上坂あゆ美連載「人には人の呪いと言葉」第５回
喉につかえてしまった魚の小骨のように、あるいは撤去できていない不発弾のように、自分の中でのみ込みきれていない思い出や気持ちなどありませんか。
あなたの「人生の呪い」に、歌人・上坂あゆ美が短歌と、エッセイでこたえます。
◇姓名判断に書かれた一言がずっと怖い
高校生の頃、世の中に出始めたばかりのインターネットの姓名判断で、私の苗字について「家族がバラバラになる」と言われたことがあります。これが私の人生の呪いです。父が死んだ後、相続で家族間でかなり揉め、特に姉とは酷い言葉で罵り合い、以来会っていません。その姉もDVで離婚しており、私の母も実家との関係があまり良くなく、一人で暮らしています。確かにあまり仲の良い家族ではなかったし、ここまでは後悔はなく、「あぁ、やっぱり家族がバラバラになった」と思いました。私は結婚して子どももおり、仲の良い家族であることが幸せです。でも、ずっと呪いが心の隅で蹲ってます。子どもが大きくなるにつれ、配偶者や子どもとの間に価値観の違いが表れ始めました。いずれ私が作った家族もバラバラになるのでは、と恐れています。
KSKSさん、こんにちは。
良くできたホラーみたいな話ですね。インターネットの姓名判断という、本来何の力も持たなそうなものが徐々に真実味を帯びてくるあたり、導入としてかなり効いています。
ところで私は、主体的選択の結果のみを信じて生きています。
気づいたらこの世に生まれていました。どうやら私は女という性別を持っているらしく、気づいたら名前を付けられていて、気づいたら家族という人たちがいて、生まれつきの容姿を理由に好かれたり、嫌われたりしました。今挙げたものは全て私が一切選んでおらず、最初から決められていたものです。自分が選んでいないものには一切の責任がないし、私の魂とは関係がないと考えています。生まれつきのもので人生は決まらないと信じています。
だからあなたの苗字が何であれ、KSKSさんのご両親やお姉さんがどんな人生であれ、全てあなたが選んでいないことなので大丈夫です。逆に、KSKSさんのパートナーさんやお子さんの存在はあなたが選んだものなので、そちらは大事にする責任があるということです。KSKSさんが自分で選び取ってきた選択やこれからの尽力で、姓名判断なんて蹴散らしてやりましょう。勝手に生まれさせられた上、運命はあらかじめ決められているなんてのが本当だとしたら、マジでたまったもんじゃないです。
……でも、呪いってそんな簡単に解けるものではないですよね。どうしても気になってしまう場合は、「あなたの苗字は最高です」という結果を得られるまで、あらゆる占いを受けまくってみてはいかがでしょうか。
私も今、ググって出てきた適当な姓名判断サイトで自分の名前を占ってみたのですが、「良い家庭環境に育成され人間関係は全てうまくいく」と書いてありました。念の為、両親が離婚する前の旧姓でやってみても同様の一文が出てきました。実際の私は、ギャンブル依存症かつ浮気性の父のせいで両親の喧嘩が絶えず、たまに包丁とかが出てくる家で育ちました。姉からは日常的に暴力を振るわれ、さらに学校でも孤立しまくっていて、全ての人間関係がうまくいかず、めちゃくちゃ病んでました。はい嘘〜〜〜！ 姓名判断はアテになりません！ アテになるものもあるのかもしれないけど、とりあえずネットで無料でできるようなのはこの程度！
それでも信じられないようなら、いっそパートナーさんの方の苗字に変更するという手もあります。一回離婚届を出してからパートナーさん側の苗字で再婚すればできるみたいです。様々なご事情はあるかと思いますし、簡単なことじゃないのもわかっています。他人から見たら変な選択かもしれないけど、KSKSさんがこれからの人生ずっと「いつか家族がバラバラになるのかも」って不安を抱えて生きていくことを考えたら、そういう手段もあるのかなと真剣に思ったので。
ここでふと思ったのですが、「家族がバラバラになる」って、そんなに悪いことでしょうか。
言葉通りに捉えれば、家族がそれぞれ別の場所で暮らすという、それだけのことです。そもそも子は、いずれ親元を離れて暮らすケースが多いですよね。
私は実家を出て一人東京で暮らし始めてから、年々生きやすくなってゆきました。母は父と離婚してから貧しくはなりましたが、気苦労の大部分がなくなって前よりも笑顔が増えました。姉が結婚して家を出たとき母は一人で暮らしていましたが、海に行ったり山に行ったり酒を飲んだり、仕事と趣味を謳歌していました。事実だけで捉えれば、私の母も「配偶者からDVを受けて離婚し一人で暮らしている人」です。でも、本人の幸せは客観的事実だけでは測れません。
次に、「バラバラになる」というのが、物理的距離ではなく精神的距離の話だった場合ですが、それでもやっぱりそんなに悪いことじゃないように思います。私の家族（母と姉）も、仕事も性格も人生観もバラバラですし、受け入れ難いことや意見の衝突ももちろんあります。だけどそれぞれなりに良い面ももちろんあって、そういうところは褒めつつ、「お前のそういうところマジないわー」とか言いながら、友達のように接している気がします。
価値観が違うことって、言い換えればそれぞれが自立し、自分の人生を歩んでいるということだと思います。家族全員が全く同じ価値観だった場合、衝突はないかもしれないけど、クローンみたいでそれはそれで怖いじゃないですか。私は未婚だし子どももいないけれど、もし将来自分の子が生まれたとしたら、誰かのクローンになるより、本人の自立した人生と価値観を育んでほしいと思います。
私の経験上、家族がバラバラになっていることと、不幸は絶対にイコールじゃありません。KSKSさんもバラバラを恐れすぎずに、KSKSさんの自立した人生をできるだけ幸せに生きていってくださいね。バラバラ、上等じゃないですか。
◇早漏で下手な自分に腹が立つ
性欲が強いくせに早漏で下手な自分に腹が立つ。
されどあっぱれーションさん、こんにちは。まず、あなたは「性欲が強くて遅漏でセックスが上手い」方がいいに決まってると思っているんだな、ということがわかりました。AV男優のしみけんさんみたいな感じですよね。
セックスが上手いとか下手とかって、私は良くわかりません。多分人並みに経験はあると思うのですが、上手いな〜と思ったこともなければ下手だな〜と思ったこともありません。周囲の人に聞いてみても正直よくわからない派の方が多いような気がしていますが、そんなこともないのでしょうか？
以前、飲み屋でとある男性が「俺はセックスの上手さには自信がある」みたいなことを大声で自慢げに話していたとき、私が「何によって上手いと判断したんですか？ 他の人のセックス見たことあるんですか？！」と聞いたら場が凍りました。一応言っておくと、100%純粋な好奇心で尋ねたつもりでした。言った後にすごい嫌味っぽかったことに気づき反省しましたが、その男性はそれ以降口をつぐんでしまいました。無念です。
セックスに対して上手いとか下手とかっていう言葉を使うと、あたかも行為中における身体的技術の巧みさを指している気がしてしまいます。そういう意味で私には上手さがわからないのですが、自分なりに思う上手さというものがあるとすれば、「ノイズが少ない」というのが一番近いです。ノイズが少ない状態というのは、セックスへの誘い方が嫌な感じじゃないとか、行為中の触れ方や声掛けが嫌な感じじゃないとか、行為後の振る舞いが嫌な感じじゃないとか、そういうことです。つまりセックスの上手さって「この技とこの技ができたから100点」みたいな加点法ではなく、「一つも嫌じゃなかったから100点」っていう減点法なんじゃないでしょうか。
ここまででわかると思うのですが、嫌じゃないかどうかは人によります。激しいのが好きな人もいれば嫌いな人もいますし、高圧的な言葉遣いが好きな人もいれば嫌いな人もいます。だから万人にとってセックス上手い人ってあんまりいなくて、「結局相性だよね〜」みたいな話になるんじゃないでしょうか。性欲が強い方が良い人もいれば弱い方がいい人もいますし、遅漏がいい人もいれば早漏がいい人もいますよ。これはマジです。「性欲強くて遅漏がいい」っていうのはメディアが作ったまやかしで、そんなことであなたが苦しむ必要はありません。
されどあっぱれーションさんに必要なのは、目の前の人がどうやったら楽しんでくれるか考え、わからなければ聞いたり一緒に探したりしながら、それを実践することです。全員がしみけんさんとセックスしたいわけじゃありません。あなたの前で服を脱いでくれる人は、幻想上の完璧な男性じゃなくて、あなたとセックスがしたいんです。AVばっかり見てないで、まず目の前の人をちゃんと見てください。
上坂あゆ美（うえさか・あゆみ）
静岡県沼津市生まれ。歌人、文筆家。 著書に、『老人ホ－ムで死ぬほどモテたい』（書肆侃侃房）、『『老人ホームで死ぬほどモテたい』と『水上バス浅草行き』を読む 歌集副読本』（共著、ナナロク社）など。
X(Twitter)：@aymusk
見出し画像デザイン 高原真吾
▽「人生の呪い」は下記より募集しております。
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現在は【勘違いの呪い】を募集しております。（テーマに沿わないものでもかまいません。）
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