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朝日新聞出版の文芸書

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書評や文庫解説、インタビューや対談、試し読みなど、朝日新聞出版の文芸書にかかわる記事をすべてまとめています。
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2022年12月の記事一覧

「描かれるのは複数の生き延び方」モラハラからのサバイバル・キットのような一冊。櫻木みわ著『カサンドラのティータイム』/文筆家・水上文さんによる書評を特別公開

モラハラからのサバイバル・キット  自分を害する人間から逃れること、苦しみを把握し得る知識を得ること。それは言うまでもなく、生き延びるための重要な方途ではある。だが、道はひとつではない。  櫻木みわの『カサンドラのティータイム』が描き出すのは、労働環境における女性の困難であり、巧妙な支配と暴力であり、同時に生き延びるための複数の道でもある。  友梨奈と未知という二人の女性の視点を交差させながら形作られるこの物語は、モラハラに苦しめられる女性に焦点を当て、それぞれに異なる

加藤シゲアキ『できることならスティードで』好きなエッセイベスト5発表!

 加藤シゲアキ『できることならスティードで』文庫版発売を記念して、2022年11月にTwitter上で『あなたの好きなスティードのエッセイはどれか教えてキャンペーン』を実施いたしました。旅をテーマにしたエッセイ集である本作収録エッセイ15編のうちお好きなエッセイのタイトルを、専用ハッシュタグと共に投稿していただく(任意でご感想も添えて)という参加方法でした。  文庫の発売からひと月経たないうちの実施でしたが、予想以上に多くの方にご参加いただきました。どの1編にするか〆切ギリ

徳川家康と毛利輝元の視点で、東西両軍の虚々実々の駆け引きをリアルに描く、伊東潤著『天下大乱』/文芸評論家・高橋敏夫さんによる書評を特別公開!

■「静謐(平和)」を求める常識転倒の巨篇  すぐれた歴史時代小説の醍醐味は、なんといってもまず人と出来事をめぐる常識の転倒にある。  5年、50年ではない。150年、ときには500年をこえる時間の中で形成され現在にいたる、部厚く堅固な常識がゆさぶられ、そこから新たな人と出来事が出現する。  伊東潤の最新刊『天下大乱』は、「天下分け目の決戦」とみなされてきた関ヶ原の戦いをめぐる、いくつもの常識転倒の物語にして、「天下の静謐(平和)」への人びとの希求が執拗なまでに束ねられた大作

はやくも3刷! 中山七里著『特殊清掃人』刊行記念エッセイ「自作解説は恥ずかしい」

自作解説は恥ずかしい  本音を言ってしまえば、自作解説なんて死んでも書きたくない。そもそも中山七里の小説のメイキングなんて誰が読みたいものか。  だが本エッセイの依頼内容は400字詰め原稿用紙に換算して7枚半から8枚。とても近況報告などでお茶を濁せる枚数ではなく、朝日新聞出版の担当者を呪いながら作品の成立過程を述べる所存である。興味のない人はすっ飛ばしてください。  孤独死という言葉は既に70年代から存在していたように思う。当時10代の僕はその頃より想像力たくましく、「

正解の裏にはクイズプレイヤーの人生が…「ゼロ文字押し」解答の謎を追う、小川哲さんによる驚異と異色のなぞ解き小説『君のクイズ』/斎藤美奈子さんの書評を特別公開

■クイズが私の人生を肯定してくれたんです  クイズ番組で超難問に次々答える解答者。問題文の最初の数語で答えを予測し、早押しのスピードを競う姿は、百人一首を用いた競技かるたを思わせる。ほとんどスポーツである。  小川哲『君のクイズ』はそんなクイズ王の世界をモチーフにした異色の謎解き小説だ。  語り手の「僕」こと三島玲央は25歳。中学のクイズ研究部に入ったときから十数年、研鑽を積んできた。今日はクイズ界の頂上戦というべき『Q−1グランプリ』当日だ。決勝に残ったのは玲央と、驚

【石原慎太郎氏による文庫解説を特別公開】大河ドラマ「どうする家康」や木村拓哉さん主演映画でも注目集める織田信長を描いた、歴史文学の名著『信長』復刊

価値と歴史の創造者  秋山氏の「信長」が出版された直後、氏との対談でこの本を一番評価しているのは信長自身ではないかといったことがある。  実際にこの労作以前にあった信長の評伝はどれも、この日本の歴史の中で最も有名で最も偉大な仕事を手掛けた、しかし最も非日本的な、その意味では異形な人物について正鵠を射た分析も評価もし切れてはいなかった。  信長の偉大さは彼こそが日本の近代の素地を作ったが故にあるが、彼が願った新しい社会を形として成し上げたのは彼の麾下にあった秀吉とか家康という

ダ・ヴィンチ・恐山こと品田遊のエッセイを特別公開!「日々、インターネットばかりしている」からこそ生まれた新刊2作を語る

■インターネットを「閉じて」みる  日々、インターネットばかりしている。  2009年にTwitterアカウントを開設して以来、なんでもツイートに変えて生きてきた。その日にちょっとした思いつきや冗談、見聞きしたものなどを気軽に放り込む場として、Twitterほどふさわしい媒体はない。  Twitterに馴染んでくると「いいね」や「リツイート」が連鎖して数字が膨れ上がる面白さに夢中になった。身の回りの人物のエピソードを書いていたら予想外に「バズって」しまい、漫画化したり取