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朝日新聞出版の文芸書

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書評や文庫解説、インタビューや対談、試し読みなど、朝日新聞出版の文芸書にかかわる記事をすべてまとめています。
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2023年4月の記事一覧

李王朝に嫁いだ日本人皇族女性の激動の生涯を描き切る 作家・深沢潮が到達した境地

李王家の世継ぎと結婚した皇族の生涯をたどる歴史小説  大磯の別荘で新聞を開いた14歳の梨本宮方子は、自分が朝鮮の李王家の世継ぎ、李垠と婚約したことを知り愕然とする。日鮮融和を名目にした政略結婚だった。皇族出身の方子の生涯を通して、韓国が日本の支配下にあった時代から戦後までを描く歴史小説だ。 「この時代のことは学校では日韓併合という言葉くらいで、私自身そんなに詳しく学ばなかった。方子のような人がいたことをわかってもらいたくて書きました」  と、深沢潮さんは語る。  方子

亡き鷺沢萌さんに励まされ書き上げた、深沢潮さん渾身の大作! 朝鮮王朝最後の皇太子妃・梨本宮方子と、韓国独立運動家と恋に落ちたマサの数奇な運命を描く、『李の花は散っても』刊行記念エッセイ

あなたに励まされて 最初の単行本『ハンサラン 愛する人びと』(新潮社・新潮文庫化の際に『縁を結うひと』と改題)が世に出て10年が経ち、この春13冊目の小説『李の花は散っても』を刊行する運びになった。デビュー作が、自分の属性でもある在日コリアンのことを描いた短編集だったことから、在日作家と呼ばれることもあり、実際、在日コリアンを描いた作品もいくつか書いてきた。作品のみならず、積極的にヘイトスピーチや日韓によこたわるさまざまな事象について発言することもある。  作家としてのこの

斎藤家三代にわたる動乱を描く、木下昌輝『まむし三代記』/文芸評論家・高橋敏夫氏による文庫解説を特別公開!

 まむし三代記。  暗い輝きが幾重にもつづく、なんとも刺激的で、魅力あふれるタイトルではないか。  このタイトルに魅かれて本作品を手にとった読者も、けっして少なくあるまい。わたしもそんな読者のひとりである。  ピカレスク(悪漢、悪党)歴史時代小説というジャンルがあるなら、木下昌輝の『まむし三代記』は、タイトルからしてすでにそれを予想させる。灰褐色まれに赤褐色の体色で、鋭い毒牙をたてて相手に襲いかかり、親を殺して生まれてくるという俗説まである毒蛇「まむし」は、他人にひどく

「戦国時代はグローバル化の大波の影響を抜きに語れない」朝日文庫『徳川家康の大坂城包囲網』著者・安部龍太郎氏が新たに書き下ろした“まえがき”を特別公開!

関ヶ原から大坂の陣へ  本書のあとがきに2008年11月とある。もう15年も前のことだ。それなのにこうして再版していただくのは大変有難く、感謝にたえない。  久々に読み返して驚いたのは、あとがきの中で将来の自分へ宿題を出していることだ。当時は「真相は謎のベールにつつまれたままである」と感じていたことが、その後の調査や小説の執筆によって少しずつ分るようになってきた。  再版に当たって加筆を求められたので、そのことについて仮説(新説)をまじえて記してみたい。  関ヶ原の戦

「軍人としての努め、キリスト教徒としての信心、科学者としての信念は共存しうるのか?」鴻巣友季子さんによる、池澤夏樹著『また会う日まで』書評

軍人と天文学者とキリスト教徒の共存? 秋吉利雄は1982年(明治25)に生まれ、少将にまで昇級した海軍軍人であり、敬虔なキリスト教徒であり、優れた天文学者でもあった。この本作の主人公であり語り手は、(著者)池澤夏樹の父方の大伯父にあたる実在の人物だ。  本作は利雄の個人的な回想録であり、しかし同時に、日本の明治末期から第二次大戦終戦後までの近代日本を描く壮大な歴史年代記でもある。そこにはさまざまな戦いと対立があるが、最も大きいのは個人の思想信念と国家共同体のそれだろう。

【試し読み】忙しい日々を乗り切る、時間管理・効率化とは? 共感必至の子育てエッセイ!村井理子『ふたご母戦記』/苦手なことは捨てて「楽して上等」

■第3回/「感情的な親」にならない方法 苦手なことは捨てて「楽して上等」 翻訳をして、原稿を書いて、双子を育てて、そのうえ大型犬もいて、高齢者の介護もして一体どうやって時間のやり繰りをしているの!?と聞かれることが頻繁にある。特に最近は増えてきたかもしれない。傍から見ると、悠々と乗り越えているように見えるのかもしれない。自分では四苦八苦しながら毎日をどうにか生きていると思うのだが、もしやその四苦八苦が伝わっていないのか……いや、四苦八苦を上手に隠しきれているのだろうか。そう

柚木麻子さん「まぶしくかじりつくようにして読み進めた」/村井理子著『ふたご母戦記』書評

自分を守ることで子どもも守る 村井理子さんの著作や記事、レシピ、翻訳作品のファンだ。  これは、私だけではなく、すべての村井読者が心の隅でいつもこれを気にしているんじゃないかと思っているのだが、すごいスピードで刊行されていく村井作品に触れる度に、「ぎゅうぎゅう焼き」こと「村井さんちのオーブン焼き」をオーブンから取り出す度に、ふと思う。「この方、双子を育てているんだよな」。こんなにたくさん仕事しながら二人同時に育児しているってどういうこと? すごいシッターさんとかがついている