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朝日新聞出版の文芸書

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書評や文庫解説、インタビューや対談、試し読みなど、朝日新聞出版の文芸書にかかわる記事をすべてまとめています。
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2024年3月の記事一覧

【菜の花忌シンポジウム】作家・司馬遼太郎さんを偲び今年も開催/『街道をゆく』をテーマに、大紀行が未来に伝えるメッセージを語り合う

司会・古屋和雄:まず『街道をゆく』が皆さんにとってどういう作品か、教えてください。 今村翔吾:僕が『街道をゆく』を全部続けて読んだのはたぶん中学2、3年生頃。司馬さんの小説を全部読み切って、読むものがなくなって……といったら失礼ですけど。読んでみて、小説にフィードバックされているところが随所に感じられて、「二度楽しめる」感じだったのを覚えていますね。 ■憧れだったモンゴルへ 岸本葉子:なんといっても足での探索と、頭での探索。実際に司馬さんと一緒に歩いて、移動をしている感

「小説についてはいつも孤独という言葉で考えています」/町屋良平さんによる江國香織インタビューを特別公開!

言葉の要請から物語が生まれる■街そのものを描くということ 町屋:江國さんの作品を読んだのは『冷静と情熱のあいだ』が最初で、実はそれが私の文学体験のほとんど原点に近いものでした。もちろんそこに書かれている世界は高校生の私には経験したことのないものだったのですが、読み終わったあとにグッと引き込まれていた自分に気づき、しばらく興奮を抑えられなかったのを覚えています。どんどん日本の小説を読めるようになったのは、それからでした。以来、江國さんの小説をずっと好きで読んできた人間の個人的

「私は、もっと自らのおろかさを突き詰めた長井短の小説が読んでみたい」小説家・年森瑛さんによる『私は元気がありません』書評

他者を物語るということ  小説を書くことは、この上なく孤独な作業だ。  寂しさに耐えかねた私は、同じく兼業作家のサハラさんと毎週末に作業通話をするようになった。一人称って難しくないですか、下手こくと「俺の名前は江戸川コナン、探偵さ!」状態になりますし、作家の腕が如実に出ますよね、みたいな話をしている。そこで思い返してみると、『私は元気がありません』の一人称は上手かった。これは長井短による初の小説集で、全三篇が収録されている。独特のバイブスがある文体で、舌に乗せたくなるよう

【特別公開!】「この本を書くことで、やっとのみ込むことができた」長井短さん初の小説集『私は元気がありません』刊行記念エッセイ特別公開

冒頭一部を下記にて公開しております! 長井短さん『私は元気がありません』刊行記念エッセイ 「静止する“私”こと」 最後に原稿を読んだのは1月4日だった。あれから1ヶ月くらい経った今、読み返していない。家に届いた見本もパラパラ捲るだけだ。だって、もう赤入れられないから。原稿の直しは全部で3回。その度赤く染まった紙の束は今、美しい装丁に包まれて微動だにしない。それはついに発売されるってことの証明で、嬉しいはずなのに、運動をやめた文字たちがちょっぴり怖かった。 「小説TRIP

春季号は創作が3本に、第10回林芙美子文学賞受賞作&選評掲載! 江國香織さんインタビューも。〈「小説TRIPPER」2024年春季号ラインナップ紹介〉

◆創作奥泉光 「印地打ち」  旅先で公民館に集う年寄りから、その昔の石合戦、印地打ちの話を聞いた。山岳に住み石礫を飛ばして、動く標的を射止める。武田信玄、真田昌幸の戦にも登場しながら、武将の軍団に組み込まれることを拒み、戦国の世に幻と消えた山の民が、現代に問いかけるものとは? アジア・太平洋戦争から歴史の舞台を遡って、著者の新境地。 志川節子 「昔日の光」  4年前に女房を亡くした幸右衛門は、息子に家業の大家を継がせたものの、何かと口を出すので煙たがられている。かつて水

【開催中】朝日文庫「エッセイフェア2024」ラインナップを紹介します

■伊藤比呂美『読み解き「般若心経」』  死にゆく母、残される父の孤独、看取る娘の孤独。苦しみにみちた日々の生活から、向かい合うお経。般若心経、白骨、観音経、法句経、地蔵和讃。詩人の技を尽くしていきいきとわかりやすく柔らかい現代語に訳していく。 ■茨木のり子『ハングルへの旅 新装版』  ハングルを学ぶようになった動機、ともに学ぶ人びとのこと、日本のいち方言との類似点、ユーモラスな諺や表現の数々――。隣国語のおもしろさを、韓国への旅の思い出を交えて、繊細に綴った珠玉のエッセ

黒川博行さんによる警察小説の到達点『悪逆』が、第58回吉川英治文学賞を受賞!――文芸評論家の池上冬樹さんが太鼓判を押す、王道のクライム・サスペンス!!

カタルシス vs.ピカレスクの魅力  黒川博行の小説は読みとばせない。軽妙ですいすい読めるのに、台詞の一つひとつに味があり、笑いがあり、キャラクター描写の冴えがある。相変わらず語りの巧さは天下一品で、大胆で不埒なストーリー、賑々しいキャラクターの妙、リズミカルで生き生きとした会話が素晴らしく、笑いながら頁を繰っていく。退屈に思えるところなど微塵もない。さすがは「浪速の読物キング」(伊集院静)だ。  物語はまず、殺し屋が広告代理店元社長大迫を殺す場面から始まる。綿密に計画を