見出し画像

上坂あゆ美連載「人には人の呪いと言葉」第6回

喉につかえてしまった魚の小骨のように、あるいは撤去できていない不発弾のように、自分の中でのみ込みきれていない思い出や気持ちなどありませんか。
あなたの「人生の呪い」に、歌人・上坂あゆ美が短歌と、エッセイでこたえます。

 会社に一緒に組んで仕事をしなければならない同僚がいるのですが、上手いタイミングで面倒ごとから逃げて押し付けたり手柄だけをいつの間にかさらっていったりと得をとる人で、一緒にいるこちらは損をさせられ続けています。
 彼女は口が上手で要領も良いので周りには優しい言葉をかけ耳心地の良いことを言い、耳が痛い意見を提言したりなどの面倒で悪役になりかねないことはこちらに断れないタイミングを狙って言わせようとしてきます。気づけば彼女は良い人で私は怖い人。面倒な人や仕事もこちらに集中し評価の上がる仕事は彼女がとる。チームのほとんどのストレスもこちらが肩代わりする立場になってしまいました。
 彼女も仕事が出来るのでいくらでもこなせるはずなのにうまみのある仕事と人にしか関わろうとしません。彼女は明らかに非難出来るようなズルい手は使わず、私以外には愛想もよく嫌な人には見えません。複数人の会話の時に私にだけ分かるように否定や嫌味を飛ばしてきたりと陰湿さも巧妙で、一緒にいる間は眉間のシワが取れなくなってきました。
 最近ではこちらからも人にさせずに自分でやるように言ったりやらせたりと防衛出来るようになってきたのですが、貼り付けられた悪役イメージが重く感じられてとにかく彼女の隣にいるのがつらいです。何かある度に、嫌味を言われる度に、またかまたかと回数を数えて相手への呪いで気が重くなります。

はみはむ さんより

 はみはむさん、こんにちは。
 業務を遂行するだけでも大変なのに、人間関係でこんなに悩まされるなんてもう最悪ですね。心中お察しします。でも本文中に「もう辞めたい」とか「逃げたい」みたいな弱音は一回も出てこなくて、(やむを得ない事情もあるのかもしれませんが)お仕事を懸命に頑張っていることがうかがえ、まずそれが素晴らしいなと思いました。

 いただいた呪いを拝見して、同僚の彼女の振る舞いが全て事実だとすれば、相当手練のワルだな〜と感じます。私が33年生きてきたなりに思うのは、完璧に悪役に徹することができる人って実はほとんどいないのです。漫画や映画や小説では常軌を逸した悪人が普通に出てきますが、実際の人間界ではほとんどが中途半端な善人か悪人です。じゃあなぜ現実世界で凄惨な事件や悪すぎることが起きてしまうのかというと、「はずみが重なっただけで実際はそこまでの悪意はなかった」「悪いことをするのに(本人の中では)正当な理由がある」「(特定の宗教や力のある人物の発言に)洗脳されている」「精神的な問題を抱えている」のどれかです。人は純粋な悪意だけで行動するのは実は難しいと思います。

 というわけでやっぱり、何が彼女をここまでの“悪”にさせたのか、その背景がとても気になります。本人は仕事ができるということなので、はみはむさんに仕事を押し付けるより、自分で仕事を頑張った方が普通に考えてストレス値が低そうですもん。ご本人に会ったこともない私が考えても、当然その理由がわかるわけなどありません。ただ、私には動機が不明なまま不条理なことをしてくる奴に会ったときのライフハックが一つあり、まずはそれをあなたに授けます。それは、「この人は最愛の猫を亡くしかけているに違いない」と思い込むことです。
 彼女が生まれたときから一緒に過ごしてきた、兄弟のような存在の猫。残酷にも人間と猫の寿命は違うから、彼女が社会で働くようになった今、猫は弱って、もうご飯を食べる元気もなく、今にも死にそうな状態が数ヶ月続いている。ペット保険は利かず、かさむ治療費が彼女にのしかかる。そうして彼女は思い至るのです。
 「できるだけ迅速に出世して病院代を稼がないと。でもできるだけ猫のそばにいたいから残業はできない。―――私は猫のためなら手段を問わない。世界中に嫌われたって構わない」
 …………こうして彼女は、はみはむさんに仕事を押し付け、周囲にはあいきようを振りき、出世への道を着実に登る。どれだけ恨まれたって全ては愛猫のため、彼女は悪役に徹することを選ぶ―――。
 どうですか。これだったら彼女を許せそうですか? 許せないですか。そうですか。
 許せないとなると、戦うしかないかもしれません。もしかして彼女との関係について、はみはむさんの心はすでに限界に近いのかもしれませんから、戦いを強制するわけではないことを念頭に置いて聞いてください。 

 まず「複数人の会話の時に私にだけ分かるように否定や嫌味を飛ばしてきたり」という件、そんな相手に対しては、でっけえ声で「え〜〜〜⁉ それって私が悪いってことですか〜〜〜⁉」って言いましょう。できるだけ純粋に、まさか嫌われてるなんて露ほども思っていないみたいな顔で。すぐさま周囲は「えっどういうこと?」みたいな空気になりますから、「今彼女が言った○○って、私がやった××が悪かったって意味なのかなと思って」と、周囲にもわかるように説明します。そう、相手が他の人の前ではいい顔をしていること、複数人の前での会話であることを逆手に取る戦略です。相手は「いやいやそんなつもりじゃなくて」とか訂正してくるでしょう。そうしたら「そっか〜よかったです。でも、今の言い方だと嫌味みたいに聞こえちゃうから気をつけた方がいいと思います(本気で心配する顔)」と言ってやりましょう。鈍感な人は、精神攻撃のたぐいを全て無効化することができます。このときだけどこまでも鈍感な人のふりをしましょう。

 こんな感じで、あなたに非がないのであれば戦い方はいくつかあると思います。ただ、私がこの呪いを最初に読んだときから気になっているのは、「本当に彼女って悪役なのかな」また、「はみはむさんは本当に周囲から悪役だと思われているのかな」ということです。
 何故なら私は、全く他意のない発言を嫌味に違いないと捉えられ、ものすごい嫌われるという経験が、そして自分こそが悪役なんだと思い込んでいたけど実はそうじゃなかったという経験が、過去にあるからです。

 順を追って説明します。
 ある日、友人が私が着ていたコートを素敵だねと褒めてくれました。私はあなたも羽織ってみたらと試着を促し、「あ〜柄は似合うけど、少し安っぽく見えるかも」と言いました(自爆①)。その後、友人が持っていたハンドバッグが素敵だと思ったので、「これすごくかわいいね! 合皮?」と言いました(自爆②)。
 私の中では、「私が着ていたのは割と安価なコートだから、品の良いあなたにはもっときちんとした仕立てのいいコートの方が似合いそうだね」という意味での「安っぽく見えるかも」でした。そして、「すごく素敵なバッグだけど、もしも合皮だったら意外と自分も買える値段かもしれない。でも本革だったら買えなそう、どっちだろう?」という意味での「合皮?」でした。でも、相手にそんなことは伝わるはずもありません。友人からは後日「嫌味を言われてるんだと思った」と言われ、大変に驚きました。
 このようにかつて私は、言わなくてもいいことを言いまくり、自爆を重ねる人生でした。言葉が人の心にもたらす加害に鈍感すぎました。社会性がありそうに見えて、一部分だけが大きく欠陥している人って本当にいるんですよ。私が正にそれだからこそあなたの話を聞いて、もし彼女もそうだとしたら……と考えざるを得ませんでした。
 だから先ほどの「愛猫が死にそうなのかもしれない」レベルまで想像を膨らませてみると、彼女的には「はみはむさんはすごく仕事ができるから、私から言うよりはみはむさんから言ってもらった方がみんなにとって効果的だと考えた」「むしろそんなはみはむさんのことを心から尊敬している」みたいに思ってる可能性も、まだゼロではないと思うんです。

 嫌味だと思われかねないことを、相手がドン引きしてるのも知らずに無邪気に発言しまくっていた私は、大学のとある同級生にものすごく嫌われてしまいました。それ自体は自業自得なのでいいとして、その子を仮にAちゃんとしましょう。Aちゃんは、私の悪口をあることないことクラス中に吹聴ふいちょうしていきました。私は自分がクラス全員に嫌われているんじゃないかという被害妄想が止まらなくなり、大学1年時はほとんど学校に行けなくなりました。
 さすがに出席日数がヤバいとなって2年時から徐々に学校に行くようになると、他の同級生と話す機会が増えました。そこで少し仲良くなった子に、「Aちゃんが私の悪口言ってるの聞いたことある?」と尋ねてみると、「ああ、よく言ってるよね。でもあの子も思い込み強そうだし気にすることないよ。クラスの皆も聞き流してると思うし」と言われました。
 びっくりしました。自分の中で悪意を拡大解釈していたことにです。特定のクラスメイトの悪口を聞いてもいないのに話し続けるなんて、普通にAちゃん側がおかしいと思われて当然じゃないですか。冷静に考えればそうに決まっているのに、悪意に敏感になりすぎた当時の私はそんな当たり前のことに1年以上も気づかず、勝手に苦しんでいたんです。

 現在のはみはむさんも悪意に敏感になり、事実以上に重く捉える状況に陥っているんじゃないかと、私は考えています。一度でも「悪意を向けられているのかも」と感じ、それに恐れをなしてしまうと、その芽は自分の中ですくすくと成長して、事実を覆い隠してしまいます。でも、その植物はあなたの中にしか存在しなくて、周囲の人には見えていません。周囲の同僚たちは、あなたが皆のために言いづらいことを言う役割を担ってくれていること、日々の仕事を頑張っていること、実はわかってくれているのではないでしょうか。あなたが悪役だと思っているのは、実はあなただけであるっていう可能性はないでしょうか。
 それに、会社には評価システムがあります。はみはむさんの上司は、あなたの働きを正当に評価する責任があります。当時の私の同級生は18~20歳ぐらいでした。その人たちですら私が本当に悪役かどうか、客観的に判断してくれていたわけなので、それより年齢が上であろうあなたの上司や同僚さんたちは、普通に考えてそこまでバカじゃないと思います。というか、この程度のことであなたの努力や働きを正当に評価してくれないような職場だったら、悪意を向けてくる彼女がどうかにかかわらず、即刻転職することをおすすめしたいです。

 私は他人の感情で悩むのが苦手なので、自分の人生は自分のことで使い果たしたいと思っています。
 ここまで話してド直球な結論になりますが、もし自分の中で悪意の芽が育っていることに心当たりがあるようだったら、もう直接「こういうことが嫌だったんだけど、あなたはどう思ってる? 私、何か悪いことしたかな?」って聞いてみてはいかがでしょうか。あなたの話が本当だとしたら、もうどうせ嫌われてるのですから、正面からいったってこれ以上何かを失うことはないはずです。とても勇気がいることかもしれませんが、水面下で他人の気持ちを推察するのはいつまでも結論が出ない上、精神衛生に一番良くないので。

 そうして他人の気持ちを推察することよりも、今日ご飯何食べようかな〜とかこの映画好きだな〜とかを考えた方がいいです。あなたの心のキャパシティは、あなたの人生を豊かにするためだけに容量を割いてほしい。どうかどうか、上手くいきますように。


上坂あゆ美(うえさか・あゆみ)
静岡県沼津市生まれ。歌人、文筆家。 著書に、『老人ホ-ムで死ぬほどモテたい』(書肆侃侃房)、『『老人ホームで死ぬほどモテたい』と『水上バス浅草行き』を読む 歌集副読本』(共著、ナナロク社)など。
X(Twitter):@aymusk

見出し画像デザイン 高原真吾


▽「人生の呪い」は下記より募集しております。
暗いことでも、明るいことでも、聞いてほしいだけでも、お悩み相談でも、なんでもOKです。
https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSe2WGPMcZQio09n_EbeY-Q9RD0cdlKzHFsObyMJXvjcnQy5Bg/viewform?usp=sf_link