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朝日新聞出版の文芸書

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書評や文庫解説、インタビューや対談、試し読みなど、朝日新聞出版の文芸書にかかわる記事をすべてまとめています。
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2023年2月の記事一覧

第9回 林芙美子文学賞 受賞作が決定!

受賞の言葉  書店に並んだ小説を手に取って、家に帰って読んでいると、時の経過を忘れるような感覚に幾度となく陥ることがあります。出逢ってから忘れられない言葉たちを前に、どうして私は小説を書こうと思ったのか、分からなくなる日もあります。素晴らしいものは、もうすでにここにあって、触れられただけで幸せではないかと満足する自分にもぶつかってしまいます。  だけどもう一度、私にも何か書けないかと立ち上がらせてくれるのも、小説なのだと感じています。浮かび上がった言葉が形となり、林芙美子文

現役医師が「植物状態の母と過ごす娘」を書くことで教わったこと/『植物少女』著者・朝比奈秋さんインタビュー

 朝比奈秋さんは30代半ばまで、小説とは無縁の勤務医だった。 「論文を書いている時にふっと物語が浮かんで。それを書いてみたら止まらなくなりました」  浮かんだのは映画のような動画だったという。 「2、3年すると急患の診察中にも浮かぶようになり、仕事を続けられなくなりました。そこから書き続けているうちに、交友関係などもなくなっていき、プライベートな時間のほとんどが小説に侵食されていきました」  せっかく書いたのだからと短篇の新人賞に送るようになり、2021年、「塩の道」

三浦しをんさん「首がもげるほどうなずき、本を持つ手が震える」 佐野洋子著『あれも嫌いこれも好き』文庫解説を特別公開!

時代をこえて、「ですよねー!」と佐野さんと握手できたような気分だ。  小説よりもエッセイのほうが、鮮度が落ちるのが速い気がする。日常で感じたことや考えたことを、「ノンフィクション」で書くのがエッセイの基本的な姿勢だからだろうか。  たとえば戦前に書かれた小説であれば、「まあ当時の男女観はこういう感じだったんだろうな」と受け流したり、興味深く読んだりできることが多い。「あくまでもフィクションだから」と、それなりの距離感と譲歩を伴って読めるということかもしれない(程度問題だが

取るに足らないことが、自分の人生は悪くないものだと気付かせてくれる。津村記久子『まぬけなこよみ』朝日文庫版刊行記念エッセイを特別公開!

その後のこよみ  2012年から2015年まで「ウェブ平凡」で連載し、2017年に単行本になった本書を文庫化するにあたって、2022年に再び読み直すという作業をしたのだが、この一連のエッセイを書いていた自分に対しては、「とにかくよく思い出しているな」という印象を持った。大袈裟ではなく、これまでやったすべての仕事の中で、本書の中のわたしはもっとも思い出している。子供の頃のことはもちろん、中学生の時のことも、高校時代のことも、大学に通っていた時期についても、そして会社員生活に関

【累計12万部突破】大ベストセラー『とんび』『流星ワゴン』に連なる家族の物語 重松清著『ひこばえ』インタビュー&書評まとめ

<インタビュー>父の不在という「穴」、そのままで 人間関係はタグ付けするようにつなげて、できてゆくもの 誰かの死で胸に開いた穴が、残り続けているなら埋めなくていい <書評>大矢博子さん「「いない」がゆえ 芽吹くつながり」 朝日新聞(2020年05月16日掲載) 産経新聞 2020年4月19日掲載 ★NHK新日曜名作座でオーディオドラマ化もされています 累計12万部突破!

植物状態の母と娘にしか紡げない「親子の形」と「生きる意味」とは?作家・町田そのこによる、朝比奈秋著『植物少女』書評

繋がりゆくもの  本作『植物少女』を読んでいる間じゅう、亡き祖母を思い出していた。  祖母は認知症とパーキンソン病を併発しており、その進行は俗に言われる“坂道を転がり落ちる”ようではなく、“落とし穴にすぽんと落ちる”ようであった。言葉を用いてのコミュニケーションはあっという間にできなくなり、次いで表情やしぐさから何かを察するということも難しくなった。祖母が病であることを受け入れられたころにはもう、ベッドの上で無表情に虚空を見つめ、奇妙に体をこわばらせていたように思う。

作家・高橋源一郎さんが読む「ふたりの上野千鶴子」/『上野千鶴子がもっと文学を社会学する』書評を特別公開

おおぐま座のゼータ  おおぐま座でわかりにくければ、北斗七星といえば、わかってもらえるだろう。冬にはまだ地面近くにあるが、春に向って空高く上がってゆく。そのひしゃくの柄の端から2番目にある2等星が「おおぐま座のゼータ」、別名ミザール。およそ400年前、望遠鏡によって見つけられた最初の連星系。すなわち、肉眼では一つにしか見えないが、重力によってお互いに影響を受け合う「連星」だ。だが、真に驚くべきは、そのことではない。それから300年以上過ぎて、「連星」の片割れ「ミザールA」に