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朝日新聞出版の文芸書

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書評や文庫解説、インタビューや対談、試し読みなど、朝日新聞出版の文芸書にかかわる記事をすべてまとめています。
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2022年1月の記事一覧

【桐野夏生著『砂に埋もれる犬』書評】可視化される虐待

 全国の児童相談所(児相)が相談対応した18歳未満の子どもへの児童虐待は、30年連続で増え続け、2020年度で過去最多の20万5029件(厚生労働省調べ)となった。途方もない数字だとしか言いようがない。  桐野夏生氏の新作『砂に埋もれる犬』は、貧困の中での児童虐待、ネグレクト(育児放棄)の問題に正面から向き合った小説だ。  12歳の少年・小森優真、4歳の弟篤人、32歳の母亜紀の3人は神奈川県内の工場の多い街で、亜紀が付き合っている元ホスト北斗さんの狭いアパートで暮らす。小

【伊藤比呂美著『いつか死ぬ、それまで生きる わたしのお経』書評】暮しのもろもろと日々声に出して読みたいお経。

■無のダンスを踊るかんのん   タイトルも、小さなお経のようだ。すぐさま声に出し唱えてみたくなる。いつか死ぬ、それまで生きる――これはわたしたちの合言葉ではないか。それにしても、こんなにたくさんのお経があるなんて知らなかった。本書には、現代語訳によって生々しい命を授けられたお経と、生き死にをめぐるエッセイが収められている。今を生きるものばかりでなく、死んでしまった人々、いきものたち。そして彼らを取り囲む自然、記憶。すべてが息づき、一続きの流れのなかにある。もとはサンスクリッ

【垣根涼介著『涅槃』(上・下)書評】負けないための「弱者の戦略」

 宇喜多直家という戦国武将の名前に聞き覚えがある人は、なかなかの歴史通だろう。備前国でのし上がり、裏切りを辞さない奸雄として語られてきた。 『涅槃』は、その武将に新たな光を当てる長編だ。宇喜多家の嫡男として生まれ、幼くして居城から追われた八郎(後の直家)は、備前の豪商の家で暮らし、その後は仇敵の元に出仕するまで尼寺で過ごした。人格形成の時期に特異な環境に身を置いたことで、直家は「利を求める」という、武将らしくない感性を育んでいく。  武門の家に生まれた以上、武士であること

【伊坂幸太郎著『ペッパーズ・ゴースト』書評】鴻巣友季子「世界の航路に抗う希望の物語」

 人間はすでに定まった宿命から逃れられない、自分たちの意志や努力ではなにも変えられない、という考えは古今にある。ギリシア悲劇、中国の天命説、イスラム教の宿命論や、キリスト教カルヴァン派の予定説など。  実はあの『風と共に去りぬ』の有名なラストの台詞、Tomorrow is another day.の根底にも「人間にはなにも変えられない(だから明日のことまで思い悩むな)」という新約聖書「マタイ福音書」からの考えがある。決して「明日に希望をたくして!」といったポジティブ一辺倒の

※終了※【期間限定 試し読み】伊坂幸太郎『ペッパーズ・ゴースト』

※期間限定の試し読みは終了しました。たくさんの方に読んでいただき、ありがとうございました!  2021年10月に発売された、伊坂幸太郎さんの書き下ろし長編小説『ペッパーズ・ゴースト』。各メディアにも掲載されSNSでも話題になっています。惜しみなく、「伊坂幸太郎」らしさが盛り込まれた本作を、少しでも多くの方にお届けしたいと、今回特別に、期間限定での試し読みを実施します! 2022年1月19日から、4月30日までの公開です。伊坂ワールドにどっぷり浸かってください!

芥川賞作家・李琴峰「死と生の随想」【『生を祝う』刊行記念エッセイ】

 二〇一六年四月のある朝、都心へ向かうすし詰めの通勤電車に私はいた。  よく晴れた日だった。線路沿いの桜並木が咲き乱れ、燦々と降り注ぐ陽射しを受けきらきらと輝いた。誰かに輝度を上げられたかのように世界は明るく見えるのに、電車の中は窮屈で息苦しかった。  年々歳々花相似たり、歳々年々人同じからず――日本に渡って二年半が過ぎ、桜の満開になる様も幾度となく目にしてきた。花期の早晩こそあれ、花の咲く様は実に大して変わらないが、振り返ると、自分自身の立場や、自分を取り巻く様々な環境

2022年に朝日新聞出版から発売予定の文芸書単行本情報を一挙に解禁します!

■2022年1月7日発売予定 江上剛『創世の日 巨大財閥解体と総帥の決断』  花浦財閥総帥の久兵衛は軍部に非協力的だったために、息子が懲罰的に徴兵されてしまう。1945年の敗戦後、GHQ主導による財閥解体の危機に直面し、苦悩する久兵衛が下した決断とは? 今こそ求められる経営者像を活写する実録長編経済小説!! ▼朝日新聞出版からの既刊本はこちら ■2022年2月発売予定朝比奈秋『私の盲端』  人工肛門によって生活が一変した女子大生の涼子。新たな穴と付き合いながら、飲食店

2022年発売予定の朝日文庫作品の一部を紹介!

『選りすぐりの知性とエンタメ』を旗印に、2022年も朝日文庫は話題作目白押しです。刊行予定の一部をご紹介します。   まずは今年の第一弾として、1月7日、堂場瞬一さんの『ピーク』が発売となります。40歳の社会部遊軍記者が歩んできた人生……男たちは、もう一度、輝くことができるのか。人生の悲哀を知るあなたに読んでもらいたい一冊です。  そのほかにも大沢在昌さん『帰去来』(2月予定)、貫井徳郎さん『迷宮遡行』(3月予定)、真保裕一さん『繋がれた明日』(5月予定)など骨太な作品が