マガジンのカバー画像

朝日新聞出版の文芸書

191
書評や文庫解説、インタビューや対談、試し読みなど、朝日新聞出版の文芸書にかかわる記事をすべてまとめています。
運営しているクリエイター

2024年1月の記事一覧

【祝!初小説集発売記念 試し読み】俳優・長井短『私は元気がありません』表題作を一部公開

「いってきます」で目が覚める。ダウンコートのカサカサが顎を掠めて、吾郎が出張に出かけるんだと思い出した。できるだけ、瞳に光が差さないように気をつけながら「いってらっしゃい」と返事をすると、もう一度カサカサが顔にぶつかって離れる。今何時だろう。二度寝の権利を引き摺り込んで、羽毛布団に深く潜った。次に目が覚めたのは昼過ぎだった。身体は重い。お酒を飲んだのは一昨日なのに、まだ体内にアルコールが残っている感じがする。「三十越えるとマジどっと来るよ」って言ってたのは三茶のどの店の人だっ

「『老い』というイメージを覆す、落合恵子さんの好奇心」木内昇さんによる、落合恵子著『明るい覚悟』文庫解説公開!

 かっこいい、という形容がすこぶるしっくりくる人である。  洗練された佇まいもさることながら、長きにわたりクレヨンハウスを運営し、作家として数々の作品を世に送り出し、論客としてもまっすぐに意見を発信し続けている――というその活動は、ここで改めて語るまでもないこと。机上のみで終結せず、常にアグレッシブに行動する姿を、メディアを通してではあるけれど、絶えず目にしてきた印象がある。  それだけに、「老い」という言葉を本書の中に見付けたとき、少々戸惑いを覚えた。もちろん誰しも年齢

俳優・奥田瑛二さん「吉次の生みの親たる北原さんと、意見が分かれないことを願うばかり」/北原亞以子著『脇役 慶次郎覚書』の文庫解説を特別公開!

 こいつはとんでもないへそ曲がりと見た。さて、どう演じるべきか——。  NHKドラマ『慶次郎縁側日記』から出演の話をいただき、最初に原作を読んだときには、しばし考え込んだものだった。  何しろ、演じてほしいといわれた吉次は、とにかく強烈な人物だ。妹夫婦が営む蕎麦屋に居候する岡っ引で、弱みをつかんだ町人を強請っては金を得ている鼻つまみ者。そのせいで、「蝮の吉次」なんて異名までちょうだいしている。背中を丸めて歩く姿には、拭いようのない孤独と哀愁が染み付いている。  主役の慶

「あれ、これ、私のことじゃね?」ラッパー・TaiTanさんが武田砂鉄さんの真の凄みと恐ろしさをつづる!/『わかりやすさの罪』解説公開!

 罪の告白からはじめたい。  かつて、「わかりやすさ」で稼いでいたことがある。  高校3年生の頃だ。私は巷で知られたYahoo!知恵袋の回答マスターだった。  突然何の話だ、と思うだろう。私とてこんなことをカミングアウトするのは苦々しい。ラッパーのブランディング的にも厳しいものがある。だが、この話をしないことには本書の解説など務まらないので、説明を続ける。  当時の私は、ひとりで勉学に励む模範的受験生だった。同級生たちは皆、予備校に通っていたりしたらしいが、私の実家の

社会に巣くう悪党たちの話を書かせると月村了衛の右に出る者はいない!/文芸評論家・池上冬樹氏による、月村了衛著『奈落で踊れ』文庫解説

 まずは、最新作『半暮刻』(双葉社)からはじめよう。  この小説は、暴力団に所属しないで犯罪を行なう集団、つまり半グレたちを主人公にしている。会員制クラブにつとめる山科翔太と辻井海斗で、2人は店の方針に従って、女性客を騙して借金まみれにし風俗店に落としていたが、ある日警察の摘発にあう。だが、逮捕され刑に服したのは末端の翔太だけだった。  ここから2人は違う道を歩み始めるのだが、そもそも2人は生まれも育ちも違っていた。翔太は児童養護施設で育ち、少年院入所歴があり高校中退。海

2024年に朝日新聞出版から発売予定の文芸書単行本情報を一挙に解禁します!

■2024年1月31日発売予定『黙って喋って』ヒコロヒー  ヒコロヒーによる、恋愛短編小説集!  感情がほとばしって言い過ぎた言葉、平気をよそおって言えなかった言葉。「もう黙って」「もっと喋って」と思わずにはいられない、もどかしくて愛おしい掌編18本。 ■2024年2月7日発売予定『川のある街』 江國香織  ひとが暮らすところには、いつも川が流れている。人生の三つの〈時間〉を川の流れる三つの〈場所〉から描く、生きとし生けるものを温かく包みこむ慈愛の物語。はかなく移りゆ

2024年に発売予定の朝日文庫の一部をご紹介いたします!

 今年の第一弾は、月村了衛さんの『奈落で踊れ』(1月10日発売予定)です。1998年、接待汚職「ノーパンすき焼きスキャンダル」発覚で大蔵省は大揺れ。黒幕の大物主計局長、暴力団、総会屋、政治家らの思惑が入り乱れるなか、“大蔵省始まって以来の変人”の異名をとる香良洲(からす)圭一は、この危機にいかに立ち向かうのか? まさに解説・池上冬樹氏の「社会に巣くう悪党たちの話を書かせると月村了衛の右に出る者はいない」の言葉通り! 日本の闇をあざ嗤う、スリリングな官僚ピカレスク小説です。