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朝日新聞出版の文芸書

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書評や文庫解説、インタビューや対談、試し読みなど、朝日新聞出版の文芸書にかかわる記事をすべてまとめています。
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2023年12月の記事一覧

2023年に朝日新聞出版から発売された文芸書を一挙に紹介します!

『植物少女』朝比奈秋著(2023年1月7日発売)  植物状態になった母とその娘、成長するにつれ、母の存在も大きく変化し―「生きるとは何か」を問う、静かな衝撃作。 第36回 三島由紀夫賞受賞作。 『また会う日まで』池澤夏樹著(2023年3月7日発売)  海軍軍人、天文学者、クリスチャンとして、明治から戦後までを生きた秋吉利雄。この三つの資質はどのように混じり合い、競い合ったのか。著者の祖母の兄である大伯父を主人公にした伝記と日本の近代史を融合した超弩級の歴史小説。 『誰

【書店員さんの感想まとめ】こんな面白くて勉強になる本、絶対に若い方にも読んでほしい!!――垣谷美雨さん『墓じまいラプソディ』感想まとめ

 わかりすぎてうなずきながら読みました。みんな家族のことを想っている。でもちょっと煩わしくて、まっすぐに向き合って話すのを避けながら生活してしまう。  墓じまいをしたい人、反対の人、どちらもいろいろ考えがあってのことなのだ。  変わっていく家族のかたち、変わっていく今を私たちの道しるべになってくれる本でした。 (あおい書店(らくだ)富士店 鈴木裕里さん)  他人事ではない誰にでも起こりえる墓問題、夫婦間の姓の問題、ものすごく深刻だけど軽やかな筆致で書かれているので、重くなっ

玄侑さんという人は、本当に怖ろしい/玄侑宗久著『桃太郎のユーウツ』道尾秀介さんによる書評公開

 音楽を聴くとき、アルバムに収録された曲を一曲目から順番に再生していく人が近年では減っているという。かくいう僕自身も、隙間時間を見つけては、聴きたい曲だけポチッと選んで再生したりする。しかし作り手は適当に曲順を決めているわけではなく、そこには重要な意味があるはずで、ためしにアルバムを最初から最後まで再生してみると、それぞれの曲が驚くほど違って聞こえてくる。  短編小説集もまたしかりで、収録作品を配列順に読むことで、初めて立ち現れてくるものがある。とくに本書はその特色が強いの

驚愕の展開に慄然!川瀬七緒の資質がたっぷり詰まったホラーミステリー/『うらんぼんの夜』西上心太さんによる文庫解説を公開

 内と外。  内側だけにしか通用しない論理や倫理、あるいは因習に抗う少女の物語……である。  本書は2021年6月に書き下ろし作品として刊行された作品の文庫化だ。新型ウイルスへの言及があるので、2020年代が舞台の物語と比定して問題ないだろう。  福島県のとある町からバスで40分ほどかかる、山に囲まれた農村地帯の農家。それが16歳の高校生・遠山奈穂が住む実家である。高校は夏休みだが、彼女の毎日は遊びとは無縁だ。猛暑の中、毎朝畑に出て、トマトやジャガイモの収穫作業に従事し

芦沢央さんによる文庫解説全文掲載!!/葉真中顕著『そして、海の泡になる』文庫解説

 解説とは何だろう。  解説の依頼をもらうたびに、願わくば、作品を正しく読み解く上で有用な補助線を提示するようなものでありたいと考えてきた。  だが本書を読んで、その気持ちが揺らいでいる。果たして作品を「正しく」読み解くことなど可能なのだろうか、と。  本書は、バブル期に「ガマガエルのお告げ」によって巨額の株式投資に成功し、バブル崩壊後に詐欺容疑で逮捕されたとされる尾上縫をモデルにして書かれた、朝比奈ハルという一人の女性の人生を巡る物語だ。  まず彼女についての複数の

高橋源一郎さんが、ぼくたちには今こそ『歎異抄』が必要だと思った理由/高橋源一郎著『一憶三千万人のための「歎異抄」』刊行エッセイ

 浦沢直樹原作のアニメ「PLUTO」の配信が始まった。約1時間のものが8 本、超大作だ。そのスケールの大きさ故に、テレビ会社では制作できず、世界に配信できるネットフリックスの資本によって制作されたといわれている。実はこの作品、手塚治虫の名作『鉄腕アトム』の中の一エピソード「史上最大のロボットの巻」を長編化、というかリメイクしたものだ。19 歳になる長男に見るように勧めた。すると、長男は8本を一気に見て、「ものすごくおもしろかった! すごい!」といって興奮していた。  ロボッ

福島在住の僧侶作家が「桃太郎」を介して見た、震災後、コロナ禍、そして戦渦の前の”ユーウツ”と”鬼”の正体 / 玄侑宗久著『桃太郎のユーウツ』刊行に伴う随筆

 このたび朝日新聞出版から、『桃太郎のユーウツ』という小説集を上梓した。中短六作から成る作品集だが、通常の作品集のように連作ではないし、掲げた通しテーマがあったわけでもない。ただ全体を通読したとき、総タイトルは『桃太郎のユーウツ』だと、すんなり思えた。その辺の思いをそぞろ書いてみたい。  桃太郎とはいったい誰なのか、それは高校時代からずっと気になっていた。正直に言うと、私は高校生の頃友人二人と密かに「桃太郎研究会」なる同好会をつくり、放課後の教室で各種「桃太郎」を読み比べ、