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2022年11月7日単行本発売――中山七里「特殊清掃人」試し読み


一 祈りと呪い

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〈真垣総理予算委員会突如欠席 持病再発か〉

〈「この街にゲイバーは要りません!」金目教信者新宿歌舞伎町をデモ行進〉

〈片足のビーナス市ノ瀬沙良 パラ二百メートル代表決定〉

〈年間交通事故死者 昨年比二割増〉

 今日もネットニュースは煽情的な見出しに溢れている。だが自分の求めている孤独死のニュースはなかなか見当たらない。

 各ニュースサイトを漁っていると、目の前の卓上電話が鳴った。

「はい、〈エンドクリーナー〉です」

『あのう、部屋のクリーニングをお願いしたいんですけど』

 電話を受けたあきひろすみは、ああまたかと思う。申し訳なさそうな、それでいて自分の責任ではないと言いたげな曖昧な口調。ウチに仕事の依頼をしてくる客は大方そんな風だ。

「お部屋の大きさはどれくらいでしょうか」

『六畳のワンルームです。あの、その広さだと費用はいくらくらいになるんでしょうか』

「現場の状況によって増減があります。物件は畳敷きでしょうか」

『フローリングです』

「床上清掃は三万円から。床材の取り換えになると別費用が発生します。消臭・消毒は一万円からですが、まず現場を拝見してからの見積りをさせていただいた方がよろしいかと存じます」

『床上清掃と消毒だけなら四万円で済むんですね』

「いえ、それは室内の汚染状況が極めて軽微で、汚染箇所だけ処理すればいいケースです」

『……じゃあ、とにかく一度見にきてください。わたしはなりとみあきといいます』

 香澄は物件の住所と相手の連絡先を手早くメモに記すと、ホワイトボードの予定表に早速用件を書き込む。

「依頼かい」

 声を掛けてきたのは代表のわたるだ。

「四万円で何とかしてほしいような口ぶりでした」

「うーん、実際は最低料金で済むなんてこたぁ滅多にないんだけどなあ。で、物件の場所はどこよ」

「大田区の池上です」

「ではいくとするかね」

「見積りだけならわたし一人で充分ですよ」

「部屋の中に何が転がってるか分かったもんじゃねえからな。ひょっとしたら秋廣ちゃんの手には負えないものがあるかもよ」

「わたしだって大抵の汚れものは処置してきたつもりです」

「まだ死体そのものを片付けたことはないだろ」

 さすがにそんな経験はないので香澄は黙り込む。

「俺は今まで都合三回、そういう目に遭った。経験者が傍にいると、もしもの時にも困らないぞ」

 有無を言わさぬ口調で五百旗頭はコルクボードから社用車のキーを外した。言い出したら聞かない性格なのは承知している。香澄は不承不承、五百旗頭の後に続く。

 香澄の勤めていた事務機メーカーが倒産したのは昨年末のことだった。社長から事情を告げられたのが会社を畳む前日だったのだからひどい話だ。その上、退職金も満額払えないときては泣きっ面に蜂だった。支給された退職金では一カ月分の家賃にしかならない。会社を潰した社長に言いたいことは山ほどあるが、まずは先立つものが必要だ。

 急遽、就職活動を始めたものの、中途採用の求人は少なく、あったとしても資格要の条件がほとんどだった。履歴書の段階で門前払いを食らったのが三社、面接までこぎ着けたものの呆気なく謝絶されたのが二社。六社目に戸を叩いたのが、五百旗頭が代表を務める〈エンドクリーナー〉だった。求人情報の業種欄には『清掃業』と記載しているだけだが、基本給をはじめとした各種手当が驚くほど高い。ブラック企業の臭いがぷんぷんするが、高給の魅力には抗えず、応募だけはすることにしたのだ。

 面接に現れたのは五百旗頭だった。小柄で人好きのしそうな風貌は、代表者というよりも気のいい隣人といった趣だった。

「秋廣香澄さんね。へえ、苗字も名前みたいだね」

「父方の実家が鹿児島で、向こうには多い苗字らしいです」

「ええっと、ウチは清掃業は清掃業なんだけど、『特殊清掃』っていう種類でさ。聞いたことはあるかな」

 初耳だったので説明を受けた。特殊清掃というのはゴミ屋敷や死体の発見された部屋、そうした事故物件のハウスクリーニングを指すのだという。近年、孤独死の増加とともに需要が増え、今や成長産業の一角とまで持て囃されるようになったらしい。〈エンドクリーナー〉はハウスクリーニングのみならず、供養・家具の買い取り・リフォームまで請け負うとのことだった。

 事務所は手狭で、果たしてこれが成長産業を担う城なのだろうかと怪しく思ったが、部屋の隅に置かれた観葉植物を見て考えを改めた。

 観葉植物は枯れている上に、うっすらと埃を被っていた。客が出入りするかもしれない事務所の装飾品として褒められたものではないが、長らくオフィス勤めだった香澄は知っている。観葉植物が蔑ろにされているのは中で働く者が怠惰だからではない。装飾品や備品にまで気が回らないほど多忙なためなのだ。

「基本、清掃だから資格は問わない。慣れてきたら必要になる資格もあるんだけどさ。新入社員に求められるのは慎重さと鈍感力」

「慎重さと鈍感力はまるで逆の意味だと思いますけど」

「それは続けていれば大体分かってくるから。で、秋廣さんは鈍感さに自信があるのかな」

 鈍感さを問われたのは生まれて初めてだったが、ここで否と答える訳にはいかない。香澄は胸を張って答えた。

「鈍感さでは誰にも負けませんっ」

 すると五百旗頭はいきなり笑い出した。

「採用。ただし三カ月は試用期間だからね」

 特殊清掃の概要を説明されても、もう一つ実感は湧かなかった。それでも五百旗頭の人柄と、何より高給に背中を押されるかたちで、香澄は〈エンドクリーナー〉の入社を決めた。

 だが早速翌日から特殊清掃の大変さ特異さを、身をもって知ることになった。


 対象物件のある大田区池上辺りは電車の路線から外れているエリアがあるが、それを補完する格好でバスが走っている。そのせいもあって、街全体が静かな印象だ。大型ショッピングモールがない代わりにスーパーやドラッグストアが軒を並べている。遊具が充実した公園もあり、生活する上では何の不便もなさそうに思える。

「大型の商業施設がないってことは何を意味するか分かるかい」

 ワンボックスカーのハンドルを握りながら五百旗頭が訊いてくる。

「再開発が遅れているということですか」

「他所から買い物客がこないから、街を歩いているのは大抵地元の人間ってこった。周りは知った人間ばかりだから日中も夜中も騒ぐヤツはあまりいない」

「いい街じゃないですか」

「大部分の住民にしてみりゃ、そりゃあいい街さ。でもな、中にはそういうのが逆に息苦しいってヤツもいるんだ」

 現地では成富晶子が二人を待ち構えていた。物件の名称は〈ハイツなりとみ〉、コンクリート造二階建て、築二十年は経っていそうなアパートだった。

「大家の成富です」

 おどおどとした口調は相変わらずで、まるで五百旗頭たちを値踏みするように見る。無礼な態度だと思ったが、賃貸物件のオーナーの立場からすれば特殊清掃を依頼する事例がそうそうあるはずもない。物珍しさと申し訳なさと被害者意識が混在するのも仕方ないのだろう。

「ご用命いただきありがとうございます。〈エンドクリーナー〉の五百旗頭と申します。こちらは社員の秋廣」

 慣れている五百旗頭は営業スマイルを微塵も崩さない。

「どのお部屋でしょうか」

 晶子はアパート一階左端の部屋を指差す。

「105号室です。もう、中に入っていいと言われたので」

「入室の許可を出したのは警察ですね」

「お宅は事故物件専門の業者さんですよね。だったらわざわざ説明しなくても大方の事情は分かるでしょう」

「はいはいはい。しかしですね、内見しただけでは汚染状況が充分に把握できないケースも散見されます。たとえば衣装持ちであったかそうでないか、自炊派だったのか外食派だったのか、ペットを飼っていたのかいなかったのか。そして死因は何だったのか。それぞれの要因で汚れ方はずいぶん差が出ますし、しかも表面上はなかなか目につかないのですよ」

「その違いで見積り額が変わったりするんですか」

「ええ、大いに」

 すると晶子は周囲を見回してからアパートに隣接した自宅に二人を招き入れた。

※連載時の原稿をそのまま掲載しているため、単行本と若干の違いがあります。

2022年12月7日文庫版発売決定