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朝日新聞出版の文芸書

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書評や文庫解説、インタビューや対談、試し読みなど、朝日新聞出版の文芸書にかかわる記事をすべてまとめています。
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2023年6月の記事一覧

方子とマサ 対照的な運命に翻弄された二人の女性を通して描く日韓の歴史/深沢潮さん渾身の大河小説『李の花が散っても』川本三郎さんによる書評を公開

国家に翻弄されながら、個の尊厳を守り通す  素晴しい力作である。  大正から昭和戦前、そして昭和戦後の日本と韓国の歴史を二人の対照的な女性の生に寄り添いながら描いてゆく。これまで在日の人々の苦難、悲しみを描いてきた深沢潮ならではの渾身の作。  歴史とは、そこに生きる個々人の悲しみの総和であることが読者に確実に伝わってくる。  この小説の成功はなにより語り手(主人公)を二人にしたことだろう。しかもその二人がまったく対照的な出自を持っていることで物語に広がりが生まれている

【大河ドラマ「どうする家康」をウラ読み】天下人・豊臣秀吉の正室おねねの生涯を描いた、傑作歴史小説『王者の妻』復刊!大矢博子氏による文庫解説を特別公開

 今年(2023年)1月、永井路子さんが亡くなられた。  ――という一文からこの解説を書き始めねばならないのが、とても残念だ。享年97は一般には大往生と言えるかもしれないが、永井さんに関してはもっともっと作品を読みたかった、考えを聞かせて欲しかったという思いが拭えない。それはひとえに、彼女が常に歴史に新たな視点を与えてくれる作家だったからだ。  来歴やデビューの経緯については前掲の尾崎秀樹先生の紹介に詳しいので割愛するが、男性作家が大半だった歴史小説の世界に於いて、有吉佐

「読み継がれなければならない物語がある」――NHK時代劇にもなった傑作時代小説シリーズ『峠 慶次郎縁側日記』が復刊!作家・村松友視氏による文庫解説を特別公開

 元南町奉行所の同心・森口慶次郎が市井の弱き者に寄り添う、人情時代小説シリーズ、北原亞以子著『峠 慶次郎縁側日記』(朝日文庫)が発売になりました。本作は、善良な薬売りの若者が一瞬の過ちで人生を踏み外してしまう悲哀を描く中編小説「峠」など8編を収録しています。今回の出版にあたり、著者の北原亞以子さんと親交のあった作家・村松友視氏による文庫解説を公開します。  毒は上澄みとなって表面に浮上するか、澱となって底に沈むかで、中間には存在しない。したがって毒見の役は、まず上澄みをたし

【第二弾も収録エピソード大募集!】品田遊さん『キリンに雷が落ちてどうする 少し考える日々』第二弾が発売決定!! 再び、収録希望エピソードを募集します

■書籍『キリンに雷が落ちてどうする 少し考える日々』第二弾、収録回募集企画概要  アンケートにて、品田遊(ダ・ヴィンチ恐山)さんの日記から、「あなたの好きな日記のエピソード」をお教えください。皆さまのご回答を参考に品田さんと収録する日記を決めていきます! どうぞふるってご参加ください。 【対象となる日記は下記で連載されているものとなります。】◆ウロマガ(品田遊個人サイト) ◆note ◆pixivfanbox <参加方法>下記URLよりアンケートにご回答ください。

気付けば主人公おけいを応援してしまう! 魅力たっぷりの市井人情小説、梶よう子著『焼け野の雉』大矢博子氏による書評を特別公開

人がもう一度立ち上がる物語  行方不明の夫を待ちながら飼鳥屋(鳥専門のペットショップ)を切り盛りするおけいの日常を描いた『ことり屋おけい探鳥双紙』が出たのは、2014年だった。  店に持ち込まれる小鳥がらみの事件を解き明かす捕物帳の面白さ、飼鳥屋という江戸時代に実在した商売の興味深さ、客や近所の人々が織りなす人間模様、江戸の四季折々の情景などがたっぷりと入った市井人情小説である。  前作の最後で行方不明だった夫のその後が判明し、話は一応決着したものの、このモチーフと魅力

夏季号は創作が3本に、新連載もスタート!<「小説TRIPPER」2023年夏季号ラインナップ紹介>

◆創作宮内悠介 「ラウリ・クースクを探して」  1977年、バルト三国のエストニアに生まれたラウリ・クースク。コンピュータ・プログラミングの稀有な才能があったラウリは、ソ連のサイバネティクス研究所で活躍することを目指す。だが時代は大きくうねりソ連は崩壊。その才能の煌めきによって人々の記憶に深く残り続けているラウリは消息不明となっていた。 歴史に翻弄された一人の人物を描く、かけがえのない物語。一挙掲載300枚。 長井短 「私は元気がありません」  丸まった背中は分厚くなっ

小説にはりめぐらされた、ドイツと日本の歴史、名作の読み直しを鮮やかに読み解く/多和田葉子さん著『白鶴亮翅』 早稲田大学文学学術院准教授・岩川ありささんによる書評を公開!

隣人小説そして魔女小説  多和田葉子の最新作『白鶴亮翅』は、「朝日新聞」(2022年年2月1日から8月14日)に連載された、初の新聞小説である。私はこの小説を隣人小説として読んだ。  ベルリンのある地区に引っ越してきたばかりの翻訳者・美砂は、コーヒーを飲もうとするが、煎れるための道具がどのダンボール箱にあるのかわからない。気分転換に散歩でもしようと出た裏庭でめぐりあったのが隣に住むMさんだ。勘が鋭く、優しいMさんとの、コーヒーをめぐる不思議な意思疎通がきっかけで、その日、