭がすっかり「ガンダム脳」になってしまった。
 同作の舞台は、はるか未来の宇宙世紀0079(ダブルオーセブンティーナイン)、人類が宇宙に住むようになった時代である。宇宙に移住した人々はスペースコロニーの中で暮らし、子を産み、育て、そして死んでいったわけだが、そういったコロニー群の一つが「ジオン公国」を名乗り、地球連邦に独立戦争を仕掛けた。ジオン公国は独裁国家で、眉無しで演説好きのギレン・ザビ総帥が国民と一緒に「ジーク・ジオン!」とご唱和するようなお国柄だ(ちなみに「ジーク(Sieg)」はドイツ語で「勝利」を意味する)。ジオンは「モビルスーツ」、つまり人間が乗って操縦するロボット兵器を量産し、地球連邦との戦闘に投入する。地球連邦側も、それに対抗すべく新型モビルスーツを開発する。その主力がガンダム、というわけである。
 で、開発直後のガンダムが運び込まれたコロニーでいろいろあって、15歳の少年アムロ・レイがガンダムのパイロットになる。そのアムロが、これまた諸事情により十代の少年少女ばかりで操ることになった新型戦艦「ホワイトベース」で旅をし、おそらくスポンサーの都合で一話につき最低一回は出動してジオン軍と戦う、というお話だ。アムロのライバルとなるのが、冒頭で言及した「赤い彗星のシャア」。専用の赤いモビルスーツを操る、ジオン軍の若き少佐である。

 最初にテレビ放映されたのは1979年で、「宇宙世紀0079」という年号はおそらくここから来ている。ちなみに私は二十世紀1973(ナインティーンセブンティースリー)生まれで、当時六歳。ガンダムをリアルタイムで見た記憶はない。きちんと見たのは大人になってからで、今では誰かがオープニング曲の『べ!ガンダム』を歌い出したら瞬時に(口で)伴奏を入れられるし、何なら挿入歌の『シャアが来る』を歌っていただいても「シャア! シャア! シャア!」と合いの手を入れられる程度には思い入れを持っている。一時はガンプラ作りにもハマっていた。しかし、もし子どもの頃に見ていたとしたら、まったく理解できなかった自信がある。というのも、話がリアルなミリタリー路線だからだ。
 私がまず感銘を受けたのは、ガンダムやホワイトベースといった連邦側の新兵器の名称がまだジオン側に知られていない頃、ジオン側がそれらを「白いヤツ」とか「木馬」などと呼んでいたことだ。名前を知らないのだからそういうふうに呼ぶのは当たり前と言えば当たり前だが、こういった細やかさに制作陣の「子どもに理解できなくてもいいからリアル志向で」という心意気を感じる。
 しかもガンダムは教育型コンピュータを内蔵していて、戦いのケーススタディーを記憶し、戦闘すればするほど強くなるらしい。これってある意味、機械学習みたいなものだ。今のAIを思わせる設定があったとは驚きだ。
 今見ると、ガンダムはドラマの作り方やセリフ回しが丁寧で、よくできているなあと思う。しかし、たまにキャラクターたちの会話がよく分からなくなる。とくに後半、アムロとジオン公国の少女、ララァ・スンの会話となると不可解指数が爆上がりする。

 そもそも二人の出会いの会話(第34話)からして謎めいている。湖のほとりでララァは、湖の上を飛ぶ白鳥を見ながら「かわいそうに……」とつぶやく。直後、白鳥が力尽きて湖の上に落ちる。つまりララァは白鳥が死ぬのを予知してそう言ったわけだが、そんなララァにアムロは「あの鳥のこと、好きだったのかい?」と尋ねるのだ。このセリフを聞いたとき、私の頭の中に「?」が10個ぐらい並んだ。
 「あの鳥のこと、好きだったのかい?」は、「はい」か「いいえ」で答える「yes/no疑問文」だ。通常、yes/no疑問文は「yesである可能性があるが、実際にyesかnoか分からないので、それを知りたい」という場合に発するものだ。つまりアムロの中には「ララァはあの鳥が好きなのかもしれない」という予想があったことになるが、「かわいそうに」→「つまり好き」というのはかなり思考が飛躍しているし、こういう思考回路の人の前では怖くて「かわいそう」などと言えない。それに普通に考えれば、たまたま見かけた野生の鳥に対していきなり特別な思い入れを持つのは難しいと思う。
 しかしララァは、問いの奇妙さをものともせずに「美しいものが、嫌いな人がいて?(以下、「美しいものが、嫌いな人がいて?」×2+「美しいものが……」とエコー)」と返す。より正確に言えば、このエコー入りの返事はララァの思念で、その後口に出して「美しいものが、嫌いな人がいるのかしら」と言う(なぜここで語尾を変えたのかも謎だ)。どうやら実際にララァはあの鳥が好きだったようだ。しかし、「ええ、好きだったわ」のようなストレートな返答ではなく「美しいものが、嫌いな人がいて?」と返すところに、「私があの鳥を好きだなんて当たり前でしょ。あなたはどうして、そんな当たり前のことを聞くの?」という、また別のタイプの思い込みが感じられる。
 つまり、「かわいそうに……」→「あの鳥のこと、好きだったのかい?」→「美しいものが、嫌いな人がいて?」という一連の流れには、アムロとララァの勝手な思い込みが入り交じっていて、第三者からはズレた会話に見える。しかし面白いのは、それらの思い込みが結果的に的を射ていて、アムロとララァの間では別に破綻していない、ということだ。実はアムロもララァも「ニュータイプ」と呼ばれる新しい人類で、予知能力やテレパシー能力があるので、もしかしたら「あの鳥に対するララァの思念」が直接アムロの頭に流れ込んでいて、それが「ララァはあの鳥が好きなのかも」という予測となり、「あの鳥のこと、好きだったのかい?」という問いにつながった可能性がある。
 しかし、謎質問に対して謎回答で返すニュータイプ流会話術は、オールドタイプの私には高度すぎる。もしもアムロとララァの会話が国語の問題に採用されたらたいへんなことになりそうだ。試しに例題を作ってみたので、暇な人は考えてみてほしい。


問題:以下は、『機動戦士ガンダム』第41話「光る宇宙」の一部である。ララァは過去に自分を救ってくれたシャアのために、モビルアーマー「エルメス」に乗って出撃し、ガンダムと戦う。しかし、ガンダムのパイロットがアムロであることに気づき、動揺する。二人がニュータイプの能力を使って交わした以下の会話を読み、設問に答えよ。

ララァ:(ガンダムに乗っているのがアムロであることに気づき)アム……ロ。
アムロ:(相手がララァであることに気づいて)ララァ! (攻撃を受けて)うっ! ララァなら、なぜ戦う?
ララァ:シャアを傷つけるから。
アムロ:なにぃっ?
ララァ:シャアを傷つける、いけない人!
アムロ:$${\underline{\text{そ、そんな、馬鹿な!}}}$$

問:下線部「そ、そんな、馬鹿な!」という言葉に込められたアムロの気持ちにもっとも近いと思われるものを、以下の①~④から一つ選べ。

①    自分(=アムロ)の実力はシャアに遠く及ばないにもかかわらず、ララァは自分のことを「シャアを傷つける、いけない人」と考えており、誤解されていることに動揺している。
②    ララァの魂は自分の魂とだけ共鳴しているはずなのに、「シャアのために戦う」などと思いがけないことを言われ、ショックを受けている。
③    ララァがシャアごときにそそのかされ、地球連邦の敵であり、かつザビ家の独裁を目論む悪のジオン公国に味方していることを、愚かな行為だと思っている。
④    自分は別に好きでシャアと戦っているわけではなく、これが戦争だから仕方なく戦っているのに、まるで自分がシャアをいじめているかのような口ぶりでララァに責められ、腹立たしく思っている。


 ちなみに答えは決まっていない。私は②が正解かなと思うが、知人は「①が正解っぽい」と言っていた。ChatGPTに聞いてみたら「④がアムロの心情に近いと考えられます」と答えた。皆さんはいかがだろうか?
  ガンダムに関してはまだまだ語り足りないので、残りは次回以降に回すことにする。次回、「消えた終助詞を追え!」。君は、生き延びることができるか……。

川添 愛 (かわぞえ・あい)
言語学者、作家。九州大学文学部、同大学院ほかで理論言語学を専攻し博士号を取得。2008年、津田塾大学女性研究者支援センター特任准教授、12年から16年まで国立情報学研究所社会共有知研究センター特任准教授。著書に、『白と黒のとびら』『働きたくないイタチと言葉がわかるロボット』『ふだん使いの言語学』『言語学バーリ・トゥード』『世にもあいまいなことばの秘密』など多数。

見出し画像デザイン 田中久子


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