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上坂あゆ美連載「人には人の呪いと言葉」第7回

喉につかえてしまった魚の小骨のように、あるいは撤去できていない不発弾のように、自分の中でのみ込みきれていない思い出や気持ちなどありませんか。
あなたの「人生の呪い」に、歌人・上坂あゆ美が短歌と、エッセイでこたえます。



セフレの言葉に嫉妬してしまう

 顔が可愛かわいい年下のセフレにもう5年近く未練たらたらで執着しています。彼女にはしない、ならないという前提でセフレになり、それでもワンチャン彼女になれるのを狙ってましたが、向こうの「職場に可愛い子が入ってきて今狙ってる」だの「先輩のあの人と映画デートしてきた」だのの発言を聞かされては傷ついております(彼女にはしないという前提があるので、そこは自分も勝手だなぁと思ってはいます)。会うたびにうれしいのと、話をするたびに苦しくなるのと、セックス自体は気持ちよくてしてる時の目線が可愛くて何もかも許してしまうので、いつも帰りの電車では全部の感情がないまぜになった虚の顔になってしまいます。

 20代後半だしもっと健全な恋愛をした方が心身の健康に良さそうだよなぁ、吹っ切って新しい恋人を探そうか、とも思いましたが、もうこのまま行きつくところまで行ってどんな関係になるのかやり遂げてみたい、とも思っています。何事もコツコツと言いますし、セフレもコツコツ続けてみたら面白いかもしれません。

 この自分で自分にかけた執着という呪い、供養をお願い致します。

AU さんより

 AUさん、こんにちは。
 5年は長いですね。「彼女にはしない、ならないという前提で」関係が始まっているということなので、彼の方に特に落ち度はなく、まあ、だからこそしんどいわけですよね。
 私はどうかあなたに健やかに生きてほしいと思っています。できるだけ傷つくことが少なく、喜びや楽しみが豊富な人生を歩んでほしいです。だからご自分でもおっしゃる通りセフレに執着するのはやめたほうがいいと思いますが、そんなことわかってんだよ!!という声が聞こえてきそうです。
 
 正攻法の作戦Aではダメそうなので、作戦Bに移行します。作戦Bとは、あなたが自分の心を保つために、彼との関係を「趣味、またはそういうプレイ」だと思い込み、とことん楽しんでしまう、というものです。
 本来人間はできるだけ恐怖を感じたくないはずですが、お化け屋敷とかホラーゲーム好きな人っていますよね。本気で怖いという状況を求めて、わざわざお金と時間をかけて、そして恐怖が与えられたとき、「これこれ〜〜〜!! 最高〜!!」っていう人、一定数いるじゃないですか。 あなたが彼の振る舞いで感じる傷つきって、前提条件に合意の上で自ら進んで感じに行っているわけですから、それに近い構図だと言えます。彼と会うとき、これは自らが望んだ痛みだという自覚を持ちましょう。そして彼が他の女性の存在を匂わせたら、ちゃあんと傷ついてから、「やった〜〜〜!! 供給ありがとうございます!!!」と言いましょう。もういっそ、そういう趣味の人になりましょう。
 
 馬鹿にしていると思われたらすみません。
 でも人間って、自分で選んだ結果の苦しみだったら意外と耐えられて、逆に自分が選択していない想定外の苦しみが降りかかったときに、八方塞がりになりやすい気がするのです。彼のことを本気で好きになってしまったことは当初のAUさんにとって想定外だったかもしれず、だから苦しいのかもしれません。だとすれば「そういう趣味の人になる」ことで、このどうにもならない状況をせめて自己選択の結果にすることができます。これは自分が選んだ道だと思うことができたら、割り切って主体的に楽しめる気がします。
 
 ここまでを踏まえて、もう一つ、自己選択によって未来を変える方法があります。一周回って作戦Aに戻りますが、自分から彼とお別れすることです。
 あなたは「何事もコツコツと言いますし、セフレもコツコツ続けてみたら面白いかもしれません」と言いました。そりゃ面白いと思いますよ、セフレをコツコツ何十年も続けてる人がいたら。だけど現実的に考えたら難しいですよね。AUさんに並々ならぬ覚悟があったとしても、相手は他に彼女ができてしまったり、結婚とかしてしまったりして、数年以内に強制的に会えなくなる未来もあり得るでしょう。彼女ができて結婚してもセフレをコツコツ続ける人もまれにいますが、訴えられたら普通に負けます。今だったらノーリスクの別れで済むことに、慰謝料がプラスされます。
 そんな結末、全然、全っ然面白くないじゃないですか。だったら自分から5年間の関係に終止符を打った方が、成長して勇気を得た主人公とどこまでも変わらない彼が対比的に描かれたラブストーリーとして、私は味わい深いと思います。
 
 彼のことを想うたびに本当に苦しいと思います。でもあなたの苦しみって、人種や性別や家庭環境みたいに、自分の選択権なしに降りかかるものではなくて、あなたに選択権がある苦しみなんです。他人は変えようと思ってもまず変わりません。勝手に期待してずっと傷つき続けるだけです。人生を変える唯一の方法は、自らの主体的選択だと私は信じています。奇跡的に彼の気が変わるのを受動的に待ち続けるよりも、あなたはあなたの選択を、人生を、もう少し信じてみてもいいんじゃないでしょうか。

 


二人の女性を等しく愛したい

 二人の女性を同時に等しく愛することは、無理なことなのでしょうか。
 私は結婚して数年になる既婚者です。妻のことを愛していますし、これからもそれは変わらないだろうと今も確信しています。
 ところが昨年、妻とは別の女性にも恋をしてしまいました。相手は趣味の創作活動を通じて知り合った数歳年下の女性です。初めは素敵な作品を作る彼女に憧れるだけだったのですが、彼女のことを知るにつれて、次第に彼女を慕い、よき理解者でありたいとの思いを募らせるようになりました。
 とはいえ、彼女と実際に会って話したのはいわゆるオフ会やその帰り道での数回だけ。普段はSNS上で、月に一度ほど私から作品の感想を送ってはそのお礼が届く程度です。不倫関係にあるどころか、彼女は私に対して常に真摯な態度で接してくれています。一方の私は誠実を装いつつも、彼女の優しさにつけ込んで違和感や恐怖感を与えている気がしてなりません。自分の思いをひた隠しごまかそうと思えば思うほど、どんどん彼女とも妻とも真っ直ぐ向き合えなくなってしまいます。
 そこでお聞きしたいのが、冒頭の問いです。誰を愛してもいいし、誰も愛さなくてもいい、そんな多様性がようやく受け入れられつつある社会で、それでもやはり複数の人物を等しく愛することは無理なことなのでしょうか。納得する解を得て、なんとかこの思いに何かしらのけじめをつけたいと考えています。
 長々と書いてしまい大変恐れ入りますが、何卒なにとぞご助言賜れれば幸いです。

未明のカドベリー さんより

 未明のカドベリーさん、こんにちは。私は誰かに恋をするというのが本当に難しい性質なので、なんだか恋多き人生でいいな〜とまず率直に思いました。
 ご質問文を読んで、あなたは嘘を吐くのが得意ではなく、できれば誠実でありたい人なのではないかと思いました。ここからは、あなたの誠実さを信じて話します。

 「二人の女性を同時に等しく愛することは、無理なのでしょうか」というのが今回のお悩みですが、結論から言えば無理ではないと思います。可能・不可能というか、そうとしか生きられない人が存在します、というのが正しい答えかもしれません。「ポリアモリー」で検索してみてください。ポリアモリーは、関係者全員が合意の上で複数人と関係を持つ恋愛スタイルのことです。私も専門家ではないのでそこまで詳しいことは言えませんが、この恋愛スタイルにおいて重要なのは「関係者全員が合意の上で」という点だと思っています。あなたがもし本気でポリアモリーを実践する覚悟があるなら、まず奥さまにそのことを打ち明けなければいけません。
 私はポリアモリーではありませんが、オープンリレーションシップを実践している一人ではあります(第3回参照)。こういったマイノリティの恋愛スタイルというのは、まだまだ世の中の認知度も理解度も低く、基本的にはいばらの道です。奥さまに打ち明けたとして、「そうなんだ〜! いいよ〜」とはおそらくならないでしょう。何度も何度も話し合いを重ね、年月をかけ、それでようやく理解されるかどうかということになります。もちろん理解されなかった場合に、奥さまを失うという可能性も覚悟の上で、です。
 
 ところで、二人の女性を同時に愛することが認められた場合、あなたはどうするのでしょうか。
 諸々を乗り越えて、奥さまに不義理のない形で年下の彼女を愛することが認められたと、一旦仮定してみましょう。
 「彼女の優しさにつけ込んで違和感や恐怖感を与えている気がしてなりません」というあなたの苦しみは、別に変わらないんじゃないかと思いましたが、いかがですか。二人の女性を愛してしまったせいで苦しいというよりも、クリエイターとしての彼女を応援していることを装って、実はガチ恋になってしまっていることにも、本当は苦しんでいるのではないですか?
 
 まとめると、あなたは以下二つのことに「自分は不誠実なのではないか」と感じて苦しんでいるように思います。
 ①  妻がいるのに他の女性に恋をしてしまったこと
 ②  彼女の作品ファンに見せかけて本人に恋してしまったこと 
 大前提として、私はあなたに清廉潔白であれとは思っていません。基本的に人間って矛盾を抱えている生き物です。ここからは、どこまでの矛盾を自分が許容できるかという話で、決めるのは私ではなくあなたです。
 
 一番矛盾が少ないルートとしては、彼女との連絡を一切絶ってその気持ちは墓場まで持っていき、奥さまを今まで以上に大切にする。もしくは、奥さまとお別れして彼女と向き合う。このどちらかだと思います。いずれも強い喪失感が伴うでしょうが、少なくとも現状抱えているもやもやしたものは晴れるのではないでしょうか。
 
 次に矛盾が少ないルートとしては、最初にお伝えしたように、奥さまになんとか理解してもらって関係を続けた上で彼女と向き合うというもの。ただかなり難易度が高いのと、表面上理解してもらったとしても「自分の我儘わがままで妻に負担を強いているのではないか」「後から妻が嫌になって別れたいと言われるかもしれない」といった気持ちと闘い続けなければいけませんので、そういった覚悟がないうちはおすすめできません。
 
 あとは、一旦②を解消するために彼女に告白してみるとか、奥さまとの関係を続けながら彼女への恋心をこっそりと持ち続けるとか、どの矛盾ルートを選ぶのもあなたの自由です。どうせ人間は矛盾した生き物なのですから。もしお子さんがいらっしゃるなら話は変わりますが、いらっしゃらないとすれば当事者同士の問題に限られますので、あなたはどれを選ぶことだってできます。誰かを傷つける覚悟、自分が悪者になる覚悟さえあるならば。
 
 私だったら、自分の中の不誠実さに耐えられる自信があまりないので、彼女のことを忘れるor奥さまと別れる、場合によっては奥さまに理解してもらうという道のいずれかを選ぶと思います。
 あなたの覚悟は、どのくらいありそうですか?


上坂あゆ美(うえさか・あゆみ)
静岡県沼津市生まれ。歌人、文筆家。 著書に、『老人ホ-ムで死ぬほどモテたい』(書肆侃侃房)、『『老人ホームで死ぬほどモテたい』と『水上バス浅草行き』を読む 歌集副読本』(共著、ナナロク社)など。
X(Twitter):@aymusk

見出し画像デザイン 高原真吾


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