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変な日本語にご用心――李琴峰「日本語からの祝福、日本語への祝福」第7回

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第7回 変な日本語にご用心


 日本語は台湾の公用語ではないが、台湾で暮らしていると、日本語の文字を目にする機会はまあまあ多い。屋台や店の看板から、商品のパッケージ、テレビCM、個人的な手紙、学生のメモや教師の板書まで、何故か仮名文字が愛用される。

 手紙やメモ、板書の場合、その理由は明白で、漢字は画数が多いから、仮名文字で代用すれば手間が省けるからだ。要するに「一箇月」は面倒くさいから「一ヶ月」と書くようなものだ。

 台湾人にとって一番身近な仮名文字は「の」である。「我的書=私の本」「桌子的上面=机の上」「明天的考試=明日のテスト」のように、名詞と名詞を繋ぎ、前の名詞で後ろの名詞を修飾する中国語の「的」の多くは日本語の「の」に相当するため、「的」の代わりに「の」を書く人は多い。例えば「我的書」「明天的考試」と書かずに「我の書」「明天の考試」と書く。それが過度に一般化して、本来「の」に相当しないはずの形容詞の語尾(例えば「美麗的景色=綺麗きれいな景色」「好吃的食物=美味おいしい食べ物」)まで「の」と書いてしまう。当然、そう書く人のほとんどは日本語ができないし、「の」は「no」と読むことすら知らないのだろう(ちなみに、このような省エネ精神は古代の日本人も大好きで、片仮名はまさしく漢字の省略形として生まれたのだ)。

 中学生の時、仲の良かった女友達と交換日記をしたことがある。日記の中で、私たちはやはり「的」の代わりに「の」を書いていた。ただ私たちの場合、漢字を書くのが面倒くさいというより、単に仮名文字を「格好いい」「お洒落」だと思って書いていたのだろう。他の人と違うことがしたい、他の人に分からない文字が書きたい、というような中二心もあったと思う。要するにギャル文字的に使っていたのだ(本当は「の」くらい誰でも簡単に読めるのだが)。五十音を覚え始めてから、私は名詞の並列を表す「和」(例えば「我和他=私と彼」「學生和老師=学生と先生」)も「と」に置き換えてみたが、こちらは残念ながら先方には通じなかった。

 女子中学生の交換日記くらいどう書いたって自由だろう。しかし台湾では正式な商品名にすら仮名文字が使われる例がある。日本輸入の商品ではなく、台湾発の商品だ。一番有名なのは「植物の優」というヨーグルトだろう。CMを見ると、商品名は「ジーウーヨー」というふうに、「植物」と「優」は中国語読みで、「の」はちゃんと日本語の発音になっている。日本語の文字を商品名に取り入れることで、日本的なおしゃれ感を醸し出そうという生産者側の意図がはっきり読み取れる。

 高度経済成長期以降、日本は長らくアジアの雄として君臨していた。経済大国の地位を確立したのと同時に、流行文化の主要な輸出国でもあった。電子機器、自動車、医薬品、食品、漫画、アニメ、ゲーム、映画、音楽、小説、ファッションなど――とにかく「日本製」は「安全安心」「高品質」「楽しい」「面白い」「お洒落」といったイメージの代名詞だった。そんな時代背景だからこそ、「植物の優」みたいな「疑似的日本輸入商品」や「疑似的日本ブランド」が台湾で大量に作られた。「超の油切」も有名な例だ(こちらは緑茶である)。

 日本の商品だってお洒落感を期待して英語などの欧米言語を使うことが多々あるので、本来であれば台湾の製品に仮名文字を使ってもたいして問題ではないはずだ。何しろ、言語や文字そのものには著作権がない。とはいえ台湾の場合、ホアフーブーチェンファンレイチュァン――虎を描こうとするが下手過ぎて犬にしか見えない、みたいなケースがかなり多い。「日本的お洒落感」を演出しようとする業者がきちんと日本語のプロを雇わず適当にやった場合、大抵滑稽で悲惨な結果になってしまう。

 台湾のナイトマーケット、「いち」を歩き回っていると、看板に仮名文字を使う屋台がかなり多い。「阿嬤の燒番賣(おばあさんの焼きとうもろこし)」「炸の物(揚げ物)」などは台湾人向けに日本的お洒落感をアピールしたものだろう。一方で日本人観光客対策として日本語訳が添えられる場合もあるが、「カしー」「ぎゆにくりょり」「チヨコレード」「入ク口」などの間違いは翻訳以前の問題だ。辛うじて翻訳になっているが微妙なものも多い。「鶏の唐揚げ専売 ウェルネス地鶏スープ」って、「専売」の使い方の違和感は一旦おいておいて、「ウェルネス地鶏」は要するに「健康な」と言いたいのだろうからこれもいいとして、唐揚げの店なのに何故か「地鶏スープ」になっている。しかも縦書きなのに音引きの「ー」は横棒のままだ。

 屋台だけではない。店舗を構えている店でもそうしたおかしな日本語が多用される。歩き疲れた時に癒してもらおうとマッサージ店を探したら看板に「マッサーツ」と書いてあって抹殺されるのかと思った。「いらっしゃいませ」のつもりだろうが何故か最後に余計の「ん」がついていて、いらっしゃっていいかどうか分からない。「コイのオマモリニイミキミョクド」って何のことかと思ったら、上に書かれた「恋の御守日式食堂」の文字列を見てようやく言わんとすることを理解した。「ラーメン」が間違って「うーメン」になったのはまあいいとして、同じ間違いが「ランチセット」に起きたら流石さすがに引く。

 翻訳の予算がない個人商店ならまだ分かるが、有名な観光地でも残念な例は枚挙にいとまがない。高雄に「寿山LOVE展望台(壽山情人觀景台)」という観光スポットがあり、ここから高雄市の煌びやかな夜景を堪能できる。神戸の「BE KOBEモニュメント」のように「LOVE」のモニュメントが設置されており、える写真スポットでもある。モニュメントの近くに一枚の案内板らしきものがあり、様々な言語で何か書いてある。日本語を読むと「あなたを愛して」とあり、意図は測りかねた。「ご自身を愛してください/ご自愛ください」と言いたいのだろうか。しかしその上の韓国語は「난 널 사랑해」となっているので、普通に「(あなたを)愛してる」と書きたいだけのようにも思える。

 またある時、空港でプリペイドのSIMカードを購入すると、元のSIMカードを入れる用に小さなチャック袋を渡された。よく見ると袋には多言語の文字が印刷されている。日本語は「違法商用車を取ることはありません」になっている。何が言いたいのかさっぱり分からない。中国語を読んではじめて、なるほど、要するに「違法タクシーに乗らないでください」と言いたいのだと分かる。そんなものだから、台湾の街で日本語を見かけた時はいつも斜に構えた態度になる。どれどれ、今度はどんな間違いを見せてくれるんだい、というふうに。だからこそ、高雄の地下鉄で「閉まりかけたドアへの駆け込み乗車はおめください」のポスターを見かけた時、おお、珍しく完璧だ、と感動すら覚えた。ちなみにそのポスターは高雄の地下鉄会社とボーカロイドとのコラボレーションなので、流石に間違ってはまずいのだろう。

 そう言えば「Superdry.極度乾燥(しなさい)」というイギリス発のアパレルブランドがある。流行はやりのブランドで、時価総額一五〇〇億円の大企業になったほどだ。何故こんな意味不明な日本語があんなにも流行ったのかと、日本語ができる人なら不思議に思うだろうが、特定の言語の文字にお洒落な装飾感を見出みいだし、それを身につけたり看板に使ったりタトゥーとして入れたりしたくなるという気持ち自体、かなり普遍的なものかもしれない。日本でも、何と書いてあるか分からない英語の文章が印字されているTシャツを着ている人を街中でよく見かける。ちなみに「Superdry.極度乾燥(しなさい)」というブランドについては、台湾の夜市でパロディのTシャツを見たことがある。それらのTシャツにはこう印字されていた――「Superdrunk.極度喝茫(酒に酔います)」「Supershy.極度害臊(恥ずかしい)」。

 台湾ではおかしな日本語をよく見かけるという現象は、台湾人のいい加減さの反映だ、というふうに粗雑な分析をろうしてみることも可能だが、よく考えれば日本で使われる中国語もかなり怪しいものがある。一回、ビックカメラのフロアガイドで「看(見る)」という中国語の案内を見たことがある。何を見ろというのだと思ったら、なるほど時計売り場の案内だ。要するに「時計→watch→見る」という、初歩的な誤訳である。具体的な著者名を出すのは控えるが、日本語の小説ではたまに中国語の台詞せりふが出てくることがある。そうした台詞は大抵、どこか間違っている。ちなみに、有名な大関甘酒の瓶に印字されている漢詩風の文字(四季甘露有/酒粕微醺呈/蜂蜜栄養豊/滋味如桃源)が全く漢詩の体を成していないということにも物申しておきたい。これもまた漢字の装飾的機能に重きを置いた使用例だろう。

 文字をお洒落な飾りとして使うのは一向に構わないが、観光客向けの案内などは、やはりきちんとプロの翻訳者に依頼してほしいものだ。

※毎月1日に最新回を公開予定です。

李琴峰さんの朝日新聞出版の本


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