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朝日新聞出版の文芸書

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書評や文庫解説、インタビューや対談、試し読みなど、朝日新聞出版の文芸書にかかわる記事をすべてまとめています。
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2024年7月の記事一覧

【『ひとつの祖国』と貫井徳郎論】この世界の表と裏/千街晶之氏による評論を公開

この世界の表と裏――『ひとつの祖国』と貫井徳郎論 フィクションの世界には、「分断日本」ものと呼ばれるサブジャンルが存在している。第二次世界大戦などの戦乱・内戦を契機として、日本が二つの国家に分断されるという設定の物語を指す。古くは、第二次世界大戦後に東西陣営により南北に分断された東京を舞台にした藤本泉の短篇「ひきさかれた街」(1972年)を先駆とし、1990年代には架空戦記ブームに乗って、豊田有恒の『日本分断』(1995年)、矢作俊彦の『あ・じゃ・ぱん』(1997年)といった

【俵万智×ヒコロヒー 対談】俵万智が「はっ」としたヒコロヒーの言葉 対談で意気投合した、創作で食べることに通じる感覚とは

 1987年のベストセラー『サラダ記念日』から最新歌集『アボカドの種』まで、女性の恋心を短歌に詠んできた歌人の俵万智さんと、今年上梓した恋愛小説集『黙って喋って』が版を重ね、作家としての評価も急上昇中のヒコロヒーさんが初対談した。 ――俵さんは『黙って喋って』を各紙の書評で絶賛し評判になりました。どのような経緯で本を手に取られたんですか。 俵万智(以下、俵):ヒコロヒーさんと仕事でご一緒することになり、読んでみようと思ったのがそもそもの動機ですが、読み終わった後「これはす

日本刀の魅力に溢れた傑作時代小説連作集/山本兼一著『狂い咲き正宗 刀剣商ちょうじ屋光三郎』末國善己氏による解説を特別掲載!

 日本刀は、“武士の魂”といわれる。だが、源平合戦の昔から恩賞として家臣に贈られることもあった刀剣は、切れ味、刃こぼれしないといった実用性と同じくらい、鑑賞用として、稀少性はもとより地鉄や刃文の美しさなども愛でられていた。  特に、戦乱が終わった江戸時代に入ると、刀剣は美術品、贈答品としての価値が重視されるようになり、鞘、柄、鐔などの装飾品にも趣向を凝らすようになる。美術品としての日本刀に着目した本書『狂い咲き正宗』は、徳川将軍家の刀剣を管理する御腰物奉行・黒沢勝義の嫡男で

「仏教文学の新しいジャンルを切り拓いてきたと言ってもいい」伊藤比呂美さん話題の単行本がついに文庫化!/『いつか死ぬ、それまで生きる わたしのお経』曹洞宗僧侶・藤田一照さんによる文庫解説を公開

 伊藤比呂美さんは、「ひろみ」と呼ばれると快感を感じると言う。だから、僕は彼女のことをいつも「比呂美さん」と呼ぶことにしている。僕と比呂美さんは二〇一四年八月一日の夜、名古屋市内のとある居酒屋で初めて顔を合わせた。僕が一九五四年生まれ、彼女が一九五五年生まれだから、その年、僕は還暦を迎え、彼女は還暦一年前というタイミングだったことになる。お互いいい歳になってからの邂逅だ。もっとも僕の方は、東京大学の駒場の学生だった頃から彼女の存在を知っていた。身体や性、セックスをテーマに過激

【全文公開】佐々木敦さんによる本格文芸評論、『成熟の喪失』から「はじめに」を全文公開!

成熟の喪失 庵野秀明と〝父〟の崩壊 佐々木敦はじめに  本書は、庵野秀明という映像作家についての長編評論です。  一九九五年に放映が開始され、社会現象とも言うべき大ヒットとなったTVアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の監督として世にその存在を知らしめた庵野は、その後も四半世紀以上にわたってリメイク/リブートを続けた「エヴァ」シリーズを軸として、実写映画を含む数々の話題作によって、作家としての人気と評価を高めてきました。庵野に対する世評は二〇二一年に公開されたシリーズ完結編『シ

この物語を必要としている人に、どうかこの本が届きますように――。窪美澄さん『朔が満ちる』早見和真さんによる文庫版解説を特別公開

家に帰ると窓から"あたたかい光"が漏れている、ただそれだけの幸せを諦めたくないと思った。(女優・奈緒さん) この物語を必要としている人に、どうかこの本が届きますように――。(小説家・早見和真さん)  心臓で読む小説だ。  この解説の依頼を受けるずっと前、刊行されたばかりの本書『朔が満ちる』を読んだときの気持ちを、いまでも鮮明に覚えている。  この物語を必要としている人に、どうかこの本が届きますように──。  僕自身が犯罪をテーマにした小説を書いている最中だったことも

「ひきこもりの季節」とは?/篠田節子著『四つの白昼夢』田中兆子さんによる書評を特別公開

思い込みは、気持ちよくひっくり返される  2024年初夏の現在、東京の街を歩く人の半数以上はマスクをしておらず、特に若者の多くはのびやかに顔をさらしている。コロナ禍の真っ只中に「マスクで顔を隠すことの安心感を覚えた若者は、もはやコロナが終わってもマスクを手放すことはないだろう」という言説がまことしやかに流れたが、その予想は見事に外れた。  とはいえ、マスクで顔を隠すことも隠さないことも同調圧力という同じ理由なのかもしれず、コロナ禍によって私たちの心性は変わったのか、それと

【特別試し読み】鴻巣友季子さん集中連載「小説、この小さきもの~孤独、共感、個人~」第1部から「はじめに」と第2章冒頭公開!/なぜ人は小説に共感を求めようとするのか? 小説が書かれる・読まれる歴史の背景を遡りながら、その起源と本質に迫る本格評論

小説、この小さきもの ~孤独、共感、個人~ 鴻巣友季子第一部 小説、感情、孤独 はじめに  小説とはなにか? などという問いはあまりにプリミティヴに響くだろう。  西洋の物語の起源には詩があった。文学とは長らくおもに韻文の詩を意味していた。しかしどうだろう、いまの世界を見わたしてみると、西洋で生まれた散文文芸である小説が文学の中心であるかのごとく扱われている国や文化圏は多く、日本もそのひとつだ。  どうして小説はときに「涙が止まらない」「切なさ一〇〇パーセント」「共感しか

作家・麻見和史さんが小説創作の極意を特別公開!/新シリーズ『殺意の輪郭 猟奇殺人捜査ファイル』刊行記念エッセイ

猟奇という舞台装置  ウェブ連載をやってみませんか、というお話をいただいたとき、最初に頭に浮かんだのは「矛盾なく最後まで書けるだろうか」ということだった。  デビューして今年で18年目になるのだが、私はずっと警察小説の書き下ろしをやってきたので、連載は経験したことがない。書き下ろしの場合、執筆、修正、校正などすべての作業が終わってから作品は世に出ることになる。しかしウェブ連載では事情がまったく違う。月に数回サイトに文章が掲載されるとなれば、その回数だけ締切がやってくる。充

『帝国の慰安婦』著者・朴裕河さんが鎌倉で辿る、歴史の「強さ」と「弱さ」/文庫版刊行記念エッセイ公開

鎌倉に暮らせば 3月から、鎌倉で暮らしている。半年や1年とかの長期滞在ではないから「暮らす」という言葉は相応しくないのかもしれないが、宿に寝泊まりするのとは違って掃除洗濯もするし、庭の梅の木から落ちてきた梅を拾っては蜂蜜漬けにしてみたりもしているのだから、自分では「暮らす」気に、すっかりなっている。  もともとは冬休みを使って東京に3週間ほど滞在する予定だった。それが、11年前に韓国で出した『帝国の慰安婦』に関する裁判の大法院(最高裁)判決が昨年の秋にようやく出、民事裁判も